プロローグ(3):片思い

 声をかけてきた旅人は、少女のみに目を向けていた。少女の横で泣き叫ぶ男には背しか向けない。その姿勢は徹底されていた。いくら男が泣き叫ぼうと、そちらには見向きもしない。その姿勢を察知したのか、男はさらに激しく泣き叫ぶ。旅人の、少女に向けて繕った穏やかな笑顔が、余裕のない苦笑いへと変貌していく。


 「お、お嬢ちゃん大丈夫!?迷子になっちゃったかな!?」

 隣から発せられる爆音に負けじと、旅人がセリフに似つかわしくない声量で少女に声をかける。傍から見るともはや恐喝だった。


 少女は必死に声をかけてくる旅人に目を向けた。真珠がこびりついている瞳で、旅人の目、顔、そしてつま先から帽子まで、じいっと見ていた。そしてぷいっと目を背けた。何事もなかったかのように、少女は再びかわいらしく泣き始める。旅人に背を向けながら。


 「あ、あのお嬢ちゃん、怖がらなくてもだいじょ」

 「う゛わ゛あ゛あああ!!!」

 男は、旅人の言葉をすべて叩き潰していた。心細さがピークに達してしまったからか、無視してきた旅人への復讐か。理由ははっきりとはしないが、その大声に旅人は言葉を失った。


 男は、少女とは対照的に、旅人にしっかりと目を向けていた。腐った魚の目を、精一杯新鮮であるとアピールするかのように、目を見開いていた。しかし、一度腐ったものが新鮮になるはずもなく、濁流が似合う瞳のアピールに効果はなかった。旅人の顔には、この上ない苦笑いが浮かんでいる。


 「おねがい゛!!面倒みて゛!!!」

 男は唐突に、旅人に向かってそう乞うた。効果があると信じたまま目を見開き、並外れて必死な形相と声量で乞うていた。


 旅人は、男の発言の内容を噛み砕くためか、少しの時間黙ったまま考えていた。そして、男の目をしっかりと見てこう言った。


 「ごめんなさいね。僕じゃ面倒みられない。精神科医じゃないから。この通りまっすぐ行って右手に良いお医者さんいるから。行くといいですよ」

 淡々と言い終えたあと、旅人はそそくさと二人から離れた。


 黙って聞いていた男は無言だった。少女は隣で背を向けたまま肩を揺らしていた。


 病人扱いされたからか、見捨てられたと思ったのか、男は以前にも増して泣き始めた。少女も一緒に泣き続けた。通りは相変わらず歪な合唱で満ちている。人々も、親切な旅人の惨状を見て、誰も近寄ろうとしなかった。


 間もなく冬であると告げるような、そんな涼しい風が大通りを吹き抜け、少女の銀髪を揺らし、男を避けるようにして流れる。


 散歩日和のこの町の平穏を乱す、この泣き続ける異分子が発生したのは数時間前のことだった。

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