第19話 最終話

 それから半年ほどして、拓海は沖縄に発っていった。

 会社の立ち上げ当初は忙しかったようだが、最近は生活スタイルも出来上がったようで、毎日のようにスマートフォンに写真とメッセージが送られてくる。

 無料のアプリで通話も出来るので、拓海は気軽にビデオ通話もしてきた。


「スマホの普及で、これからはもっとネットやSNSが身近な存在になるよ。SNS業界の発展はめざましいからね。企業も新しいことにどんどん取り組んでいかないとだよ」


 サーフィンを楽しんで帰宅すると、拓海はビールを飲みながらいろいろ話してくる。ビデオ通話なので、私もなんとなくその場に居るような気持ちになって楽しい。


 沖縄に行ってからの拓海は表情がすごく生き生きしている。移住して良かったんだなと感じられた。

 私も出来ることを少しずつ進めていた。この先のことも考えて車の免許を取得したのだ。


 休みの日に伯母の家に遊びに行き、拓海から送られてきた写真を見せることも私の日常のひとつになっていた。

 なにせほぼ毎日のように写真は送られてくるから、見せて説明する私も大変だ。


 伯母はいまだに携帯もスマホも持っていない。使いこなす自信もないし、必要なときは伯父のスマホで連絡してもらうので、それでじゅうぶんなんだそうだ。


「まったく、こんな楽しそうな顔しちゃって。これは仕事よりも波乗り優先で生きてる顔だわね」

「ほんとだね。でも拓海らしいじゃん」

 伯母は写真をスワイプしていた手を止めた。

「これは?」

「ん?」


 画面を見ると、それは部屋の写真だった。大きな窓から海が見え、その窓辺にはパソコン用の机と椅子がある。

 拓海から「ここが花音の部屋だよ。注文していた机が届いたんだ」と言って送られてきた写真だった。


「ああ、これね。これは窓からの景色を見せたかったみたいよ」

 そうお茶を濁し、次の写真に切り替えた。

 伯母は私の表情をチラッと見て

「浮いた話も全然ないし。あの子は波と結婚したようなものだわ」

 と言うと、お団子をひとつ頬張った。それから私の顔を見る。


「花音も全然浮いた話がないよねえ。なんでかしら」

「えっと、まだ仕事も覚えなくちゃいけないこと、いろいろあるし……」

「そのネックレス。ずいぶん長いこと付けてるよね。大学入った年の誕生日に拓海からもらったものでしょ」

「あ、これ? 気に入ってるから……」

 伯母は私のおでこをコツンと優しく突いた。


「──きっと私たち姉妹の仲が良すぎたのね。だから仕方ないのかもしれないねって話しているのよ」

「え? 誰と?」

「花音のお母さんに決まってるでしょ」

 伯母はそう言って微笑む。


 頬が紅潮してみるみる赤くなるのが自分でも分かった。

 きっと……伯母は気づいている。私たちのことを。

 伯父から聞いたのかもしれないし、私が運転免許証を見せたからかもしれないし、もともと気づいていたのかもしれない。私の母も。

 そして認めてくれているのかもしれない──そう思うと恥ずかしさもこみ上げる。


「まったく、可愛いんだから。さ、そろそろ晩ご飯の支度をしよっか。手伝ってね」

「うん。今日のゴハンはなに?」

「奮発した牛肉でしゃぶしゃぶ。美味しそうに食べてるところ、拓海に送りつけてやって」と、伯母は楽しそうに言ってキッチンへ向かった。


 *


 伯母の言葉もあって、私は仕事にますます積極的になった。

 正直に生きるために、拓海の傍に行くために、まずはデザインのセンスと技術を磨くこと。そして顧客の信頼を得ること。


 会社はスタッフも増えてきた。もともとそんなに広くないフロアだったので、社長が「此処も手狭になってきたな」と漏らした言葉を私は聞き逃さなかった。

 以前からまとめていた資料を手に、社長に打診したときはさすがに緊張して声が震えた。


 拓海が沖縄に行って、もうすぐ二年になろうとしていた──


 その日は早々に仕事を切り上げ、早めに帰宅した。

 明日は休日。海に行くとすれば拓海は早めに寝てしまうだろうと思っていたからだ。着替えもそこそこに電話をした。

 スマホ画面に拓海が映る。どうやら庭でサーフボードにワックスを塗っていたようだ。


「珍しいね。花音から電話なんて」

「ごめんね、作業中に。早く伝えたくて。私、拓海のところに行くね」

「許可が下りた?」

「うん。まずは試しに半年間。それで業務に支障がないようなら正式に認められると思う。私がモデルケースとして成功しないといけないね。うちの社長、新しいこと好きだから拓海が教えてくれたネット業界の話は食いつきが良かったよ」

「間違いなく在宅での仕事も普通になる時代が来ると思うよ」


 私たちがしている仕事は、正直パソコンとネット環境さえあれば何処ででも出来る。今だって契約しているデザイナーさんは普段は自宅で作業をしているのだから。

 経理や総務関係の社員じゃなければ、在宅勤務出来るのではないかと社長に提案したのだ。


「さすがに沖縄っていうのにはビックリされたけどね」

「なんで沖縄? って聞かれただろ」

「うん。だから恋人が一足先に沖縄に移住したんですって言った」

「あははは。社長泣かせだな。もう花音は有能社員になってるだろうし。認めなかったら会社辞められるかもしれないもんな。独立して顧客持っていかれても困るだろうから」

「そんなことするつもりはないけどね。ちゃんと成功させようと思ってるけど、もしもダメで会社辞める羽目になっても、それは仕方ないかなって思ってるんだ。そうなったらそっちで仕事見つけつつ、沖縄の歴史探訪したりするのも楽しそうでしょ。仕事始めてから、そういう趣味の時間も全然取れてなかったし」

「好きなことも大事にして生きないとね」

「うん──待たせちゃったけど、やっと拓海のところに行けるよ」

「これからいろいろ障害があると思う。まずは正式にオレたちのことを親に言わないといけないし。周りからの偏見だってあると思う。でもオレは花音とずっと一緒に居たいから、乗り越えられるって思ってる」


 力強い言葉。大丈夫。拓海と一緒なら乗り越えられる。私はこくりと頷いた。

「ねえ、拓海。見て」

 チェストから拓海が贈ってくれた指輪を取り出し、左手の薬指に嵌めるとスマホ画面を通して拓海に見せた。


「サイズもぴったり」

「完璧だな。いよいよ花音と暮らせるって実感が湧いてきた。待ち遠しかったよ」

「私もだよ」


 もしも今此処に拓海が居たなら、きっと抱きついている。拓海が愛おしい。

 沖縄に行ったら真っ先に抱きつこう。そして「好き」をいっぱい言おう。

 想像したら楽しみで笑みがこぼれた。


 この先、困難があっても大丈夫。拓海と一緒なら笑顔でいられる。

 だって、ずっとずっと大好きだった人と一緒だから──



 <了>

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