第4話 現実から逃れられない

 徐々に色づいていく眼前の景色。迫ってくる現実。その残酷な現実を認識し、再び胃が痛んでくる。俺の脳内に、ポコポコと穴が開いていく胃の姿が浮かんでくる。そのイメージのグロテスクさが、俺の胃痛に拍車をかける。こんな無駄な想像しなければよかった。俺は強く後悔した。無駄な想像だけでなく、これまでの俺の生き方に対しても。


 もう俺には現実に立ち向かう気力なんて残されていない。しかし、俺の脳は、目に映る景色を認識し、理解し始めた。


 目の前には、立派な杖を持った男がいた。このパーティのリーダ、ノアだ。俺の杖より長くて太い、たくましい杖をかざしながら、必死に回復呪文を唱え続ける。対象はもちろん、相変わらず蜘蛛にかじられ続けているロイゼだった。


 「ロイゼさん!もう少しだけ辛抱してくれ!」

 ノアは、治癒を続けながら励ましの声をかける。

 彼の姿を見て、ラウネ先生が言っていた、強くて頼られる大人という言葉を思い出す。きっと彼のような大人が、それに当てはまるのだろう。俺とは対照的だ。俺とノアの間にある相違点は山ほど挙げられるのに、類似点は全く思い浮かばない。根本的に不可能なのだ。俺が強くなって頼られるなんて。


 ノアの励ましを聞き取ったロイゼは、かろうじてこくこくと頷く。彼女は放心状態に陥っていた。先ほどまで上げられていた怒声、悲鳴が響き渡ることはなく、うつろな目で蜘蛛の巣に身をゆだねている。

 蜘蛛にかじられ続けてはいるが、身体的なダメージは無いようだった。おそらく、蜘蛛の継続ダメージより、ノアの魔法による回復量が上回っているのだろう。彼女がその身に受け続けているのは、精神的なダメージのみであるようだった。


 「周囲の地帯に特に脅威はなかっ…って、あれ?」

 片手に収まるような、それでいて切れ味が鋭そうな刀剣を持った男が颯爽と現れた。この四人からなるパーティの、ロイゼに次ぎ、二人目の騎士であるサニだ。

 軽装備に包まれている彼は、このパーティでは騎士役とともに、偵察役も引き受けていた。今日の蜘蛛駆除のクエストにおいても、我々三人が討伐し、彼が周囲を偵察する運びになっていた。


 偵察を終え、その報告のため戻ってきた彼は、その報告を途中で止め、言葉を失っていた。


 「だ、大丈夫ですか、ロイゼさん…」

 サニは顔をしかめながら、恐る恐るロイゼに小声でそう尋ねる。もちろん、その小声は放心状態の彼女には届かない。彼は顔を依然しかめながら、周囲を見渡し状況を把握する。

 はりつけになっている、うつろな目のロイゼ。その磔の土台となる蜘蛛の巣。彼女にかじりつく蜘蛛の集団。必死に回復呪文を唱えるノア。多量の涙を流しながらうずくまる俺。周囲には依然として穏やかとは言えない、そんな不穏な風が吹きこんでいた。


 軽やかに動き回って戻ってきたサニは状況を把握し、そしていつものように重いため息をついた。

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迷子の女の子があまりにも泣いていたので、追放された俺も辛くて一緒に泣いちゃいました @momomomom

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