Ⅱ.第5話 モスコミュール

<CAST>

水城蓮華:

桜木 優:

瑛太:

マスター:

ナレーション:


<台本>


   *バー『Something』


ナレーション:

 ハルキとアキ、そしてその仲間たちが帰った後だった。


蓮華:

「アキちゃんて前から『Something』にちょこちょこ来てたんだけど、優ちゃんも瑛太くんも知ってた?」


優:

「え、今日初めて見る子だなって思ったけど」


瑛太:

「俺も」


蓮華:

「でしょ? わからないでしょ? 前はすごいボーイッシュだったから。いつも黒い服でキメてエレキギター弾いて、『いかにもロッカーです!』みたいだったの」


瑛太:

「ああ、思い出した! 上から下まで黒一色でエレキ弾いてた子いたな! 男だと思ってたぜ。

カッコばっかりで、ギターそんなに上手くなかったような?」


蓮華:(ロックグラスをテーブルに置く)

「そうなの! ギター上手くないし、男の子だとばっかり、あたしも思ってたの。話したことなかったし。

アキちゃんから積極的にハルキくん誘ったらしいの。そして、いとも簡単に……!」


瑛太:

「いとも簡単にって……、彼女いんのに、ありえねぇな!」


蓮華:

「そうだよね!

それ以来、アキちゃん、あんなイメチェンしたらしいの。

ハルキくんとの関係を学校でも言いふらして、噂が広まっちゃって。

それで、あたしがいさぎよく身を引くことにしたの。


今後も演奏とかでここで出会っちゃうかも知れないから、ここはあたしが大人にならないとって思って、円満に別れてあげたら、ハルキくんたらホッとした顔しちゃって」


(大きく、どうしようもない溜め息をく)


優:(さとすように)

「……また蓮ちゃんから別れてあげたんだ?」


蓮華:(上目遣うわめづかいで)

「だって……」


優:(しみじみ感心する)

「蓮ちゃんて、人がいっていうか……男前おとこまえだよね」


蓮華:

「は?」


優:

「さっぱりした話しやすい蓮華先輩と、ボーイッシュな同級生。

多分、ハルキくんの好みは、男っぽい人だったんじゃないかな?」


蓮華:

「ちょっと、なんですって? 聞きてならないわね」


瑛太:

「ああ〜、そうか! 音楽やってるヤツの中には、たまに女の好みがよくわかんないヤツっているもんなぁ!」


蓮華:

「はい!?」


優:

「ボーイッシュな子が好みだったのに、その彼女があそこまでガラッとキャラ変わっちゃうと、……どうなんだろうね」


瑛太:

「だよな! 俺にはよくわかんないけどな!」


蓮華:

「……なんかもう、だんだんどうでもよくなってきたわ」


   *数週間後。バー『Something』


ナレーション:

 優の予想通り、ハルキとアキは別れた。

 アキはそのまま露出ろしゅつの多い服装を続けているが、ハルキには、別の少年のような服装のショートカットの女子が、常に隣にいるようだった。


 『Something』のカウンターで、蓮華が人事ひとごとのように、そんな報告をした。


蓮華:(コロッと話題を変える)

「ところで、優ちゃん、香月かげつゆかりさんて知ってる?」


優:

「ああ、ジャズ・ビオラの人だよね? ニューヨークのミュージシャンのアルバムにゲスト出演してから有名になったんだよね。

最近、動画配信とかテレビの音楽番組にも出てて、アレンジもサウンドもカッコいいよね!」


蓮華:

「ねーっ? 確か優ちゃんと同い年だから、あたしの二歳上なだけなんだけど、すごいよね! バイオリンより一回り大きいビオラでジャズって珍しいよね!


綺麗だし、めちゃめちゃうまいし、パワフルな曲もオシャレな曲も、バラードも弾きこなして、すっかり『し』になっちゃって、この間ね、友達とコンサート行ってきたの!」


ナレーション:

 蓮華も早速新しい方向に動き出したと知って、優はかなり安堵あんどした。


 なんだかんだ、蓮華が落ち込んでいるのは可哀想に思っていた。

 だからこそ、あまり深刻にならないよう、多少からかってはいた。


 はしゃぎながら話していた蓮華は、ジントニックを飲み干した。


優:(バーテンダー口調で)

「二杯目は、いかがなさいますか?」


蓮華:

「そうねぇ、何かおすすめがあれば」


優:

「では、ジンジャーエールを使った、さっぱりとした飲み口のモスコミュールはいかがでしょう?」


ナレーション:

 名前は見たことはあっても、まだ蓮華の飲んだことのないカクテルだった。


 ロンググラスにウォッカを注ぎ、ライムをしぼり入れ、ジンジャーエールで満たす。

 少しだけ混ぜてから、優はカウンターに置いた。


優:

「あいにく、銅製どうせいのマグカップはご用意出来ませんでしたが」


ナレーション:

 一口、喉に流し込んだ蓮華の表情が、ぱあっと華やいだ。


蓮華:

「辛口で、ライムの酸味が爽快感そうかいかんあっていいね!」


優:(いつもの口調に戻って)

