第80話 「私の、好きな人」
「雲雀ちゃん久しぶりじゃ〜ん!」
雄二様がお手洗いに行って……タイミング良く、私のことを知ったような口調で呼ぶ声がした。
「……誰ですか?」
私は目を細め、冷たく一言。
これで諦めてくれればいいものの……相手の男は気にすることなく、私に話しかけ続けた。
「酷いなぁー。俺だよ俺っ」
「新手のオレオレ詐欺ですか」
「違うよ! 全く……相変わらず雲雀ちゃんは冷たいなぁ〜。俺は、西園寺誠也!」
「……」
「えっ、まだわかんない? ほらほらっ。高校時代のクラスメイトでクラスの人気者だったじゃ〜ん、俺っ」
「そうですか」
「そうそう!」
冷たい眼差しで見ても、効果はなし。
「ちょっと誠也く〜ん」
「置いて行かないでよ〜」
ただでさえこの男で厄介なのに、後ろから人がきた。
女性2人に男性1人だ。
もしかしなくても……。
「アタシたちとデート中なのに、他の女の子をナンパしないでよ〜」
「浮気だよ〜?」
「ナンパじゃないって〜。この子は、高校時代の同級生なんだよ。雲雀ちゃんって言うんだ。うちのクラスじゃ高嶺の花でさぁ〜」
「へぇー。綺麗な人だね〜」
「ほんと〜。肌とかも綺麗〜」
話が広がりそうでさらに厄介だと思っていたが。
「おい、迷惑だろ。早く行こうぜ」
遅れて来たもう1人の男は良識があるようで……。
3人に、早く去ろうと促していた。
「あ? 黙れよ。お前、誰のおかげで会社でいいポジションにいれると思ってんだよ」
「そ、それは……誠也のおかげだけど……」
「俺のおかげだよな? なら、この俺に口出しなんてしてんじゃねーよ」
「っ……。ご、ごめん……」
この人たちの関係性がなんとなく伺えた。
睨みを効かせていた男の表情が私の方を向くと、途端に貼り付けたような笑みになり、
「雲雀ちゃん今、何してるの?」
話はまた続いた。
「貴方に教える必要ありますか?」
「知りたいから聞いちゃったっ。ダメ?」
「教えたくありません」
「雲雀ちゃんは相変わらず冷たいなぁ〜」
冷たくしている理由をそろそろ察して欲しい。
男はその場を離れようとせず、話しかけてくるばかり。
ナンパというより……私を何がなんでも口説いて、この女性たちの一員に加えたいという感じだろう。
「せっかく誠也くんが聞いてあげてるのに答えないなんてね〜」
「見た目は良くても愛想が悪いのはねぇ」
連れの女性2人の私を見る目が段々と厳しくなっている。
私のことをよく思ってない、邪魔だなという態度が見え見えだ。
高校時代もこういう態度をよくされた。
クラスの人気者やカースト上位らしい男子。
放課後よく遊びに誘われたり、告白されたり、ナンパされたり……そういうのがよくあった。
私はどれも興味がなかったし、嫌だったから断った。
そんな正直な感情。
しかし、周りから見れば違うように映るようで。
『ねぇ、あのサッカー部のエースの彼からの誘い受けないとか、私たちに対しての当てつけなの?』
『ちょっと顔がいいからって調子に乗らないでくれる?』
それで女子から嫉妬や軽い嫌がらせをされたこともある。
高校時代はいい思い出などなかった。
「じゃあ俺のこと話そっかなぁ。俺は今、親父の会社を引き継ぐ予定でさぁ。うちの会社、結構デカい会社でさ〜。西園寺グループって知ってるだろ? あそこあそこ! 俺、将来はあそこの社長になるんだよねぇ〜」
「そうですか」
「雲雀ちゃんも、職に困っているなら俺が雇ってあげるよ。まあ雲雀ちゃん可愛いから、俺の秘書かメイドになってもらうけど」
「結構です」
「遠慮しなくてもいいのに〜」
「ねーね〜誠也くんっ。こんな女なんかより、私のことをメイドにしてよー」
「アタシをメイドにしてよ〜。アタシ、めちゃくちゃ尽くす女だよ〜?」
「おいおい、お前ら。こんな人目があるところでくっついてくるなって。全く〜」
女性2人が男に抱きつき、目の前でいちゃつかれる。
ポツンと1人残った男は……気まずそうに棒立ちしているだけでだった。
会話が途切れたこの間に逃げてもいいと思う。
そもそも、いつもならめんどくさがってすぐに対処するのに。
今日はどうしてか、そうしなかった。
目の前の男の態度が、他人事のようには思えなかったからかもしれない。
『おい、メイド。さっさと飯を用意しろよ』
以前の雄二様だったら、もしかしたら目の前の男のようになっていたかもしれない。
大手メーカーの息子という立場で、金で全てを支配できると思っている。
金で女をはべらかしたり、人に暴言を言おうがなんとも思わない。
そんな人物に、雄二様もなっていたかもしれない。
でも今は違う。
いや、あの方は違う。
「悪いけど、俺が先約してるんで離れてくれません?」
「!!」
ぽん、と。私の肩に大きな手が置かれた。
見上げれば、一番見覚えがある顔。
第一印象は、間違いなく怖い男の人。
睨れたりしたら、ほとんどの人はビビって逃げてしまうだろう。
でも、その瞳と表情は意外にもコロコロ変わり、見ていて飽きない。
そしてこの人は……無自覚に私の心を揺さぶる——悪い人。
『ぐだぐだと話してしまったが要するに……雲雀のことは俺が理解してる。俺のことは雲雀が理解している。だから……理解者同士お互い遠慮なし、我慢なしの関係でいようぜ!』
あの時も。
『美人で身体もすごく綺麗だし……そんな雲雀に、俺みたいな男はこれ以上されてしまうと、心臓が持たないのですよ……』
あの時も。
『雲雀だから優しくするんだよ』
あの時も。
「雲雀、大丈夫か?」
そして今も。
声を掛けられるだけで、何故か鼓動が早くなってしまう。
自分らしくない発言や自分らしくない感情が溢れ出す。
でも、嘘ではない。
嘘ではないとしたら、それはもう……。
私の雄二様への見方は、もう変わっている。
『雄二様。私に対してそんなに気を使わなくとも……貴方の隣なら私はいつでも一緒にいたいですから』
「お前誰だよ。あの西園寺グループの次期社長の俺に口出してんじゃねーよ」
「俺は、笠島雄二だけど」
その人は————私の、好きな人。
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