第2話 悪癖

 堪えきれなかった。俺はまたやらかした。仲間を蜘蛛の餌食にしてしまった。ずっとこんな結果だ。この前いたパーティでも。その前も。

 涙が止まらない。なんなんだ俺の存在意義って…


 「うぐぐっ…もうっ!…なあ、お前のせいでずっと痛いんだけど。なぁ!」

 ロイゼはもがき、鬼の形相でこちらを睨む。身体の至る所を蜘蛛にかじられながら。確かに痛そうだ。かなり。


 「ううっ、ごめんっロイゼさん…!うううっ…!」

 声と杖を震わしながら俺は謝った。俺のせいで、容姿端麗だが口の悪い女の子が蜘蛛にかじられてしまっている。申し訳なさすぎる。


 謝りながら、俺は激しく動揺していた。これは初めてのミスではない。しかし、この申し訳なさと不甲斐なさ、そして焦りには一切慣れることができない。それらが原因で、心臓と脳が皮膚の内側で暴れまくっている。ダメだ。こんな調子じゃまた…!


 風向きが180度回転した。今度は風景が>の字に歪む。風上にいる多くの蜘蛛達が落ち葉や雑草と共に流される。流れる先は、ロイゼが張り付けられたままの悲惨な蜘蛛の巣。複数の蜘蛛が、またしてもそこに叩きつけられる。


 木々のざわめきと共に悲鳴があがる。

 「もういやあ!!何なのこいつ!蜘蛛より先にこの蜘蛛のスパイ殺してよ!」

 ロイゼが枯れかけた声で叫ぶ。彼女の瞳には、俺に対する殺意とうっすらとした涙が浮かんでいる。涙より殺意の方が量的に多いようだ。その瞳と目が合い、頭の中でブツッと音がした。


 こりゃだめだ。脳の回転が止まった。涙も止まった。頭の中は真っ白で、なんの感情も現れない。俺の魂は無事にどこかへ行った。魂はうまく身体から抜け出し、現実からの逃避に成功したようだ。一安心だ。


 先ほどまであんなに辛かったのに、今は何ともない。ハチの巣になるかと思うほど激しかった胃痛も治まっている。耳から、ロイゼの叫び声がかすかに聞こえる。しかし、その声は現実から逃げた俺の心には届かず、身体も震わせない。シラフで聞いていたら、また胃痛と涙腺の崩壊が引き起こされていたはずだ。


 苦痛から逃れる術として、俺は現実逃避を乱用し、これに依存している。あまりの中毒性と、その効き目の良さに魅了されてしまい、この行為を手放すことはできなくなった。


 俺の悪い癖だ。泣き癖と現実逃避癖。物心がつくと同時にこの癖は身についていたような気がする。俺がポンコツだからこんな癖がついてしまったのか。それともこんな癖があるが故に無能なのか。どちらかは分からない。まぁ、どちらであっても大して変わらないだろう。


 現実逃避をしながら思い出にふける。これも癖になっている。幼いころもこんな感じだった。今の俺みたいに震えて、失敗して。それで泣いて、また失敗して、最後には現実逃避。


 泣きじゃくっていた八歳ぐらいの頃、担任の若い女の先生と交わした会話の記憶が蘇る。先生はいつも優しくて綺麗で、しかも頭を撫でてくれた。俺はそんな先生が大好きだった。

 

 「あらあらどうしたのナヴァ君。またそんなに泣いちゃって…つらいことでもあった?」

 先生はそう言いながら俺の頭を撫でていた。

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