義理姉上は不細工ですが本当の女神です

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不細工の何が悪いと義理の妹は世界のてっぺんから叫びたい

 兄上はサイコパスだ。

アデルガンデ王国の王太子なのに、サイコパスとして有名だった。

闘争と殺人が生きがいで趣味は拷問、貴族だけでなく宮中に仕える官僚や使用人が何人『俺と目が合ったから』という惨い理由で殺されたか分からない。

父上や母上も兄上の機嫌を損ねただけで殺されかけたし、これでは王位を継がせることはできないと泣く泣く兄上を殺そうと毒を盛ったり、暗殺者を雇ったりした。

本来ならばそのはずのない第二子の私に王位が回ってくると知ったときは私も宿命だと思い、全てを覚悟した。


 毒を飲んでも兄上はびくともせず、暗殺者は皆殺しにされた。


 挙げ句の果てに兄上は父上と母上を脅して幽閉して王位を簒奪、近隣諸国相手に恐ろしい戦争を起こした。

我が国と近隣諸国にとって最も不幸だったのは、兄上は戦争が大好きなだけでなく、戦いの天才だったことだ。

連戦連勝を重ね、近隣諸国はあっという間に首都が陥落し、王族は捕らえられて敗北した。

兄上は敗北した国から大量の捕虜を連れてきて、色々な手段で殺して楽しもうとした。

私はせめて彼らの命が一日でも延びればと思い、他に手段も思いつかず、ほとんど自棄で兄上の伴侶を決める夜会を開いた。


 大地母神ガイアよ、権力と女性の女神ヘラよ、知恵の女神アテナよ、豊穣の女神デメテルよ、愛と美の女神アフロディーテよ、どうか我らを救い給え。

 捕虜達は女神に加護を願い、懐かしい故郷の歌を歌って祈るしかなかった。

どうか魂は故郷へ。帰りたい、帰りたい……。


 その願いと祈りが通じたのだろうか。

 全てを救う平和と正義と愛の女神が現れるのだ。


 アデルガンデ王国一の大貴族スフォルツァーナ家には令嬢が一人いた。

貴族連中からは笑いものにされていた。

『あれは可愛そうに岩のようだ』

彼女の顔は生まれついて不細工だったのだ。

それこそアフロディーテ女神が全身全霊で呪ったのではないかと驚くほどの醜女だった。

だが両親や弟達は彼女を愛していた。

顔が劣っている分、せめてその他は一流にと努力したのもあるだろうが、彼女はとても慈悲深く、少しは腹黒くもあったが誰に対しても常に親切、教養と頭の良さでは誰にも負けない完璧な淑女だったのだ。


 私は夜会を開くに当たって、国中の貴族の令嬢に招待状を出した。

そして準備を整え、捕虜を殺そうと目を輝かせる兄上に一晩だけ出て欲しいと頼み込んだ。

断られるかと思ったが、兄上は捕虜の虐殺方法で素晴らしい手を思いついたらしく、とてもご機嫌だったのが幸いした。

 夜会が開かれた。貴族も誰もかれも暗い顔をしてやってきた。戦争に勝っても国は豊かにならなかった。むしろ荒廃した。それは近隣諸国も同じで、嘆きと怨嗟の声で満ちている。このままでは……と誰もが絶望的であった。

なのに、元凶の兄上だけ平然としている。


 「リリアーナ姫、この度はご招待いただきありがとうございます」

貴族の令嬢達が私に挨拶してくる。私は貼り付けることにも慣れきった社交用の笑顔で対応しつつ、一人姿が見えないことに気づいた。

「あら、ヘレナ嬢はどちらに?」

貴族の令嬢達が一斉に嘲りの笑顔を浮かべる。

「あの岩顔様でしたら気分が優れないと……」

「めまいがして、ドレスにワインをこぼしてしまったそうですわ」

「お気の毒でしたわよ」

要するに貴女たちが寄ってたかって虐めた挙げ句ドレスにワインをかけたので引っ込むしかなかったと。

ああ、貴族はこれだから。

私は『それはそれは』と同情の顔をして、貴族の令嬢達が去って行った後で彼女を探そうとした。

彼女は本当に優しい人だ。なのに侮辱されてしまった。

私がこの夜会に呼んでしまったのだから、せめて一言でも謝らねば。


 探した先の階段の踊り場で兄上とヘレナ嬢がとても好い雰囲気で話し合っていて、終いにはヘレナ嬢に抱きしめられながら兄上が泣いていた光景を目撃した私の驚愕は人生最大だったと言っても過言ではない。

あまりの驚きに階段の影から出られなかった私だが、兄上はヘレナ嬢と指輪を交換し(未婚の男女が同意の上で指輪を交換する=婚約の成立を意味する)、キスをしてから私のところにやって来た。

