第24話 初めての同人即売会

6月初旬の日曜日。

 この日はなんと言っても、最大な同人即売会イベント。「トラ祭り」だ。幸い天気は晴れ。こうであればイベント参加者も満足に参加できる。

 開催場所は都心から離れている、千葉の幕張メッセだった。

 電車に揺られてから1時間強でやっと到着する。会場の前に並ぶ二人だった。

 咲良先輩と亮は幕張メッセの会場……トラ祭り……へやってきた。

 会場に来る前、亮と咲良先輩はミチルとのやりとりを代表であるクラウスに説明する。

『何?サークル『カオリ』と賭け事をした?で、内容は?…………なんだ、楽勝じゃねえか。それぐらいは売れるさ、俺の目を通したものだ。だから、俺が保証する。『トラ祭り』に参戦して来い!』

 クラウスはなんともない、楽勝だと、言い放つ。

 作品は彼の目を通しているため、出来の悪い作品ではないと、太鼓判を押していた。

 だが、亮はクラウスの太鼓判があったとしても、安心ができなかった。

 別に、クラウスが嘘をついているとは思わないが、現実的に新刊の処女作で500冊を完売するのは大変なことだ。

 調べたところ、新人で多く売れたとしても100冊程度だ。処女作で500冊全部が売れるのは聞いたことはないのだ。

 今回「トラ祭り」で販売するのは2作品を販売する。

 クラウスの新刊が1000冊。

 亮の新刊が500冊。

 どちらも部数を多いが、クラウスの作品はエロ漫画であるため、すぐにでも売り切る計算をしている。

 今回の作戦は抱き合わせ販売。クラウスの新刊と亮の新刊を同時新刊と言い放つ。大抵な人はその新刊を買ってくれるはずだ。法律でもギリギリセーフな領域の販売している。なぜならば、その新刊は強制販売ではないのだから。

