プロローグ(2):異分子

 「う゛わ゛ん゛!ううううううう゛っ!ん゛ん゛う゛あ゛あ゛ああっ゛!」


 相変わらず少女を声量で叩き潰しているバス担当の男は、その少女の隣に佇んでいた。少女に向かって左側、排水溝の金網の上で必死に空気を震わせていた。その少女が居なければ、きっと排水溝の金網の上になんて誰も腰を下ろさないだろう。それほどに汚れている金網だ。だからこそ、その男からは不審な雰囲気が最大限に醸し出されていた。


 麗しい少女の銀髪とは対照的に、その男の髪は荒れ果てていた。過酷な仕事を行っていたのか、それとも拷問を受けていたのか。それほどにボサボサだ。しかし、男の身なりを見る限り職に就いている雰囲気は無く、同時に他者を脅かす秘密も得られそうにもなかった。通りの人々は困惑していた。そして奇妙な生き物に関する推測を諦め、目を逸らしていた。誰の目からしても、不可解で残念な様相だった。


 一方で、荒れ果てた髪を備えた頭部の前面には人間が備えるべきパーツがあるべき場所に存在していた。一見すると涼しげで、一部には人気がありそうな容貌をしている。しかしその印象は時間の経過とともに失われていく。それらのパーツは尋常ではない負のオーラを放っているのだ。主にその原因は瞳だった。月並みに言えば死んだ魚の瞳。この世を恨み、視界に入った者の石化を企んでいるような瞳。


 その瞳からは、真珠のような涙を流す少女と同じく、大量の涙が垂れ流されていた。しかし、男のそれは真珠ではなかった。雨がよく降った日の川。死んだ魚の目から垂れ流される液体としてはこの上ない、そんな濁った涙だ。おそらく、男の下を流れる排水溝にもその涙と似たようなものが流れているのだろう。そんな濁流のせいで男の顔はぐちゃぐちゃになっていた。


 そして濁流の下流にある、大きく開かれた口。けたたましい大音量のバスの音源はそこだった。男は必死に、全力で泣いていた。


 相変わらず、その通りはバスの爆音と気持ち程度のソプラノに包まれ、人々の足は石化していた。


 「ど、どうしたんだい、お嬢ちゃん」


 とうとう一人の旅人らしき男が二人に向かって、否、主に少女のほうに向かって近づき、そして声をかけた。ぎこちなく。


 


  

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