第81話 悪役は相変わらずの無自覚?

「あ? 笠島雄二? はっ。誰だよ、知らねーよ!」


 いや、俺もアンタのこと知らないんだが。


 突然現れた俺を睨む金髪の男。

 俺は知り合いではないのが……。


『雲雀ちゃん久しぶりじゃ〜ん!』


 雲雀のことを親しげに"ちゃん付け"で呼ぶから、雲雀とは知り合いの仲なのかもしれない。

 単に知り合いと話しているのならば、間に割り込み邪魔はしないつもりだった。


「……」


 チラッと後ろを見れば、雲雀は相変わらずの真顔。眉一つ動かさない。

 しかし、知り合いに会って嬉しいというよりは、迷惑といったような負の感情が大きいように見えた。

 

 だから俺は、雲雀の前に現れた。


「おい、いきなり現れて邪魔してんじゃねーよ!」


 金髪の男にグイッと胸ぐらを掴まれる。

 だが、俺の身体はびくととも動かなかった。

 身長もガタイも俺の方が大きいからである。


「……」

「ッ……」


 俺が無言で見下ろせば、金髪の男はビクッと肩を震わせた。勢いで絡んだものの、俺の容姿にはビビっているようだ。


 水族館という場所なので、できるだけ穏便に済ませたい俺としては……。


「この人は俺の連れなのでナンパはやめてもらえると助かるんですけど……」


 この言葉で諦めて欲しい。

 しかし……そう上手くはいかないみたいだ。


「は、はぁ? お前みたいガラの悪い奴が雲雀ちゃんの連れなわけないだろっ」


 金髪の男は俺にビシッと指差し、少し笑いがこもったようにそう言った。


 やっぱり簡単には諦めてくれないなと嘆息しつつ……。

 

 それがどこか、見慣れた光景と重なった。


『おい、佐伯。なんでお前なんかがなんで美人姉妹といるんだよっ』


 ゲームでの笠島雄二はこうやって主人公にウザ絡みしていた。

 他人のことなんてお構いなしで、自分の欲が常に優先。


 大手メーカーの息子という立場で、金で全てを支配できると思っている。

 金で女をはべらかしたり、人に暴言を言おうがなんとも思わない。

 

 そんな人物に、俺もなっていたかもしれない。


 でも今は違う。

 俺は、笠島雄二であっても中身は違う。


 だから俺なりに、進ませてもらうぞ。


「ガラが悪くてすいませんね。元々こういう見た目なんですよ。でも今日、雲雀の隣にいていいのは俺なんで」

 

 キッパリと言う。


「あ、ありえないだろ……こ、こんな奴と……」


 金髪の男は苦虫を噛み締めたような顔になる。

 と、おもむろに俺の後ろ。雲雀に視線を向けて……。


「雲雀ちゃん……君、見る目なさすぎだろ。こんな奴選ぶとか、雲雀ちゃんもおかしいんだね。高校時代もずっと1人だったのが納得だよ」

「……あ?」


 思わず、ドスの効いた声が漏れた。


 こいつ……自分が上手くいかなかったからって、雲雀を侮辱して———


「笠島……雄二……。か、笠島雄二!?」


 ふと、金髪の男の後ろにいた男が俺を見てわなわなと震え出した。


「あ? お前、コイツを知っているのかよ」

「知っているなにも……笠島って言ったら、うちの大手取引企業の1つだろ! そしてそのフルネームと強面な顔……。目の前にいるのは……いや、いらっしゃるのは笠島グループの一人息子の方だぞ!」

 

 そういえば笠島雄二こいつ、大企業のボンボンでお金持ちでもあったな。ということは、顔も知れているのか。

 いつも強面の顔ばかり注目されているから、忘れかけるところだったわ。


「なんかやばくない……?」

「偉い人の息子に喧嘩売っているの今……?」


「……あ、ども」


 女性2人からも視線を集められ、軽くお辞儀する。


「お、俺は帰るぞ! 失礼しました!」


 深々とお辞儀して男は去っていった。連れの女性2人も俺に苦笑いを向けてきたと思えば、早歩きでこの場を離れていく。


 連れがみんないなくなり、金髪の男はポカンと立ち尽くしていた。


「は、はっ!? アイツら俺を置いて行きやがっただとっ。誰のおかげで今まで散々遊べいてと思って……ッ」


 我に返ったみたいだが、3人は背中が小さくなるほど遠くなっている。


 ……もう一押しだな。

 

