迷子の女の子があまりにも泣いていたので、追放された俺も辛くて一緒に泣いちゃいました

@momomomom

プロローグ(1):共鳴

 「うううっ…ううううぅぅっ…わぁぁぁぁぁぁぁぁん…」

 か細く可愛らしい、思わず手を差し伸べたくなるような悲哀を誘う泣き声。


 「う゛わ゛あ゛あああああ゛ん゛!う゛う゛う゛うううううう゛っ!う゛あ゛あ゛ああっ゛!」

 図太く恐ろしい、思わず逃げ出したくなる身の危険を感じさせる泣き声。


 そのふたつが大通りの道端で混じりあっていた。一聞すると、バスとソプラノのように。しかしそのバランスは明確に狂っていた。圧倒的なバスの図太さがソプラノを叩き潰している。合唱に不可欠な協調性はそこには見当たらない。ソプラノのみならば、独唱として認められてもおかしくはなかっただろう。戦犯は明らかにバスだった。バスが徹底的に合唱を壊し、その場の空気に悪質な違和を与え続けている。


 そんな異様な空気の振動に襲われた通行人たちは一様に立ち止まっていた。何事かと辺りを見回す者や、心配そうな顔をしている者。悪質な音源の正体を知ったのか、大きく顔を歪める者。あらゆる人種、あらゆる性別、老若男女全てが、耳から異変を感じ取り、その足を動かせなくなっていた。


 人々の視線の先、その道端にはふたつの人影が座り込んでいた。


 片方はポストの脚元でうずくまっていた。汚れひとつない真っすぐな銀髪。少女はそれを揺らしながら、上品に泣いていた。一見して迷子であると分かるような、そんな世間の常識に訴えかけるような姿だ。


 延々と真珠のような水滴を垂れ流す瞳は、まるで沼のようだった。美しく、幻想的な印象を抱かせる、深い色をした沼。いかなる賢者でも底を見通せないようなそんな沼だ。

 彼女はその瞳を手の甲で執拗にこする。両手を絶え間なく動かし、真珠を手の甲に擦り付ける。


 瞳のほんの少し下には、ぷっくりとして真っ白な、それでいて紅潮しているほっぺたがあった。彼女はそのほっぺたを、真珠を擦るための腕で見え隠れさせる。それをぷにっと人差し指で突きたがっている周囲の人々を焦らすかのように。


 その更に下方。彼女は小ぶりな口を大きく開けて、そしてそこから可愛らしいソプラノの泣き声を発していた。その口の中では、いたずらな雰囲気をもたらす八重歯をのぞかせていた。いたずらな八重歯と悲哀を誘う泣き声とのギャップに、やはり人々は釘付けになっていた。しかし彼女はまたしても、彼らを焦らすかのように、その八重歯さえも見え隠れさせる。


 あざとすぎると言っていいほどに、この上なく完璧に、彼女は周囲の人々を惹きつけていた。そしてその狙い通り、人々の足と視線は硬直していた。


 彼女の振る舞い欠点がひとつもなかった。犯罪者であろうと、オークであろうと、魔女であろうと、いかなる生物でもその姿に憐憫を覚え、ほっぺたをつつき、「どうしたんだい、お嬢ちゃん」と声をかけてしまう。そんな計算されつくしたかのような、欠点のない完璧な振舞いだった。


 隣から圧倒的声量で少女を叩き潰しているバス担当の男を除いて。

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