第25話 完売?残る?



 ミチルは影から亮たちの様子を伺いながらそう呟く。

 そして、スマホの画面上のSNSを眺めながら、指で操作する。

 SNS上で書き込みをしたのは、ミチルだった。

 だが、そのアカウントも裏アカウントでいつでも削除できるアカウントだ。

 波が悪くなった今、そのアカウントを削除するのも、一手の手だ。

 がしかし、ネット上で意見が二分に盛り上がっている。


『サークル「エターナル」の新人作品は最高だ』

『サークル「エターナル」の新人作品はクソだ』


 どう転ぶのかを見守るミチルだった。

「うんうん。亮の作品は最高だよ?けどね、こう貶すのも愛の証なんだよ?」

 彼女はそう呟きながら、スマホの画面を指でスライドして、SNS上の画面を眺める。

 一つ一つの意見を確認するように眺める。


『おい、サークル「エターナル」の地雷踏んだ。買わなければよかった』

『いやいや、神作だろ?会場限定の新作だぜ?買わない理由はないぞ?』

『んー。俺氏、『魔法少女アイリ』見ていないし、今回パスかな?』

『うほー!『魔法少女アイリ』キタコレ!』


 そういったやりとりを見ながらミチルはニヤニヤと笑みを浮かぶ。

彼女は集団の人が乱れている姿は眺めるのが好きだった。

だから、こうしてにやけていることが出来る。人が炎上案件を眺めるのと似ている。決して、サイコパスではない。並の人も同じことをするはずだ。

そして、スライドをしていると、彼女はある書き込みに目をつく。

「あ、これは、ダメみたい……」

 その意見を目にすると、そう呟き、諦めかける。

 この勝負は自分達の負けだと、悟ったのだ。


 ◯


「先輩。大変です」

「次はどうしました?」

 一旦客の流れが途絶えた時に、在庫補充の亮は集金担当の咲良先輩に、駆け寄る。

「クラウスの新作が完売しました!」

「……そう。これからはあなたの新刊の勝負ね」

「はい……」

「何冊残っている?」

「100冊です」

「……かなり厳しいね」

「そうですね」

 咲良先輩が苦虫を噛み潰すような表情を浮かべると、亮はどうしようもない表情を浮かばせる。

 あと残り100冊。無名の新人が完売する数には到底考えられない数だ。

 400冊売れたのは、クラウスの新作と抱き合わせ販売な形で売れてた。単体で100冊を売るには少々無理がある。

 

 ……それでも、信じて販売することが出来るのだろうか?


