第26話 祝福


「俺たち!サークルエターナルの乾杯に持って!乾杯」

「「「「乾杯」」」」


 クラウスの声の合図に、全員がグラスを触れ合い、乾杯する。

 今回のイベント『コミ2』と『トラ祭り』のイベントで完売したのだ。

 ここはいつもの秋葉原のファミレスだ。完売に祝福を上げる『サークルエターナル』だったのだ。

 クラウスはニタリと笑い、亮に声を上げる。


「それにしても、『トラ祭り』でよく完売できたな。あのイベント客は少なかったと思うぞ」

「そうですよ!さすがですよ!亮さん!」

「まあ、色々と売り込みしたので、特に咲良先輩がすごく頑張ってくれたので、完売できました」

「そんなこともあったわね」


 咲良先輩は髪を解き、コップの水を飲み出す。

 亮はにっこりと笑いながら、彼女が顔を紅潮しているのを見守る。

 今日のイベントは彼女に何度も救われた。心が折れそうになった時に、彼女は呼び声をかけて勇気をくれた。

 亮は今も、鮮明に覚えている。


『試合はまだ終わっていないわ?顔をあげなさい』


 その言葉が心の奥まで響き、折れないで最後まで販売することができた。

 もしも、咲良先輩が声を上げてくれなかったら、今頃その時間に店閉めをしているかも知れない。


「亮!」

「わ、ミチル!?」


 など、亮が呆けていると、通路側からミチルが亮の左腕を抱きついてくる。

 彼女はいつものように笑みを浮かべていた。その微笑みは本当に祝福してくれているのかあるいは偽物なのか、あの雨の日の美術室以降から、彼女のことをよくわからなくなった。


「よく頑張ったね!完売おめでとう」

「ありがとう。ミチル。今日はサークルの打ち上げはしないのです」

「うん!大丈夫。わたしもここで打ち上げやってるから」


 そう言うと、クラウスは「んげ」と声をあげて、フルフルと左右を見回す。


「おいおいおい!あいつがここにいるのかよ!冗談じゃないぜ!」

「あははは!『代表』はいないよ?わたしたちだけだから」

「まじか。なら、よかった」


 クラウスは胸を撫で下ろすと、ミチルは不意打ちするようにクラウスにこう宣言する。


「でも、代表から伝言があるよ。『次あったら、ぶっ飛ばす』って」

「うおおおおお!勘弁してくれえええええ!」


 と、まあクラウスは悲鳴をあげた。

 一体、このサークル『カオリ』の『代表』とクラウスの関係はどのようなものなのか気になる。と、亮は悶絶しているクラウスを見ながらそう考える。

 そんなことを考えていると、ミチルは左腕をブンブンと揺さぶりながら、上眼使いをして共に甘い声を発する。


「で、亮。いつ、サークル『カオリ』に入部するのかな?」

「え、えーと。僕はサークル『エターナル』の人間だから、行くことはできないかな」

「えー。最後の一冊買って上げたのに」

「う……そう言われると僕は弱い」

「冗談だよ。亮大好き」


 そして、ミチルはぎゅうと強く抱きしめる。

 亮は苦笑いを浮かべて彼女の思うままにされる。

 亮の隣に座っている咲良先輩は、手を伸ばしてミチルを追い払う。


「負け犬をとっとと自分のサークルに帰りなさい。しっしっ」

「あー亮。咲良先輩がわたしをいじめてくるよ。助けてー」


 ミチルはエンエンと嘘泣きをしながら、亮の腕を強く抱き締めている。

 亮は何もせずにただ苦笑いを浮かぶだけだった。


「あー私知っています!これ、ハーレムと呼ぶんですよね?」

「うん。できれば、サボテンも助けてほしいだけど」

「えー嫌ですよ。わたし、夜道にナイフで刺されたくないもん」


 サボテンは楽しそうにジュースをずずずと飲むと、にっこりと笑った。

 どうやら、こちらを助ける気がないらしい。

 そして、二人の争いは始まり、亮を自分の元に引っ張るようになった。右側に座っている咲良先輩は寮の右腕を引っ張り、左に立っているミチルもそれに負けず自分の元に引っ張る。


「二人とも、やめて、僕の腕が千切れちゃうよ」

「いやよ。私の所有物を盗む泥棒猫に渡したくはないわ」

「あー泥棒猫は咲良先輩の方だよ?わたしの方が亮といる歴が長いよ?亮のことなら、なんでも知っているから」

「正婦宣言のつもり?そんな痛々しい設定は10年前にかき消されたものよ」


 そして、二人の争いはまだも続く。二人は力を増しますます引っ張り合いが強くなった。


(……うーん。どうしたらいいのかな?) 


