第2話

「人違いって言うけど。……だったら、わたし、どうなるの?」


 時差ボケならぬ、召喚ボケによる体の不調も、ここ2日でようやく治ったところだった。

 お世話係のシスターから「いよいよ明日あたり、ヤマダさまには神殿に移っていただきます」と言われたばかりだったのに。


「ヤマダミツキさまには、大変申し訳なく思っております。ヤマダさまのこの先についてですが、わたくしたちにできることは、一分一秒でも早く元の世界に、ニホンにお戻しすることだと思っております」

「戻す? 冗談じゃないわ。今さら戻れないわよ。会社なんて、一番忙しい決算をほっぽり出してきたのよ。あのセクハラ課長がどんだけ怒っているか。それに、しつこくつきまとってくる元カレもいる。あいつ、懲りずにアパートの前で待っているんだろな……。スマホには、親から電話がじゃんじゃか入っているだろうし。自分たちのマンションのローンが払えないからわたしに出してくれって、信じられない。ほんと、なんでわたしがこんな目に合うのってくらい、もとの世界は嫌なことだらけで。……だからわたし、戻ったところでいいことなんて一つもないのよ」

「申し訳ございません。しかし、わたくしどもといたしましても、聖女さまでない方を聖女さまとしてお迎えすることはできないのです」


 同情作戦、失敗。

 リックはひたすら低姿勢ではあるものの、わたしの意見に同調しようとはしないようだ。

 これは、いくらごり押しをしても意見を崩せないパターンだ。


 わたしの心にじりじりとした焦りとも、落胆ともいえない感情が渦巻く。

 そしてその感情は、徐々に怒りへと発展していった。


「やっぱり納得できない。全部そっちのせいなのに、なんでわたしだけが面倒を引き受けなくちゃいけないわけ? 百歩譲って、間違いを受け入れたとして、だったらこっちでわたしが生活できるように、環境を整えることもできるんじゃないの?」

 すると、リックは眉をますます八の字にして、いかにも申し訳ないといった風に口を開く。


「異世界からいらした聖女さま以外の方々が、わたくしたちの世界で暮らす方法はあるにはあるのですが」

「それを聞かせてよ」

「寿命は7日です」

「は?」

「ですから、寿命は7日間です。ヤマダさまの場合は既に2日経過していますので、残りの寿命は5日となりますが、それでもよろしいでしょうか?」

「よろしいわけなかろうが!」


 冗談じゃない。

 ここにいたら、あと5日の命。

 もし帰れば、女性の平均寿命85歳越えの日本。ただし、面倒ごとつき。

 はぁ、とため息をつき天井を見上げる。

 新しい人生がおくれると思ったけれど、世の中そううまくはいかないらしい。


 目の前に立つ八の字眉毛をちらと見る。

 この人、ほんの少しだけどタイプだった。

 すらりとした肢体に、優し気な顔立ち。

 話し方も穏やかだった。

 こんな男の人ひとがいる世界なら、きっと安心して暮らせるだろうな。

 そう思ったのだ。

 全ては夢物語だったけどね。

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