第15話 昇格試験

 俺たちは本部に戻り、ジェルンにこのことを報告した。ムーランは自分の責任だと言って悔しい表情を見せていたが、ジェルンは俺たちを責めるようなことはしなかった。


 黒龍組の幹部を二人も相手にすることは、たとえS級冒険者であってもかなり危険だという。確かに、あの時肌に感じたビリビリとした空気は今まで会って来たS級冒険者と同等かそれ以上のものを思わせた。

 

 また、ヒロブミとブルースが行った東のダンジョンでは黒龍組は現れなかったらしい。彼らは昨日帰ってきたばかりだが、もうすでに次の依頼をこなしに行ったという。

 

 そして俺たちが黒龍組が魔解石というものを取っていったことを伝えると、ジェルンは眉間にしわを寄せ、厳しい表情を見せた。

 

「魔解石って……どういうものなんですか?」と俺はジェルンに聞いた。

 

「詳しくは分かっていないが、モンスターの覚醒や活性化に関わっているものだとされている。だが、これで黒龍組が何か良からぬことを考えているのは確定した」

 

 神通の言っていた「“始まり”が来たら勝手に死ぬ」という言葉。そして最近の怪しい行動。黒龍組の目論見はまだはっきりしていないが、それがこの世界に危機をもたらす何かだということは、俺たち皆が感じていた。

 

「冒険者協会はこれから本格的に黒龍組の調査に乗り出そうと思う。君たちにも協力を要請する。だが、その前にリョウスケたちにはS級冒険者になってもらいたい」

 

「S級冒険者……!」

 

 今まで色んなS級冒険者と関わってきたが、ようやく自分もそうなれる時が来たのだと、思わず悦に浸った。だが、喜びも束の間、ジェルンはすぐに続けて話した。

 

「正直言って君たちの強さはまだS級には達していない。だが、引き続き黒龍組の調査をするなら自由にワープゲートが使えるS級にならなければいけない。だから、今回は特例の昇格試験を受けてもらう」

 

「昇格試験……ですか」

 

「ああ。青龍の塔の最上階付近でA級モンスター10体の単独討伐だ」

 

 青龍の塔——以前俺たちがトヨトミに師事をしに行ったS級ダンジョンだ。高階層に行けば行くほど強いモンスターが出るところで、最上階付近のモンスターはA級の中でもかなり強い方だ。それを10体……しかも単独で。俺はその厳しさを想像し、息をのんだ。

 

「単独って……近接攻撃職のリョウスケやチェンはまだしも、防御特化の私や支援特化のユテンには難しいと思うわ」とリン。

 

「ああ。そんな無理な要求はしない。今回昇格試験を受けるのはリョウスケだけだ」

 

「え、でも……俺たちは4人のパーティです。黒龍組の調査にしても、離れて行動するわけにはいきません」

 

「心配するな。パーティのリーダーがS級なら、メンバーもワープゲートを通ることが許される」

 

 今まで知らなかったが、パーティにおいてはリーダーのランクがパーティ全体のランクになるという。つまり、リーダーさえS級になっていれば、ワープゲートの使用やS級しか受けられない依頼をメンバーも受けられるという。

 

 今回は緊急の特例昇格試験ということで、また特例で青龍の塔までワープゲートを使わせてくれることになった。ワープゲートは基本は国の首都にしかないと聞いていたのでなぜ青龍の塔にあるのか不思議に思ったが、ジェルン曰く桃山幕府はもはや小さな国として機能しているので、ワープゲートも置いてあるのだという。

 

 この特例続きの措置は、一刻も早く俺がS級になって黒龍組の調査に向かえるようにするためだ。だから俺が万が一昇格試験に落ちるようなことがあれば、冒険者協会の信用に関わる。そのため俺はどんなことがあっても、試験に合格しなければいけないと思った。

 

 また、青龍の塔へは俺一人で行くことになった。リン、ユテン、チェンは帝国で留守番だ。よく考えてみれば、異世界転生した初日以来の単独行動。少し不安だが、今はあの時と違って言葉が分かる。俺は覚悟を決めて、リンたちと共に帝国のワープゲートへ向かっていった。

 

「リン、ユテン、チェン。しばらく待っていてくれ。必ず成功させて帰ってくる!」

 

「ええ、待っているわ……!」


「絶対帰ってきてください!」


「死ぬなよハゲ!!」

 

 皆に別れを告げ、俺はとうとうワープゲートに入っていった。

 

