第1話 スパイ

 穏やかな風が流れる鬱蒼とした森の中、数多もの蜘蛛が目の前で蠢きあっている。全身が薄い毛で覆われており、足は針のように鋭い。蜘蛛たちは地面、木々に張り巡らされた白い網、それらをはじめとした至る所を高速で動き回っている。


 その速さに見合わず、こいつらは無駄に大きい。嫌になるほど大きい。身体に比例して目玉も巨大だ。その何対もの目玉はずっと俺を睨んでいる。


 そいつらを前に、俺は貧弱な杖を持って立ちすくんでいる。蜘蛛の足よりも貧弱な杖だ。つば迫り合いになったら恐らくポキッと折られ、そのまま刺し殺されるだろう。そんな想像をしていたら俺は泣きそうになってきた。


 「おい!」

 前方で大剣を振り回している女が怒鳴った。彼女、ロイゼは蜘蛛を一刀両断しながら、残った蜘蛛と一緒にこちらを睨む。鋭い視線に俺はさらに泣きそうになる。

 「剣じゃ届かねえんだよ!突っ立ってないでこの蜘蛛の巣何とかしろ!」

 彼女は、頭上の蜘蛛の巣の表面を動き回る蜘蛛を剣で指しながら、怒号を発する。


 「ナヴァくん!その蜘蛛の巣を燃やしてくれ!」

 声を発したのはこのパーティのヒーラーであり、リーダーであるノアだ。ノアは整った顔立ちで、小ぶりな唇から冷静に、それでいて的確に指示を出す。


 ノアの声が響き渡ってから、心なしか、ロイゼの鋭かった目つきが穏やかになっている。頬もちょびっとだけ赤くなっている。不快だ。訳は分からぬが何となく。俺を睨んでいるときの頬は一切赤くなかったのに。


 その容姿端麗なノアに指示を出されたのは魔道士であり、先ほどから杖を持って震えているこの俺、ナヴァだ。蜘蛛の足より見劣りするこの杖を握りながら、俺はリーダーであるノアに何度もコクコクと頷く。


 涙を堪え、魔道士である俺は必死の思いで呪文を唱える。


 「ふ、ふれいむ!!」

 蜘蛛の巣を中心として空気が震える。鬱蒼とした木々の葉が揺れ、同心円状の蜘蛛の巣が歪む。


 炎に似つかわしい、真っ赤な色が視界に映ることは

 突如右方から吹き込んだ突風により、眼前の景色はすべての字に歪む。 


 たくさんの蜘蛛が風に流され、そばの蜘蛛の巣に叩きつけられる。


 同様に、大剣を振り回していたロイゼも蜘蛛の巣に叩きつけられる。


 ロイゼはあられもない姿で蜘蛛の巣に張り付けられる。近くの蜘蛛は絶好の餌食と認識し、彼女に近寄る。

 「おい!お前だろこの風!てめえ蜘蛛のスパイだろ!?燃やせって言ったよなぁ!?おいてめえ!」

 ロイゼが怒鳴りながら蜘蛛の巣に縛られた手足を激しく動かす。彼女は蜘蛛に囲まれ、ちびちびとかじられ始めた。


 あっ、またやらかした。しかも初めてじゃない。もう二桁回目だ。


 「い、いやわざとじゃないんだ…またこんなことに…!ぐすっ!うわ゛あああっ!」

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