「あ、亮!おはー」

「ミチル……」

 そして、現れたのはライバルのミチルだった。

「ミチルもサークル参加?」

「うん。そうだよー。代表はあの「コミ2」に行ってるけど、わたしはこっちで頑張る」

「そうなんだ……」

 亮は少し残念な気持ちになる。

 ライバルが親友のミチルだなんて、思いも知れなかった。

「で、ミチルは何を描いて出しているの?」

「わたし?今回は『代表』が絵を担当しているから、新刊は『代表』は『魔法少女アリ』の4コマ漫画だよ」

「4コマ漫画……すごい。僕は漫画が描けない」

「あははは、なら、サークル『カオリ』に来てよ。そしたら、手取り足取り教えるよ!」

「それは遠慮しておくよ」

 亮が苦笑いで断ると、ミチルは屈託のない笑みで「それは残念」と回答する。

 そして、ミチルは「ん?」と亮にの表情に気づく。

「なんだか暗い顔だよ?いつものように笑ってよ!あ、でも、その表情もかわいいね。段々亮を好きになっちゃう」

「それは聞き捨てならないわね。天道さん?彼は私のものよ?」

「二人とも、落ち着いて、僕は誰のものじゃないから!」

 そして二人はふん、と顔をそっぽ向いた。

 どうやら、亮はいないもの扱いされていた。

 ……ショックだ。二人とも、自分を賭けているのに、全く反応をしないのは残念な気分だ。

 と、亮は肩を落とす。


『只今より、サークル入場を開始いたします。サークル参加の方はチケットをお手元に用意し、スタッフの指示に従い、ご入場してください』


「じゃあね!亮!愛しているよ!」

「あ、うん。ミチルも頑張ってね」

 スタッフがスピーカーで掛け声をすると、ミチルは仲間の元へと合流しにいく。亮は彼女に手をふった。

 敵ながら憎めないのが、亮の特徴だ。

「なんで、彼女のことを応援するの?亮」 

「え、えーと挨拶程度で応援しましたが……」

「私にだって応援しなさい。今回二人で頑張る羽目になったのよ」

「そっちですか!?」

 とまあ、二人のやりとりがあり、亮たちはスタッフの指示に従い、会場に入る。

 自分のスペースは壁のド真ん中に配置されている。

 最近、亮も知った知識だ。サークルが壁に配置されるのは、知名度が高いからだ。高ければ高いほど、壁サークルと場所が見えやすい場所にある。

さすがは、クラウスの神絵師の実力。知名度が高いほど、壁サークルに君臨をすることができた。

サークルスペースには段ボール箱が15箱、届いている。

クラウスの新刊が10箱の1000冊と、亮の新刊が5箱の500冊。

割合は2:1。クラウスの本が多く納品されている。

これはこのイベントに来る参加者数を見込んだ数だ。3000人の予想に、3分の1が絶対に購入すると考察した結果だ。

それはあまりにもハイリスクの考え方だ。

だが、クラウスは神絵師だ。絶対に売れる自信があった数だ。

そういう、馬鹿なのか、底を知らない自信はどこから来るのやら、と亮はクラウスのことを尊敬する。

亮は箱の開封をする。その中に自分が描いた同人誌があった。

「っつ!?」

 自分の本を見ると、うるっとする亮。

表紙を創作したのはサボテンだが、自分が描いた絵が堂々と表紙に載っているのは、嬉しかった。なんだか、自分が有名人になっている気分だ。と、亮は涙を堪えて、他の本を開封する。

「さて、早く準備するのよ?あと1時間もないわ」

「はい!」

 咲良の指摘に亮は答える。

 あと1時間でイベントが開催される。この15箱を全て開封し、売れる準備をしないといけない。

 亮は新刊30冊ずつ、机に並ぶ。

 今回はどちらも五百円で販売する予定だ。

 ワンコイン価格は優しい価格。同人誌一冊はこの価格が一番適切なのだ。お釣りを用意しなくてもいいし、本一冊の原価より担う金額だ。

 亮は新刊を机に並ぶと他の箱を開封する。すぐにでも補充できる体制をとった。

 これで準備は万全。接客と本の補充は亮が担当する。お金集計は咲良先輩担当する。お箸より重いものを持てない咲良先輩ができる役目はそれしかなかった。

 準備が終わると、咲良先輩は腕時計を見る、そろそろ短い針が10時を指す。

 今回のイベントは短い。10時に始まり、16時に終わる。つまり、猶予は6時間しかない。同人誌を500冊、完売しなければならない。

「そろそろね」

「はい」

 亮は緊張した顔で前へ見据える。『トラ祭り』は同人誌ショップのトラが開催されているため、……サークルチケットで購入者がいない……平和に参加ができるイベントだ。

 緊張を解くために、涼は深呼吸する。1、2、はい、吸って、3、4、吐いて……1、2、はい、吸って、3、4。その呼吸リズムを乱さずにする。

 そんなことをやっていると、時間がやって来た。


『只今より「トラ祭り」を開催いたします』


 パチパチパチと、拍手喝采がホール中に響きわたす。参加者の全員が立ち上げて拍手していた。亮も同じく拍手をする。

……号令が鳴った。

……参加者が入場する。

「亮、準備しなさい」

「はい、わかりました」

 亮は返事をすると、すぐさまに客がサークルにダッシュしてくる。スタッフは押さないで!押さないで!と忠告するが、あまりにも物欲しさで欲望に走流参加者たち。理性を捨てた参加者がこちらに走ってくる。