 今度は俺の方から金髪の男に詰め寄った。


「まだ続けます? それともこう言わないと分からないです?」


 俺は、浅く息を吸い。


「……俺の女に手を出すつもりか?」


 できるだけ声を低くし、目つきを鋭くして言ってやった。


「っ……。くっ、覚えてやがれよ!!」

 

 怯えたような表情と捨て台詞を吐き、金髪の男は去っていった。

 

「ふぅ。やっと終わったか……。俺の強面の顔は今回は意外な活躍をしたなぁ」


 まさか大企業の社長の息子としてこの強面な顔が覚えられているとは……。これは今後、外での振る舞い方も少しは気をつけなければ。


「雲雀、大丈夫か———ふにっ!?」


 雲雀の方を振り返った瞬間。いきなり頬をつままれた。そのまま左右に引っ張られる。


「な、なになに!? 痛い!? 俺の女って言っていることに怒っているんだよな! 悪かった! でもああ言った方が諦めてくれると思ってさ! 嫌だったんだよな! 本当にごめん!!」

「……。はぁ」


 すぐに謝ったおかげか、雲雀は俺の頬をつまんでいた手を離した。

 

「結局、あの人たちは雲雀の知り合いだったのか?」

「高校時代のクラスメイトです。しかし、ナンパとたいして変わりませんでした」


 なら間に入ってきて正解だったか。


「アイツ……というか、あの4人になんか言われた?」

「どうしてそう思うのですか?」

「なんか顔が少し悲しそうだったから」


 雲雀は基本、真顔であるが俺が割り込む直前までは悲しそうに見えた。


「それに、ただのナンパなら雲雀なら容易く追い払うだろ?」

「それは……」

「それは?」


 すぐにあの金髪の男を追い払わなかったのは、何か別な理由でもあるのか?


「い、いえ。なんでもありません」

「そっか。雲雀がそう言うなら無理には聞かない。でも失礼な奴らだな。思わず殴りそうになったわ。まあ俺は雲雀のいいところをたくさん知っているからな。ざまぁみやがれ」

「ざまぁみやがれの使い方が間違っていると思いますけど」

「そうか? でも雲雀のこと、ちゃんと知れてないなんて損してるよなと思ってよ」

 

 にひっ、と歯を見せて笑う。


「……。雄二様。あまり無自覚な行動はされないでください。私が目を合わせることができません」

「それって、目も当てられないってこと!?」


 さっきの俺の女発言が相当嫌だったんだな!

 

「善処します……。で、でも!」


 小さく首を傾げる雲雀に、これだけは言いたい。


「たまにはかっこつけさせてくれよな。俺男だし、かっこつけたい生き物だし。何より、雲雀の悪口を言う奴は許せないからさ。じゃあ水族館出て次の場所に行くかー」


 そうして先に歩き始める。と言っても、雲雀がついて来れるように歩幅小さめにだけど。


「……ほんと、無自覚ですね。そういうところが私の心を揺さぶるんですよ」


 雲雀が何か呟いた気がしたが……その表情は少し笑っていたので、何かいい事があったのかな?



◇◇


 お昼は俺のリクエストでファミレスへ。

 テーブル席に向かい合って座れば、雲雀が開口一番に。


「ファミレスに来るのは初めてです」

「マジか!」

「はい。自炊することが多かったので」


 だから雲雀の料理はどれも絶品なのか。


「それに一緒に行く人がいませんでしたから」

「……そっか」


 雲雀のそういう事情は本人が話してくれるまでは無理には聞かないとして。


「でも今日は俺と一緒に来ているな。俺が相手だからには楽しんでもらうからな」


 わざとらしくキリッとした表情を作れば、雲雀は少しだけ口角を上げた。


 メニューを開き、2人で見る。

 ファミレスのメニューを見るに、サ◯ゼリヤみたいな感じだ。

 定番の辛味チキンを始め、豊富な種類のパスタ、ドリア、ハンバーグ、デザート……。

 ファミレスってメニュー眺めているだけでもわくわくするよな!