 亮は覚悟する。これでは、完売には程遠い道だ。

 ……完敗を覚悟する。

 そんなことを考えていると、咲良先輩のスマホが振動を起こす。

 何事か、と咲良先輩はスマホを見ると、通話の相手は「クラウス」だった。

 咲良先輩は恐る恐る、電話を受け取り、スピーカーモードにする。

「もしもし」

『やあ!諸君、元気にしているかい!』

「冷やかしのつもり?悪いけど、こっちは忙しいのだけど」

『待て待て待て!一応報告をさせてくれ、切るな、真面目の話だ』

 咲良先輩は疲れ切った顔をし、通話先に用件を早く言うように急かす。

「で、報告とは?」

『こっちは、亮の新刊が完売したぞ』

「え……?」

 声を漏らしたのは亮の方だった。

 今回イベントが二つに分かれている。『コミ2』と『トラ祭り』それぞれに人員を半分にしてイベント対応を行なった。

 そしてそれぞれに販売する本を2分割した。

 そう言うわけで、「コミ2」で亮の新刊は500冊存在する。

 それが全て売れ切ったのだと、クラウスは宣言する。

「それ、本当ですか?」

『ああ。マジだ』

「じゃあ……」

『残りの新刊はお前たち『トラ祭り』の会場だけだ。まだ残っているのだろ?』

「!?」

 コミ2会場で亮の新刊を入手することができない。

 つまり、今この中にある残り100冊が亮の手元にあるものが最後になる。

『ここで購入できていなかった連中がお前のところに向かっている!まだ、チャンスはあるぞ』

「え?東京ビックサイトから幕張メッセに向かって来ているのですか!?」

『ああ!何組かそこに行った』

 亮はクラウスの情報を聞くと、胸の奥から希望の光が湧いて来た。

 ……いけるぞ。この100冊をどうにかして、完売させるぞ。

「咲良先輩」

「ええ。私たちのターンね」

 亮と咲良先輩はお互いの顔を見つめ合うとニタリと自然に笑みを浮かべた。

『お!SNSでも話題になっているぞ!お前の新刊がもう完売したこと。この会場の奴らも、それに驚いてお前の新刊を購入しにくるぞ!じゃあな、お前らの健闘を祈る』

 そう告げ終えると、クラウスの通信が終わる。

 残された咲良先輩と亮は最後の100冊を構える。立ち上がり、前を向いた。そして、この100冊を完売に向けてラストの踏ん張りどころだった。

「すみません。新刊ください!」

「はい。今、クラウス先生の本は完売し、この新刊しか残っていないのですが、よろしいでしょうか?」

「はい。これでいいです」

「500円になります」

「じゃあ、これで」

「ありがとうございます」

 と、一人の客に丁寧な接客する。

 そして、さらっとその客が去ると、次の客が押し寄せた。

「いらっしゃい……」

 ませ、と言うまもなく、客が500円を手渡す。

「コミ2で完売したのを聞いて、来ました!」

「なっ!?」

 その客を見つめると、亮は絶句する。

 いや、その客を見て絶句したのではない。

 彼の後ろで行列が形成されているのを見た彼は言葉を失う。

 みんな、亮の新刊のために並んでいたのだ。たった、一冊の本のために彼らは買いにきたのだ。

 ……こんなに嬉しいことがあっていいのか。

「何ぼさっとしているのよ。早く接客しなさい」

 そんなぼさっとしている亮に咲良先輩が指摘する。

 亮は慌てて、接客する。

 500円を受け取り、本を渡す。

 そして、徐々に並んできる列に接客していく。

 残り……80冊……70冊……60冊……50冊……45冊……40冊……35冊……30冊……25冊……20冊……15冊……10冊。

 ラスト10冊になった。

 これで最後だ!と、亮は希望を見出したときに……列が途絶えていてしまった。

 もう亮が接客すべき客はいない。

 目の前にいる客はどこにもいない。だが、ラストの10冊が手元にある。

 左右を振り向く。

 そこにはもうイベントに満足したイベント参加者が次々と会場を出ていく。

 そう、昼を超えたこの時は、もうすでに販売出せるのは難しい時間帯。残りの参加者は島や雰囲気を楽しむムードになった。

ここから最後の10冊が売れるのかが本当の勝負はここからだった。

 最高の山場だと、亮はそう信じて諦めなかったのだ。

「ラスト10冊になりました」

「ええ。これからが本当の勝負ね。残りは会場を流浪するものたちが購入してくれる可能性はあるわ。だから、諦めないで、店を開けましょう」

「はい」

 亮はそう答えて、顔を前へと向けた。

 店を流離している参加者が、こちらの方へと来るのを待ってみた。

……だが、いくら待っても来客はなかった。

 午後の15時を超えた。

 そろそろお開きのムードになる。隣のサークルが閉店する。次々と撤去していく。今、壁サークルで開店しているのは、亮たちだけだった。

 閉店しにいく中、亮たちのサークル「エターナル」だけがまたも開店していた。

 焦り始める亮。今回は、先程の件とは違い、人の減りのレベルが違う。あと少しだと言うのに、もう誰も会場には残っていない。

 ……ここで終わるのか、と亮はスポットライトにて照らされた気分になる。何もない劇場に立っているようだった。

「咲良先輩。僕たちはここまでなのでしょうか?

「……諦めないで。まだ、希望はあるわ」

「希望って……」

「そろそろくるわ……」

「来るって……え」

 亮の言葉が遮るように、会場の入り口から、何人かがこちらに向かって走って来ている。それはいかにも焦っているようで、サークルスペースの前までやってくる。

「す、すみません。サークルエターナルで間違いないですか?」

「は、はい。間違い無いです」

「し、新刊ください!『魔法少女アイリ』の方をお願いします」

「え、え?」

「東京ビックサイトから来ました、き、きつい」

 その言葉を聞くと、亮は思わず咲良先輩に目を向けた。

 彼女は「ほらね?言ったでしょ?」と、アイコンタクトで送る。

 その客たちは、クラウスが言っていた者だ。「コミ2」の会場……東京ビックサイト……からわざわざ電車を乗り越えて、「トラ祭り」の会場……幕張メッセ……にやって来たのだ。

 電車を揺らして1時間以上もかかるのに、それでも本を購入したくて、ここへ追ってきた。

 あまりにも嬉しさに、亮は思わず顔をにやけて、目の前に来る客に積極的に接客する。

「はい!こちら500円になります!」

「あ、ありがとう!ふう、やった。もう、完売したかと思ったぜ」

 一人の客が去ると、次の客がやってくる。

「サークルエターナルの新刊、「魔法少女アイリ」の本を一冊ください」

「はい。こちら500円になります」

「どうも!」

 亮が本を渡すと、またも次の客が来た。

 またも行列が出来上がった。これはビックサイトで新刊を購入できなたかった組がわざわざ遠征しに来た組だ。

……これがラストチャンスだ。

ここに並んでいるものたちが最後だと、亮はそう考えて販売する。

7冊……6冊……5冊……4冊……3冊……2冊……1冊。

最後の1冊までになった。

 亮はこれは行けると慢心して、前へ向く。

 だが……

「あれ?」

 客はもういなかった。

 最後の一冊に最後のチャンス。

 それはつなげることができなかったのだ。

 そろそろ、終了時間になる。あと、5分で16時だ。

 ラスト一冊は誰に売ればいいのか?

「やあ、元気にやっているかな?」

「ミチル……」

 亮が頭をパニクっている中、ライバルであるミチルがサークルの前に来る。

 彼女は満面な笑みと甘い声で聴いて来る。

「調子はどう?あと何冊売れた?」

「ごめん、ミチル。最後の1冊が残ってしまったよ」

「それはそれは……大変だね」

「う、うん」

 すると、ミチルは屈託のない声をあげて笑う。

「ねえ、亮」

「な、なに」

「その新刊、わたしにくれないかな?」

「それって……」

 ミチルは500円を手にし、上眼使いで亮を甘やかす。

 そこで亮は理解する、彼女はこの本を購入する最後の客だ。

「はい、ミチル。これが最後の一冊」

「ありがとう♪亮」

 彼女は笑顔のままで、本を取ると、スピーカーから音楽が流れ出す。

 それと共に全員が拍手喝采を送る。

 パチパチパチ。と会場内が歓喜に飲まれていると、スピーカーからアナウンスが流れてくる。


『これにて、トラ祭り、を終了します』


 トラ祭りの終了を告げるアナウンス。

 亮の手元にある同人誌は0冊。つまり、亮は本を完売したのだ。

 今回の同人即売会にて、完全に終了する。

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