 どんと机にぶつかりそうになり、亮は彼らを抑える、共に声を上げる。

「押さないでください!」

 客が押し寄せてくる。机一つ挟んで、応戦する亮だった。

「並んで!並んで!これじゃあ売れないよ」

 と、押し寄せる客の波に列を形成する。少しずつ列に形成するようになった。スタッフのおかげでもあった。数分後には列が形になってきた。

「新刊2冊あります!よろしくお願いします!」

 亮が声を上げて、順番に客を接客する。

「新刊ください」

「どの新刊ですか?」

「両方ともください」

「はい。合計で1000円です」

 同人誌二つを渡すと、千円札を受け取ると、すぐ後方にスタンバイしている咲良先輩にお金を渡す。

 それを繰り返す作業だ。

 ……よし、順調だ。

 このままであれば、自分の新刊も500冊を捌ける。

 ……だが、その考えは甘かったと知るのはこのあとだった。

 一人の客がやってくる。

「新刊ください」

「2冊あります」

「あ、こっちはいらない。この本だけでお願いします」

「……はい、500円になります」

「ありがとう」

「毎度ありがとうございました」

 さっきの客が購入したのはクラウスの新刊の方だった。

 亮の新刊が初めて拒否されたのだ。

 自分の作品が否定された……心臓が圧縮するような痛みが走る。

 けど、それはきっと偶然だ。あの客はただ、お金がなかっただけ。

 ……まぐれだ。

 と、亮は仕切り直して、メンタルを回復する。

 そして、満面な笑顔で次の客を接客する。

「新刊ください」

「2冊あります」

「うーん、これだけいいや」

「……はい。こちらで500円になります」

「ありー」

「ありがとうございました」

 亮はぺこりと頭を下げる。客はどこかへと去って行く。

 ……まただ。またクラウスのだけ新刊が売れて、亮の分が売れなくなった。

 一体、どうなっている?

 状況を理解したのが、スマホで亮のことを呼び止める

「大変だわ。西園寺亮」

「ど、どうしたんですか?」

「S N Sの書き読みよ」

そう言うと、咲良先輩はスマホの画面を見せた。S N Sの投稿だ。サークル「エターナル」のことを記載している。


『新刊2冊あるけど、片方はクラウスが描いたもの。片方はどこかの馬の骨を描かせた絵だ。買うと損するぞ』


いいねの数:500


 亮はそれを見ると、頭がくらくらしてきた。

 自分の絵は人を喜ばせるものではなかった。芸術と同じだ。

 良かれと思った絵を描いたら、人からは最低な行為だと言われている。

 

 ……今回も同じだ。また、同じ過ちを創作する。


 過去に描いた絵、『ヴィーナスの子供たち』と同じ結末を会うのか?自分が良かれと描いた作品が、本当は駄作で、誤解を生み出す作品なのか?

 またもあの時のように失敗するのか?

 芸術の才能がなくて、サークル『エターナル』に汚名をかけるのか、

 亮は頭を抱える。すると、景色がぼやけていく。走馬灯を見るように、彼は光の中で落ちて行くのを感じる。

 そんな落ちて行く寸前に咲良先輩が亮の腕を握る。

 そして、こう告げる。

「試合はまだ終わっていないわ?顔をあげなさい」

 咲良先輩が言葉を放つと、亮は顔をあげる。

「信じなさい。あなたの人生は、あなたの思い描いた通りになると」

 咲良先輩は、どこか悔しげな笑みを浮かぶ。

目尻を切り上げ、まだ負けていないことを宣言する。

 その言葉は咲良先輩のではない。それは偉大な哲学者、デカルトの言葉だ。人生を思い描いた通りになる、なんて傲慢な話だが、それもそうなるはず。

 ……信じるものには救いが待っているからだ。

 どこかで聞いたことがある、その言葉に、亮は顔を前へ向く。

 まだ、5時間の猶予がある。これから頑張って売ろう。

 そう、覚悟する亮に勇気を与えるように、咲良先輩が全力でこう叫ぶ。

「いらっしゃい!今回は新しい絵師さんの新刊もあるよ!将来性がある同人誌よ!」

 叫んだ咲良先輩に亮は思わず彼女の方に向いた。

 感謝の言葉だけでは足りないほどに、亮はうるっと涙を我慢する。

 咲良先輩が叫んだためか、またも客が列を作る。販売の列がまたも長くなった。

 亮は接客業務を再開する。

「いらっしゃいませ」

「新刊ください」

「2冊ありますが、どちらにしますか?」

「両方ともお願いします」

「はい。合計1000円になります」

「ありがとう」

 客は二つの同人誌を受け取ると、その場から去る。

 やった、流れが再び戻ってきた。

 と、亮は慢心しながら、販売を続ける。

 ……まだだ!まだいける!

 亮は自分に言い聞かせて、接客続ける。新たに来た波を掴んだら、顔を前に向ける。

 客の流れは途切れることなく、次々とやってくる。

「へー。それもやっぱり、厄介な女だなー」


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