「リリ、俺はヘレナと結婚する。式の準備をしろ」

「あ、えあ、ああう、は、はい」と私は驚きのあまり従順に頷いてしまう、「ああ、あの、あの、捕虜は?」

「後だ。ヘレナと結婚する方が先だ」


 スフォルツァーナ家がとうとう兄上に対して武力で反逆しようとした。

ただでさえ不憫な思いをさせてきた娘に、姉に恥をかかせるのかと激怒したのだ。

だが、ヘレナ嬢が説得してくれて未遂で済んだ。


 私は歴代の国王と懇意であるレンチェスカーナ寺院に話して段取りを付けて兄上の要望通りに二人だけの式を挙げさせた。

義理姉上は『あんな不細工が王妃になるとは』と世界中が大騒ぎの中でアデルガンデ王国の王妃となった。


 その後、私は義理姉上にただただ感嘆するようになっていく。

まずヘレナ義理姉上は全ての捕虜を解放し近隣諸国と停戦条約を締結、次いで父上と母上を解放させた上で正式に退位させた。

それから疲労困憊していた王国の立て直しに着手する。

能吏を片っ端から取り立て、税制の改革、福祉政策、新規産業の開拓、近隣諸国との外交や通商を切り盛りし、王室外交の取り持ちを行い……。

 ヘレナ義理姉上がスフォルツァーナ家の令嬢だったことも幸いした。

彼女が何かやろうとすると、王国の中でも随一の権力や財力を持つ彼女の家族が味方になって支援してくれる。特に彼女の弟達はその優秀さを発揮して、外交や内政、金融において大活躍し、彼女の公私にわたる支えになった。


 数年の間に彼女は兄上の戦争の後始末を上手に……いや、完璧に行い、そして瞬く間にアデルガンデ王国は世界的な大国となった。


 結婚と同時に兄上はほとんど人を殺さなくなった。正確に言うと、『ヘレナ義理姉上の物を勝手に壊すのは駄目だ』というブレーキがかかるようになった。

万が一兄上を激怒させたとしても、その時はうまくヘレナ義理姉上がなだめて取りなしてくれる。

ヘレナ義理姉上が出産する時だけ、兄上は抜剣して『ヘレナに何かあったら殺す』と医者を脅していたが、母子とも無事、元気にパトロクロス王子が生まれたので誰も死ななかった。


 この頃になると誰も彼もがヘレナ義理姉上を持てはやすようになる。

『あれは女神の御使いが我らを救うためにあえて醜いお顔で現れになったのだ』

貴族も官僚も使用人も、国民の一人に至るまでこぞって彼女を崇める。

平和と正義と愛の女神の御使い。

醜い姿にやつしてまで現れてくださった慈悲の女神の化身。


 結婚して以来、兄上は浮気もせず愛人も持たず、ただただヘレナ義理姉上一筋だった。


 「俺は初めて『疑わなくていい女』を見つけた」

一度だけ兄上が口にしたことがある。

「この世界の中を探し回って、やっと出逢えた」

王族なんてものは権謀術数と権力闘争が支配する世界の中を生きるしかない。たとえ血を分けた家族でも時には殺す手段を選ばねばならないこともある。その世界を独りぼっちで兄上は生きてきたのだ。戦争指揮官としては優秀なのに、性格の特異性を誰からも理解されないサイコパスとして。

「やっとこの世界にも神がいたのだと思えた」

ヘレナ義理姉上は本当に兄上や私達にとっての女神だ。

こんなに素晴らしい女性が愛してくれているのに、他の女の口から偽りの愛を囁かれたところでうるさくて鬱陶しいだけだ。

 この間に勘違いして愛人や側妃の座を狙った女も何人か出たことには出たが、躊躇なく兄上は全員殺した。

ヘレナ義理姉上を馬鹿にされたと思ったため最も惨たらしい殺し方で処刑したのに、兄上はまるで褒めてもらえることを疑わない子供のような顔をして、ヘレナ義理姉上を血まみれの手で抱きしめるのだった。


 岩のような不細工が何だ。世界のてっぺんから声の限りに叫んでやりたい。その不細工が世界を平和に幸せにしたのだぞ。真似できるならやってみせろ、嘲る者よ!



 数年後、私が隣国のユストラシア公国の公子ユリシーズ様に嫁ぐことが決まった。二人の間に3人目が生まれた後だった。

 もう大丈夫だ。私も安心して嫁ぐことができる。かつての戦争の捕虜だった初恋の相手のところへ。


 ふにゃふにゃの赤ん坊を抱き上げる。

ミリアムと名付けられたばかりの姪っ子は無邪気に笑った。私もつられて笑った。3人産んで少しふくよかになったヘレナ義理姉上も笑った。その場にいた使用人も、官僚も、貴族も、誰も彼もが安心し、穏やかで優しい気持ちで笑っていた。


 兄上だけは不思議そうな顔をしていたが、ヘレナ義理姉上が幸せそうだったので一人も殺さなかった。

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