酷い悪夢で目が覚める。身体が鉛のように重い。頭には鉄の塊が埋め込まれている。手足は敷布団に磔にされている。ぐっと力を込めて起き上がる素振りをするが、身体は一向に持ち上がらない。重たい瞼を開いては閉じ、開いては閉じる。それを何百回か繰り返して、ようやく私は目を開ける。焦点を定めながら、夢の中の感覚を思い起こす。今日も何か恐ろしい存在から逃げ回っていた。必死に逃げ惑うも、夢の中というのは大抵の場合脚がもつれて上手く走れないものだ。逃げ回っていたその後の顛末は、もう覚えていない。意識は既に現実へと急速に引っ張られ、私は既にストレスを感じ始めている。朝は大嫌いだ。目覚めた瞬間から、いつも最悪な気分でいる。身体に何か重たいものがずっしりとのしかかっている様に、まるで悪い物にでも取り憑かれているように、私は毎朝ベッドに縛り付けられる。まるで、この幅九十七センチ程のシングルベッドにのみ、重力が二倍でかかっているように思う。頭と体が「行きたくない」という一つの考えに支配され、身動きが取れなくなる。それでも朝は毎日やってくる。学校生活という地獄は永遠に続く。だから私は動かなければならない。今日という日を、自分に課せられた学生の義務を全うしなければならない。今すぐに体を起こすのだ。姉の用意してくれた朝食を摂り、制服に着替え、春用のカーディガンを纏い、支度を整え、教科書の詰まった重たい鞄を持ち上げ、黒いローファーを履き、玄関を開け、外に出るのだ。電車に乗り、学校へ向かうのだ。通学路の植え込みにある花はさぞかし綺麗だろう。校庭の傍のチューリップもこの季節は見頃だろう。それらを見る為にも私は起き上がらなければならない。今すぐにそうすべきだ。そうすべきだ。ひたすら頭の中で想定を繰り広げる。玄関を出るまでのシミュレーションを何度か思い浮かべる。しかし、身体は一向に起き上がらず、時計の針だけが進んでいく。七時、七時半、八時、八時半。私がベッドに磔にされている間に、時間はただ冷酷に過ぎていく。窓の外の遠くの方で、一時間目のチャイムが鳴ったような幻聴がきこえる。この時間では、もう授業が始まっている。自分が途中参加で教室に入る想像をする。静かな授業中、先生の声だけが響く教室に、自分はガララと音を立てて扉を開けるのだ。振り返ったり、見て見ぬふりをするクラスメイト達の姿を想像する。白けた周りの視線から逃れるようにして、私は俯きながら自分の席に着くのだろう。一連の流れを思い浮かべただけで死んでしまいたくなる。そうだ。死んでしまえばいいのだ。死んでしまえば、あんな場所へ行く必要は無くなるのだから。死んだ方がいい。その方が楽に違いないのだ。

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