つぼみ


 家の傍にある公園に、桜の蕾が芽吹いている。それをひと目見るだけで、こころに春の花弁が落ちてきたようにふわりと胸が暖かくなる。雲がかった空の薄暗く寒々しい季節を越えるのだ。花は良い。目で楽しむのも、薫りで楽しむのもよい。特に、桜は良い。私と同じ名前をしている馴染みの深い木。精神美という花言葉も大変よい。昔、立ち寄った本屋で偶然手に取った花言葉辞典に、桜の項目を見つけた。同じ名を受けて生まれた私も、見た目の善し悪しに囚われず、いつでも精神だけは気高く美しく、常に優しさを忘れず在りたいと思ったものだ。春が恋しい、花見が恋しい。あの柔らかな淡色が咲き誇る様を、視界全面に映したい。冬の灰色には疲れてしまった。視界が単調でつまらない。白い雪に映える椿は美しいけれど、それだけだ。手足はかじかんで動きが鈍る。それに気温が下がると気まで滅入ってしまう。冷たくなって萎んだ心にお湯をかけるように、温かさを取り戻したい。春の陽気を肺いっぱいに吸い込みたい。朗らかな空気に包まれたい。春が恋しい。休日には身軽な衣服を身に纏い、軽い足取りで外を歩きたい。桜吹雪が舞う中を進むのだ。きっと夢心地になれるだろう。そうだ。そんな時、私の隣には彼が居なくては駄目だ。それ以外は何も望まない。そんな風にぼんやりと考えながら、がらんとした空っぽの桜並木の中を歩く。蕾はあるが、花弁はまだ見えない。河の傍は

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