あなたの願い叶えます

桔梗 浬

不幸な女

「最悪…。」


 人生最悪の日とはこうゆうことを言うのかもしれない。

 誰もが羨む御曹司との結婚。薔薇色の人生が待っていると信じていた矢先、新しい事業の為と足りない資金を貸した直後に…、彼と連絡が取れなくなったのだ。


 婚約者が消えた。認めたくないけど騙されたのだ。

 消えてしまいたい…。本当にそう思った。騙されたことを誰にも言えない自分がいる。結婚式は来月なのに。


 全てを忘れたくて酒を浴びるほど飲んだ。でも気持ちはおさまらない。しかもそんなベロンベロンな私に声をかけてきた男どもも、な〜んだ。おばさんかよ。と言って逃げ出した。それほど私は女としての価値もない…と言うこと。


 見慣れた帰り道をとぼとぼ歩く。終電を過ぎているためタクシーに乗るお金も渋って歩いているのだ。もちろんどの店も閉まっていて、街灯の灯りもまばらだ。


「こんなところに本屋なんてあったっけ?」


 少し遠くに”本”と書かれた看板が1つだけあかりをともしていた。こんなところに本屋があったことさえ覚えていない。

 看板の光に誘われて本屋の前に辿り着くと、まだその本屋は開いていた。


「誰をターゲットにした本屋なの?こんな遅くに店を開けておいたって…馬鹿じゃないの?」


 私は悪態をつきながらも、店頭に並んでいる本を眺める。ベロベロに酔っているから本の文字もかすんでいる。

 どうやらニッチな本ばかりが並んでいるようだ。店内は薄暗く、客は誰もいない。


 私はなぜか興味が湧いてきた。店内に入ると一番奥に老人が店番をしている。最近の本屋は入り口に会計があるところが多いいのに、変な店構えだった。

 

 ふらつく足で本を物色していく。作者の名前ではなく本の内容で分類されているらしい。


 『裏切り』『悲恋』『ストーカー』『殺人』『自殺』…。


 これじゃ〜夜中にしか店を開けられないのも頷ける。今日はお酒の力で気持ちが大きくなっていた。だから変だな?と思ったけど『裏切り』というコーナーから1冊本を取ってみる。


 知らない作者が書いた物語。でも今の私の気持ちを代弁してくれるような共感できる哀れな女性の物語が続く。私よりどん底の主人公、少し気分が晴れる。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「あ、いえ。ちょっと珍しいな〜と思って。」

「そうでしょう。あちらには、もっとあなたの気分を高めてくれる小説もありますよ。」


 胡散臭いと思ったけれど、今の私はもっともっと不幸で暗くて悲しい物語に飢えていた。だから店主の言葉に乗っかった。


「あなた…。自分より不幸な物語が読みたいのですよね? 分かっていますよ。そうゆうお客様向けの書店なのですから。遠慮は要りません。気に入ったものがあればお買い上げを。」


 店主に案内された場所は天井まで本がぎっしり置かれた書棚だった。本のタイトルからして不幸な物語…。


 ごゆっくり。と言い店主は定位置に戻っていった。私は数ある本の端からタイトルを眺めていく。

 私と同じ名前の作者が書いた物語が目に止まった。なぜそれを選んだかわからない。でも私はその本を手に取った。


「桔梗 浬。何これ…?」


 そこには婚約者に騙され、心も身体もお金も全て奪われた女の話が刻まれていた。ベロベロに酔っ払いナンパ族からも無下にされる女。私のこと?

 ちょ、ちょっと待って。私はドキドキしながら半ばパニックに陥りそうなところを踏ん張って、本をめくる。子供の頃の初恋から婚約者との出会いまで、ストーリーが続いている。この後の展開は、そして最後は…。


 店の奥、店主は黙って読みかけの本に目を落とした。


* * *


「ねぇ〜これみて〜。」

「えっ?何それ、キモイんですけど。」

「この本開くとさ〜、変な声が聞こえるんだよね。センサーかなにかの仕掛けなのかな?」

「えー?そんなバカなw 気のせいなんじゃん? これ買ってくるから外で待ってってよ。ずーっと探してたんだよね。この写真集♪」

「おっけ〜。」


 少女は本を置く。


『助けてっ!ねぇ〜誰か!誰か助けて〜ぇぇぇぇっ。』




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あなたの願い叶えます 桔梗 浬 @hareruya0126

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