 そして一瞬で終わるワープを終え、俺がついたのは見覚えのある和風な雰囲気の部屋。桃山幕府の城の中だ。ゲートの前には相変わらず重そうな鎧を着ているトヨトミとゴクウが立っていた。

 

「久しいな。我が弟子よ」


「来たか!! リョウスケ!!」

 

「師匠!! ゴクウ!!」

 

 俺たちは再会に喜び、まずは場所を変えて食事でもしようということになった。ここはやはり日本の雰囲気が強い場所で、食事処も江戸時代頃のような風情が残っている。暖簾をくぐると着物を着た女性が微笑みながら迎えてくれ、何だか京都の老舗旅館に来たような、懐かしい思いがした。

 

 食事をするときトヨトミはどうするのかと思ったが、あっさり兜を外して女性の姿を見せた。俺だけならともかくゴクウもいるため、トヨトミの行動に驚いたが、そんな俺の様子にトヨトミも気づいたようだ。

 

「ああ、大丈夫。ゴクウにはもうバレている」

 

「俺も驚いたけどな! トヨトミはスタイルバツグンだったぜ!!」

 

「こ、この憎たらしい猿め!! 思い出す度にはらわたが煮えくり返る!!」

 

 話によると、トヨトミが風呂に入っているときに、ゴクウが裸の付き合いだとか言っていきなり入ってきたという。それで見事に正体がバレたというわけだ。ゴクウの付けている仮面の端が少し割れているのはその時にトヨトミに殴られたものらしい。

 

「それにしてもブルースにムーラン……。懐かしい名だ」とトヨトミ。

 

「やっぱり知り合いなんですか?」

 

「うむ。帝国のアリーナで何度か剣を交えた」

 

 帝国のアリーナ——前にヒロブミからも聞いたことがある。トヨトミ、ブルース、ムーランなどの強者たちが一堂に集うアリーナということだから、考えるだけで恐ろしいトーナメントだ。

 

「して、リョウスケは確か最高層付近のA級モンスターの討伐に来たんだったな。油断はするなよ。拙者やゴクウでも無傷では済まない相手だ」

 

「そうだな! あそこら辺は青龍の魔力がビンビンだから、モンスターもビンビンだ!!」

 

「へ、変な言い方するな! ……ゴホン、とにかく奴らは強い。よく気を付けることだ」

 

「わかりました……!」

 

 食事を終えて、俺たちは城へ戻った。ここにいる間は城の中の余った部屋に泊めてくれるということなので、今日はそこで寝ることにした。部屋まで案内され、引き戸を閉めようとした時、トヨトミは何かを思い出したかのように「あっ」と言って、締まり際の戸に手をかけた。

 

「……一つ、アドバイスをやろう」

 

 俺がトヨトミと目を合わせると、トヨトミは続けて話し出した。

 

「桃山流の流水はもう使えるな?」

 

「……はい」

 

「戦闘中はあれを常に発動しておくんだ。そうすれば、相手のどんな攻撃も受け流せるようになるだけでなく、自分の攻撃もより正確に当てられるようになる」

 

「やってみます……!」

 

 技の常時発動。想像するだけでも大変そうだ。この異世界ではMPやマナといった概念がなく、スキルを使ったときは単純に疲労が溜まる。桃山流の技は二つ以上のスキルを組み合わせて発動するものだから、決してコスパは良いとは言えない。それを常時発動ともなると、かなりの疲労が蓄積されるのは想像に難くない。

 

 やってみると言ってはみたものの、本当に自分にできるのか自信がなかった。だが、おそらくこれができるかどうかがS級とA級の境界になるはずだ。腹をくくらないといけない。

 

 翌日の朝、俺は最高層付近、つまり19階層に向かった。ゴクウは試験官として、俺が倒したモンスターの確認や、いざという時の安全確保のために一緒についてくるという。S級冒険者のゴクウにその資格があることは分かっているが、コイツが自分の試験官になるとは少し癪である。

 

「リョウスケ! 俺のことは試験官様と呼べ! ヘヘッ!」

 

 こういうことを言われるのが分かっているから癪なのである。

 

「倒したモンスターの記録、頼んだぞ」

 

「まかせとけ!!」

 

 道中にもモンスターが出てきたが、できるだけ無視して上の階を目指して突っ走った。そして俺たちはとうとう19階層に足を踏み入れた。

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神様の手違いで隣国の異世界に転生しちゃった件〜中華な異世界で日本人が頑張ります!〜 木島亮太郎 @hamlaika

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