「意外とお手頃価格なのですね」

「ファミレスは家族や学生がターゲットだからな。俺は頼むもの決まったけど、雲雀はどうだ?」

「私はなんでも……。いえ、なんでもはいけませんね。メニューが多すぎて迷っています」

「確かに迷うよな〜」


 ページを捲るごとに美味しそうな料理が増えていくからな。ファミレスが初めての雲雀は余計迷ってしまうだろう。


 メニューを一通り見た雲雀だったが、顔を上げて俺と視線が合う。


「私は雄二様のおすすめの料理にします。それと、お金はありますので雄二様の胃に収まる限り、料理を頼みましょう」

「それはそれで楽しそうだけど!」


 笠島家はお金持ちだし、ファミレスだったら簡単に豪遊できるだろうけど!

 それをしてしまうと金銭感覚が狂いそうだし、それに……。


「前に友だ———じゃなくて……。前にテレビでさ、1人でファミレスに行くより、誰かと一緒にファミレスに行く方が断然楽しいあの感覚ってなんだろうっていうのを話していてさ。あれって、みんなで食べるのが楽しいって他に、限られた金額の中で食べたいものを選ぶのが楽しいんじゃないかって結論にもなってよ」

「そうなのですね」

「そう。だからさ、俺たちもやってみないか?」

「限られた金額でメニューを選ぶということですか? 私は迷っていますし、それでも構いませんが……」

「ありがとう! じゃあ予算は2人で2000円以内としよう。だから1人1000円は頼めるな」

 

 俺はメニュー表を指差す。


「俺は辛味チキンとたらこパスタを頼むから……今の合計は700円だ。じゃあ次は雲雀」


 雲雀の方にメニューを寄せる。

 雲雀は集中するかのようにメニュー表をじーっと眺めて……顔を上げた。


「では私は、小エビのサラダとドリアにします。2つで650円ですか。安いですね」

「ふふーん。これがファミレスよ!」

「何故、雄二様がドヤ顔なのですか」

「ほら、なんか自分のことじゃないけど嬉しくなるじゃんっ」


 それに、雲雀が自分で気になる料理を選べたようだし。


 数分後。料理がテーブルに並べられた。

 両手を合わせて食べ始める。


「うん、うまっ。やっぱりうまいなぁ〜」


 安定の味。パスタは麺がツルッとしていてたらこソースと絡まって美味いし、辛味チキンはほんのり辛くて熱々で美味い!


「辛味チキン……でしたか。色が赤いですが、辛くはないのですか?」

「ん、色ほど辛くないぞ。雲雀も食べてみるか?」


 別皿に辛味チキンを移して雲雀の前に置く。

 雲雀が食べなくても、俺が食べてればいいだけと思っていたが……。


「いただきます」


 雲雀は食べるみたいだ。

 ナプキンで辛味チキンを持ち、綺麗に食べる姿は、思わず目が釘付けになってしまう。

 

「それほど辛くなくて美味しいです」

「そ、それは良かった」

「では私のサラダもどうぞ」

「ありがとう」


 それからデザートも頼み1000円以内でかなり満足できた。


「雄二様」

「ん?」

「楽しいですね」

「おう、良かった。また頼みたいメニューとかあったら一緒にこようぜ。あっ、もちろん他の人とでもいいからなっ」


 危ない危ない。さっきの俺の女発言があるんだ。気軽に俺とか言ってはいけないな。


「はい。雄二様とまた来ますね」

「……無理しなくてもいいのですよ?」

「無理だったらそもそもお出かけ自体してないと思いますが」

「それは確かに」

「それと、先ほどの楽しいですが」

「ん?」


 雲雀が水を一口飲み、テーブルに置き。


「………貴方といるのが、とても楽しいですよ」


 小声ながらも、俺の耳にはしっかり聞き取れた。


「っ、お、おう。ありがとう……!」


 ……なんだろう。

 雲雀は誰が見ても美人だし、綺麗だし、そんなことは俺も分かっている。


 なのに……。


『雄二様が好きなところを握っていろ、と言いましたので』


 手を繋いできたり。


『………貴方といるのが、とても楽しいですよ』


 少し緊張した声色でそう言ってきたり。


「……」


 落ち着かないとばかりに、俺は視線をキョロキョロとさせてしまう。


 ……今日の雲雀には、不意にドキッとしてしまうな。





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