第3話 頭を撫でられたい

 「ううっ…ラウネ先生…俺、また泣き虫ってバカにされた…そんなに泣いてるのお前ぐらいだぞって、みんなして言ってきて」

 俺は両手を使って、際限なく流れる涙を必死に拭っていた。

 

 「気にしなくていいんだよそんなの。まだ子どもなんだから」

 先生は、俺の頭を撫でながらそう言った。柔らかく、鼓膜をくすぐるような、そんな囁きに似た口調だ。


 「ううっ、俺、大人になったら泣かなくなるかなぁ…」

 「ええ、大丈夫よ。ラヴァ君は色んな魔法を使えるすごい子だから。きっと周りの人から頼られる、そんな強い魔道士になれるよ。泣いてる人を助けちゃうような、ね?」

 「ほんとに!?俺、強くなれる?泣かない大人になれる?」

 「なれるなれる!だから今のうちに思う存分泣いちゃおう?」

 

 俺は安心し、また泣き始めた。引き続き頭を撫でてもらいながら。

 「泣きたくなったらまたおいでね。頭撫でてあげるから」

 先生は優しく微笑みながら囁く。俺にはその言葉に甘える以外の選択肢がなかった。その後も、吸い寄せられるようにして先生の所へ通った。泣きながら。


 その結果こうなった。

 蜘蛛にパーティの仲間をかじらせている。その仲間が、俺を殺すと言っている。その横で俺は泣き続け、現実逃避をしている。


 あれ、俺、なれてないじゃん。強くて泣かない、みんなに頼られるような魔道士。先生はなれるって言ってたのに。ラウネ先生の言葉を信じて安心してたのに。どこだよ。みんなに頼られる魔道士は…また涙腺が緩んできた。


 幼少期の癖で、先生のところについ行きたくなる。

 今の俺を見たら先生はどう思うのだろう。あの頃は「子どもだから」と言って慰めてくれた。もう大人になった俺は許されないだろうな。図体だけ成長し、中身は何も変わってない。

 今でも本気で甘えたいし、頭も撫でられたい。囁くように「大丈夫だよ」と慰められたい。しかももうそれは叶わぬ望みなのだ。甘えすぎたんだ、俺は。取り返しがつかないほどに。


 ラウネ先生にはもう甘えられない。もう匿ってくれるような逃避場所は俺にはないんだ。


 薄々勘づいていた事実を強く認識せざるを得なかった。とても辛くて悲しい、絶望的な事実だ。俺に逃げ場はない。

 耳からロイゼの枯れ果てた叫び声が入ってくる。先程とは異なり、心に届いてくる。身体が震え、ほんのりと胃が痛んできた。


 まずい。“現実”が迫ってきた…あんなに逃げたはずなのに…


 シャットダウンをして真っ白だった視界が、徐々に鮮やかになってきた。

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