報い4

 耳元で溶けた最後の息吹に、目を閉じる。濡れた暗闇を数刻見つめて睫毛をほどいた。ナイフを抜くと血が溢れ出す。血まみれの妹をコートで包み、抱き上げた。


 振り向いたら、メイが壁に手を突いて立ち上がっていた。


「メイ、足は……」


「床の血だまりを《吸収》してどうにか形成したんだ。血の量が足りなかったのか時間がかかっちゃったし、少し痛むけど歩けるよ」


「……なら、帰るか」


 首肯したメイの白髪が柔らかに揺れる。俺が扉の方へ向かい始めると、彼女は隣に並んだ。雪白の手が握りしめている拳銃。ユニスが無事であることを願いながら廊下を進む。沈黙に問いを投げかけた。


「それ、ユニスに借りたのか?」


「あ、うん。銃弾、エドウィンが来る前になくなってたんだ。でもユニスが弾を拳銃に《譲渡》させてるって言ってたのを思い出して真似してみた。撃ててよかったよ」


「……お前はAB型だったはずだ。お前が使えるのは《吸収》の魔法だろ」


「そ、っか、魔法って一種類しか使えないんだっけ。必死だったから忘れてたんだけど……やっぱり僕も、エドウィンみたいに二種類使えるのかな。ほら、マスターが言ってた、血液型キメラ。双子だとなりやすかったり、オッドアイになりやすいんでしょ?」


 見下ろしたメイは朗らかな笑みを湛えていた。安堵も欣喜も織り交ざった声遣いに苦笑する。椿と葡萄色のオッドアイが自信ありげに細められる。穏やかに交わす音吐は心地よかった。


「もう一回血液型検査をし直した方がいいかもな」


「もしかしてヤブ医者だったのかな」


「まさか。腕は確かだ。だがまあ、歳だし老眼なんじゃないか」


 抱きかかえた妹の重みが、少しだけ軽くなっていく。室内から外へ出ると、夜の風が冷たかった。乾いていた涙痕が夜気に攫われる。


 ユニスを探すように回視したが、彼女の姿はどこにもない。代わりに、男の死体が一つ。そして壊れた拳銃と、見覚えのある煙草の箱が置かれている。メイが拾い上げたそれはマスターのものだった。


「これ、なんだろう」


「マスターがユニスを連れ帰ったんだろう。多分二人とも無事だ」


「よかった……」


 夜色の中でも映える白栲しろたえが、微かな色を灯す。安心からか、熱を帯びた彼女の頬は緩められていた。相槌として頷いてみせたら、彼女は深く破顔する。幽寂に霧消していく控えめな笑声。それが微笑ましい。


 嬉しそうな後ろ姿を追いかけて夜の街路を進んでいく。立ち並ぶ家々は疎らに光を灯していた。普段なら寝静まっている時間だろうに、と勘案していれば、砲声が聞こえたような気がした。


 顎を持ち上げてみると、名花が紺青の空に広がっている。散っていく花弁は流星のごとく下降して消えてしまった。けれども再び上がった蕾が、白月の傍で花開く。暗色に包まれた夜が彩飾される度、メイの虹彩が輝いていった。


「エドウィンあれ! っなにあれ!」


 白い腕を星空に伸ばして、無邪気にはしゃぐ様相。歳相応な反応に笑みが零れる。歓楽する赤い瞳から、徐に目を逸らした。打ち上がって明滅する光を凝望した。色彩を角膜に焼き付ける。歎声は、掠れてしまったかもしれない。


「花火、って言うらしいな。マスターから聞いた。祭りの前夜と当日に、打ち上げるって」


「そうなんだ……綺麗だね」


 両手に力が込められていく。俯くと、眠っているコーデリアが目に映る。妹が見たがっていた景色は、熱の通わない頬を仄かに色付けていた。


 今は、顔を上げることが出来なかった。メイの方を見られない。


 ただ、声を噛み締めて頷いた。

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