いない


 貴方の息遣いが聴こえる。他の誰にも伝わっていなくとも、私には感じる。あなたの髪の微かな揺れ、動く小指の先、太陽に照らされて光がちらつく睫毛、そのシャツの裾も、枕を撫でる感触も、会話の隙間に零れる吐息も、布団を踏みしめる音も、頬の暖かさも、何もかもここにある。貴方は生きている。貴方の魂がこの世に在ることを、確かに感じている。貴方はここで生きている。私の知覚する範囲に、私の傍に常に在る。ここには実体が無いけれど、確かに何処かに存在している。不安定な貴方だから、きっと何処かで迷子になってしまっているのだろう。いつまでも迷っていないで、早く私の元へ還っておいで。私まで辿り着いておいで。元いた場所に戻っておいで。離れてしまった手をもう一度繋ぐ為に、こちらまでおいで。この目で貴方を見つけられたなら、心と身体全部で抱き締めてあげられられる。貴方の夢を全部叶えてあげられる。きっと私にはそれが出来る。だからこの世に生まれた。私の存在理由は一つだけだ。いつでも心で招いているのに、貴方の実体は一向に現れない。ここにあるのは、ただの「影」だ。遠くのあなたが私に残した貴方の残留思念。そこから私が記憶を頼りに編み出した、幻覚だ。あなたは確かに此処に居て、同時に此処にはいない。傍に感じているのに姿が見えない。その不確定な事実は

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インソムニア 七春そよよ @nanaharu_40

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