気付く。話す。助ける。

 頭を抱えて叫び散らすと、不意に誰かの声が聞こえた。とても若い、女の子……だろうか。


「ねぇ! へんじしなさいよ!」


 慌てて俺は鉄格子をすり抜けて、部屋を飛び出した。幽霊であることは思ったより便利だ。

 この状況下を理解できる人がいるかもしれない。俺はとにかくその声の主と出逢うことにした。


「なんなのよ! きゅうにさけんで! うるさいわよ!」


 部屋を出ると、廊下が左へと続いていた。どうやら同じような部屋(恐らく牢屋だろう)が並んでいるようだ。俺のいた部屋から、かなり奥の方の部屋から声がしている。

 俺と同じく囚われているのだろう。急いだほうが良さそうだ。お互いのためにも。


 声のした部屋に駆け寄ると、同じ鉄格子で閉じ込められているため、中の様子を確認できた。


 そこにいたのは、2人の子供だった。

 見た目から恐らく10歳を超えるか超えないかくらいだろう。一方がショートヘア。もう一方がロングヘアで、二人ともワンピースのように丈の長い真っ白な服を着ていて、2人で奥の壁を背に身体を寄せ合っている。

 ロングヘアがキッとこちらを睨みつけ、ショートヘアが怯えた表情で震えていた。

 明らかに警戒しているようだ。


「あんた、だれよ?」


 ロングヘアの子がぶっきらぼうに聞いてきた。声の質から、恐らく女の子だ。ショートヘアの子は未だに声を発しない。明らかに俺に対しての台詞だが、俺のことは認識できているのだろうか。


「えっと……俺のことは見えるのか?」

「はあ!?」

「ああ、いい。わかった」


 とりあえず、理由はわからんが、俺の声が聞こえて、姿が見えるらしい。

 ショートヘアの子も、こちらを見ては怯えている。2人ともどうやら俺を認識しているということがわかった。


「何もわからないんだ」

「は? きゅうになによ」

「何も覚えてないんだよ。自分の名前も、わからない」


 そう答えると、ロングヘアの子があんぐりと口を開いていた。

 どうしたものかと思っていると、今度はショートヘアの子が話し掛けてきた。


「あなたも……おぼえてないの……?」

「えっ?」

「ひっ……ぼくたち、も……なにも……おぼえ、てないん……です……」


 声は高いが、聞く限りだと男の子だろうか。ショートヘアの子はたどたどしく俺に告げた。


「と、とにかく、ここから逃げよう。ここにいてはいけない気がする」

「どうやってよ? そこはあかないわよ」

「えーっと……」


 そう言われて周りを見渡すと、廊下のさらに奥のほうに、EXITと小さな看板が上部にある扉があって、その真横の壁に鍵束が掛かっているのが見える。

 おそらくあの中に鉄格子を開ける鍵が混ざっているはずだ。

 幽霊であろう自分が、果たして使用できるかわからないが、とにかくやってみよう。

 壁際まで移動して、鍵束に手を触れようとしてみる。またすり抜けたならどうしようもないが、やるだけやってみるつもりだった。俺の予想とは相反して、すんなりと触れて、取り上げることができた。


 とりあえずわかったことは、らしい。今後使うこともない幽霊の知識が増えてしまった。


 とにかく、急いであの子供たちを解放してやろう。


「おい、鍵を見つけたぞ。ここを開けられるかもしれない」

「ほんと!?」

「たすかったの……?」


 いくつかの鍵を使ってみた。

 10本目でようやく開いた。


「ふう、ようやくだ」

「おそいわよ!」


 そう言ってロングヘアの子が駆け寄ってくる。


「なかなかあけないから、ふあんになったじゃない!」

「そんなこといっちゃ……だめだよぉ……」


 そんな理不尽を言ってくるロングヘアを、ショートヘアが後ろで宥めてくれた。

 いいコンビだ。


「あの……あり、がとう……ほんとうに。……じぶんの、ことも……なにも……わからなく、て……こころ……ぼそくって」


 そう言いながらショートヘアがぼろぼろと泣き始める。

 それを見たロングヘアが俺をまた睨んだ。


「ちょっと! なにこいつなかせてんのよ!」


 そう言って俺に殴り掛かってきた!

 唐突過ぎて、避けられない。


 そうして彼女の拳が俺の身体をすり抜けていった。


「え!」

「ひい!」


 2人が短く悲鳴を上げた。

 ああ、ばれたか……。

 だが、話さないわけにもいかないな。

 俺は恐る恐るといった雰囲気で話し出す。


「俺、死んでるみたいなんだ」

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