「普段は、無難ぶなんにライムジュースの方を使うようにしてるけど、エスニック料理も好きな蓮ちゃんはライムも好きだと思って、生のライムを使ったんだ」


蓮華:

「えー、嬉しい! 香りも良くて美味しいよ! ありがとう!」


優:

「どういたしまして。

本来はジンジャービアーっていうのを使うんだけど、大抵たいていはジンジャーエールでね。それで、銅製のマグカップに入れる――っていうと、女性向けっていうより、どっちかっていうと男性向けな感じもするよね」


蓮華:(ご機嫌)

「ふうん。モスコミュールって変わった名前だね。なんかオシャレな響き」


優:(にっこり笑顔で)

「モスコミュールっていうのはモスクワのラバっていう意味で、ラバはロバとウマの雑種ざっしゅでね、『ラバの後ろ足でられたくらい強烈きょうれつなカクテル』ってことらしいよ」


ナレーション:

 聞いているうちに、蓮華の表情がけわしくなっていく。

 入れ替わりに、優の方は笑いをおさえ切れずに腹をかかえた。


優:

「あっはははは……!」


蓮華:

「もうっ! 今度ばかりは、いくら温和おんわなあたしでも怒るからねっ!」


蓮華:(カウンターテーブルをバンバン叩きながら)

「もう優ちゃんは退場! マスターと交代してよ!」


優:(肩を震わせながら笑いをこらえる)


蓮華:

「んもう!」


ナレーション:

 マスターの後ろでまだ肩を震わせている優をにらみながら、モスコミュールをガブッと飲む。


蓮華:

くやしいくらいに、美味しいわね」

(グラスを持ち上げてにらむように、中の酒をながめる)


マスター:

「蓮華ちゃん、ちょっとそれスプーンで味見させてもらってもいいか?」


蓮華:

「はい、どうぞ」


マスター:(スプーンですくって一口すする)

「なるほどな!」(笑う)


蓮華:

「?」


マスター:

「モスコミュールは友情のカクテルとも言われてるんだよ。

喧嘩けんかをしたらその日のうちに仲直りする』っていう、恋愛にも友情にもどっちにも受け取れるカクテル言葉がある。


だから、優は、これを蓮華ちゃんに選んだんじゃないか?」


優:(マスターの横からひょこっとのぞく。まだ笑いが止まらない)

「そうそう、友情のカクテルだって、僕も言いたかったんだよ」


蓮華:(眉間みけんしわを寄せている)

「むっ」


マスター:(からかうことなく、親心のような微笑みで)

「モスコミュールをこのむ女性も多いけど、蓮華ちゃんの飲んでるそのモスコミュールは、彼女たちには少々飲みにくく、とっつきにくい味になってると思う。

特に、酸味が苦手な人からしたら顔をしかめるだろう」


蓮華:

「そうなの?」


マスター:

「普段、店では出せないバランスだが、蓮華ちゃんが気に入るように、優が特別に考えたんだ。

ちなみに、こっちが、いつも店で出してるモスコミュールだ」


(*蓮華の前にタンブラーを置く)


マスター:

「安心しな。優のおごりってことにしておくから」


優:

「えっ!?」


蓮華:(にやっ)

「それなら遠慮えんりょなく」


(一口飲んでから、さらに続けて飲む)


蓮華:

「さっきのと比べると甘めで、飲みやすいのね。確かに、味はこっちの方が整ってるみたい。

美味しくてこれも好きだけど、あたしは、さっきくらいライムがいてる方が好きかも」


マスター:

「それだけ、優は蓮華ちゃんの好みをわかってるってことだ。

蓮華ちゃんが相手だと、カクテル作りの発想が広がるらしいよ」


優:(言い訳っぽく)

「たまたま好みを知ってたからですよ」


マスター:(ふっと笑ってから蓮華を見る)

「恋人っていうのはいつか別れが来るかも知れないが、友人は別だ。

少なくとも、優はそう思ってるんじゃないかな。

見守ってるんだよ、蓮華ちゃんのことを」


蓮華:(じろじろと優を見る)

「ふうん……。

……って、優ちゃん、今までそんなにたくさんの女の人と付き合ってきて、恋愛にお疲れ気味ぎみなの?」


優:

「フラれることが多くてね」


蓮華:

「多いんだ? ってことは、好かれることも多いんだね」


優:(ごまかすように)

「どうかな?」


(いかにも冗談ぽく軽く)

「まあ、末永すえながくよろしくお願いしますよ」


蓮華:(まだ眉間に多少の皺を寄せて)

「いいよ。マスターに免じて許してあげる」


(優のモスコミュールを口に含み、満足そうな笑顔になって小さく笑う)

「……ふふっ」


蓮華:

「ところで、優ちゃんて、あたしには、いつもひどいよね?」


優:

「そう? 蓮ちゃん見てると、いろいろ面白いから」


蓮華:

「ちょっとマスター! まだバーテンダーのしつけがなってないわよっ!」

(バンバン、カウンターを叩く)


優:(笑う)


マスター:(笑う)

「やれやれ」

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【声劇台本】『カクテルあらかると』シリーズ かがみ透 @kagami-toru

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