第3話
「……わかったわ。しかたないとは言いたくないけれど、受け入れるしかないわね。ところで、参考までに聞きたいんだけど、本物の聖女さまってどこの誰だったの?」
「本物の聖女さまはヤマダさまのアパートの隣人の女性です」
「えっ、隣? わたしは2階の角部屋だったから、隣の部屋といえば田山さんだけど」
リックが大きく頷く。
「嘘でしょう? 田山さんの奥さん? あの恰幅が良くて、いつもコロコロ笑ってる。たしか、去年還暦を迎えたって聞いたけど。……あの人が聖女?」
「はい、タヤマミズキさまです」
ほぉ、と感心する。
聖女さまに年齢制限なし。
ますますこの世界に好感を持ったけれど、残された田山さんの夫は気の毒だ。
さてと、じっとリックを見据える。
ここからが交渉のしどころだ。
「慰謝料、当然もらえるわよね」
「慰謝料と呼んでいいのかわかりませんが、ヤマダさまが元の世界に戻っても、何不自由なく生活できる基盤作りは済んでおります。人間関係においてもすっきり爽やかに整理して、ヤマダさまが憂う事態はないと確信しております」
「あら、そんなサービスをしてくれていたんだ。それなら、そうと早く言ってよ。こっちにいたのも、せいぜい1日、2日。近場に旅行に行ったようなものだって考えるようにするわ」
しかし異世界、凄いな。短期間の間に、いろいろな物事を解決してくれたなんて。
「……あの、ヤマダさま。以前、説明をしたと思いますが、こちらと、ヤマダさまの世界では時間の流れが違うのです」
「そういえば、そんな話を聞いたような? それなら、わたしがいなくなってから、どれくらい時が流れたの?」
「軽く、37年でしょうか」
「……は?」
「ですから、ミツキさまはあちらに戻りましたら、65歳でございます」
65歳?
「ふざけるんじゃないわよ。あ、勘違いしないでね。わたしね、65歳が嫌なんじゃないの。ちゃんと、毎年としを重ねて65歳になるならいいの。でもね。27歳なのに、帰ったら65歳って。こんなの、ゆるさない! 責任者出て来い!」
わたしがわめき出すと、さすがのリックも慌てだした。
「ヤマダさま、どうかお気持ちを確かに。これはもう、どうしようもないことなのです」
そう言いながら、ぺこぺこと頭を下げるリックの姿が、もやがかかったように白くなり、淡くなり、消え出した。
「やだ、リック、消えないでよ!」
「ヤマダさま、さようなら~」
「嫌よ、待ってよ! こんなのゆるさないわよ~~~~!!」
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