 亮は二人の引っ張り合いの中に呑気な態度をとりながら、ただただ彼女たちの行動に揺さぼられるだけであった。

そんな修羅場に終止符を打ったのは、ミチルからの電話だ。

 彼女は電話を取ると、「あ、もう帰るよー」と、いつものほほーんに電話先に回答すると、亮の腕を解放し、「じゃあね!亮。愛しているよ!」と、告白宣言をし、この場からさった。

 咲良先輩は「害虫がつかないように、アルコール消毒をしなさい」と、亮に忠告する。亮は苦笑いで答えることしかできなかったのだ。

 そして、夜の8時になり、サークル『エターナル』の打ち上げも終わる。

 振り返ってみれば色々とある1日だったと。

 また、次のイベントへ向けて頑張ろう。と、亮は自分に言い聞かせる。

 そして、一つの感情が亮の心を芽生える。

 ……自分は咲良先輩のことが好きだ。


「亮?どうかしたの?赤い顔になって」

「な、なんでもないです」


 隣にいる咲良先輩の顔が覗くと、亮は顔をそっぽむく。

 今、彼女の目線を合わせる勇気はない。

 なぜならば、彼女に心を覗かされるわけにはいかなかったのだ。



「んじゃ、俺たちは車を回してくるから、ここで待ってな」


 クラウスはサボテンと一緒に駐車場へと向かっていった。

 取り残されたのは、亮と咲良先輩の二人になってしまった。気まずくなった。

 亮はポツポツと口を閉じ開きしながら、クラウスの車を待っていた。

 二人きりにいると亮は落ち着きがなくなってしまった。

 ……自分の好きな人と一緒にいる。

 それだけで、亮の鼓動が早鐘を鳴る。

 恋愛漫画に登場する主人公がこんな気持ちを抱いていると、思い知った。

 そんな時に、咲良先輩は口を開く。


「ねえ、一つあなたに聞きたいことがあるの」

「は、はい。なんでしょうか?」


 跳ね上がる心臓の鼓動に亮は口をあわわと、開く。


「別に緊張しなくてもいいわ。私と貴方の仲じゃない」

「そ、そうですね」

「片言になっているわよ?どうしたの?」


 咲良先輩は指摘すると、「わわ」と口を開けとじをする。

 ……何をやっているんだよ、これじゃあ、僕がパニック障害者みたいじゃないか、など亮は自分の行動に呆れる。

 そんな自分に呆れる亮のことを知らずに、咲良先輩は彼に問う。


「どうしたの急に?」

「……まだ、会場の余韻が残っていて」

「そう……確かに、イベントは色々あったわね」


 ……そう、咲良先輩が自分に勇気をくれたこと。


「この後、あなたの仕事は大変よ?8月にはコミックマーケットがあるし、クオリティももっと求め荒れるわ」


 ……あの時、諦めないで励みをくれた咲良先輩。


「これから、絵のイラスト集ではなくて、漫画のコマを作るハメになるのよ?」


 ……信じなさい。あなたの人生は、あなたの思い描いた通りになる。


「ねえ、聞いている?これからもっともっと、大変になるのよ?」


 ……なら、今の人生を描いた通りになるのだろうか?


「ねえ、亮?聞いているのかしら?これから大変なことに……」

「咲良先輩……大切な話があります」


 そういうと、咲良先輩はキョトンとした目で亮の目を見つめる。


「どうしたの?急に」

「僕……僕……実は……」


 ……あなたのことが好きです、と言い放とうとする。

 だが、それは声にできず、喉の先に詰まっていた。

 あと、もう少しで言語化できるのに、この気持ちを解き放つ頃ができるのに。けど、自分の情けなさがこの口を封じた。喉の奥底から出てこない。

 ……勇気が足りなかったのだ。

 なんで、自分はこんなに臆病なんだ。

 と、亮がそう思っていると、咲良先輩は人差し指で、亮の唇に手を当てる。

 今度は亮の方がキョトンとして、彼女の綺麗な顔を見つめた。


「その先に言葉はまだ、早いわ」

「え……?」


 亮は言葉を失った。

 咲良先輩はその言葉の先を知っていた。だから、こう封じる。

 そして、その条件と合うように彼女は次に条件を出す。


「……あなたが神絵師になってから、もう一回言いなさい。その時には私もその言葉を受け入れるわ」


……それは自分がまだ、彼女の隣に歩くための条件。

天才作家には天才絵師が必要。

その条件を達成できるのは簡単にできるわけではないが、彼女の隣に歩くためには必要なこと。

努力だけでは、


「先輩……僕、神絵師になります」

「ええ。頑張りなさい」

「はい」


 亮はそう答えると、覚悟を決める。

 神絵師になり、咲良先輩への秘めている思いを告げるため。

そんなことを内心に思っていると、クラウスが車を回して来た。


「ようーお二人とも、お待たせ。じゃあ、乗って」

「ええ。ありがとう」

「はい。ありがとうございます」


 二人は車に乗ると、車はゆっくりと発進していく。

 梅雨の雲の下にゆっくり走行する車。

 

 亮は車に揺られながら、こう思った。

 次回の即売会は夏のコミックマーケットで部数を増やして、完売させる。

 今度はクラウスの絵よりも、もっと出来が良く、もっと激しい絵を創作する・

 そして、その後に咲良先輩が立てた目標を到達する。

 最後に、自分は彼女に告白する。


 ……だから、僕は神絵師になるのだ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美少女に誘われたので、僕は神絵師を目指すことになったのだが。 ういんぐ神風 @WingD

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