最終話 落とし物係の仕事

 深夜の診療所。

 未だに意識が戻らないクリストフの部屋に忍び込む影があった。

 その影は腰に携えた剣を抜くと、それをクリストフへと向ける――そして、


 ドスッ!


 鈍い音を立てながら、剣はクリストフごとベッドを貫いた。

 ――だが、次の瞬間、


「そこまでにしてもらいましょうか」


 誰もいないはずの部屋から響く声。

 声のした方へ影が視線を向けると、そこには発光石の埋め込まれたランプを手にしているブラント、サンドラ、エルケの三人が立っていた。影は剣を抜いて逃げようとするが――突き刺さった剣は思うように抜けない。


「無駄ですよ。ベッドの中に細工をさせてもらいました」

「っ!?」


 正体不明の声から知らされる情報を耳にして、影は慌ててシーツを引きはがす。

 すると、そこにクリストフの姿はなかった。

 

「初歩のトラップ魔法ですが、追い詰められたあなたに見破ることはできなかったようですね――ダグラス・グローブル分団長」


 ブラントが影の正体を口にした瞬間、診療所内の明かりが一斉に灯る。さらに、各部屋に身を隠していた騎士たちが一斉に押し寄せてきた。


 彼は決定的な現場を目撃する。

 グローブル分団長が、部下であるクリストフを葬ろうとした現場を。


「こ、これは……どういうことだ!?」

「罠を用意させてもらったんですよ。クリストフは別室に移動させています。――あなたとメルツァード商会の企みを表沙汰とするために」

「っ!?」


 ブラントが商会の名前を出した途端、グローブルの表情が変わる。

 動揺から絶望へ。

 自分とは縁もゆかりもないと装っていた商会との名前が出たということは、有力な証拠があるのだろうと直感したのだ。そもそも、これだけ多くの騎士に現場を目的されたとあっては、どう足掻いても言い逃れなどできないのだが。


「あなたはメルツァード商会から多額の報酬を受けると代わりに、商会にとって不利な不正取引に関する法案改正を提案しようとする大臣の暗殺を依頼されたんですね?」

「な、なぜ……」

「あなたの片棒を担いでいたキースがすべてを自供しました。その結果、商会の隠れ家も発見され、そこにいたあなたの依頼主たちの身柄もすでに拘束しています」

「……すべて手遅れだったというわけか」


 グローブルはその場へ崩れ落ち、一切の抵抗を見せることなく騎士団によって捕らえられた。

 何事もなく終わって安堵しているブラントたちのもとへ、


「よくやってくれたな、ブラント」


 アイゼンバーグがやってくる。


「まさかあのグローブルが黒幕だったとは……」

「でも、これで問題なく大臣の掲げる法案は通るでしょうし、健全な商売ができるようになるはずです」

「そうだな。――さて、今回の件に関してだが、場所を変えて改めてじっくりと話をしようじゃないか」


 ブラントは「来たな」と内心思っていた。

 アイゼンバーグが何を話そうとしているか、そしてそれに対する自分の答え――それはもうすでに決まりきっていた。


 ――だから、


「アイゼンバーグ副団長……俺はもうしばらく遺失物管理所に残ろうと思っています」

「ほぉ……正式に騎士団へ戻そうと思っていたのだが……それでいいのか?」

「悔いはありません。俺はまだまだここで学ばないといけない――そう強く感じましたから」

「そうか。――いや、うん。それでいいんだ。これからも頑張ってくれ」

「はい」


 そのやりとりを終えると、アイゼンバーグは事後処理があるからとその場を去っていった。

 代わりに、サンドラとエルケのふたりがやってくる。


「ほ、本当によかったの?」

「騎士団に戻れるチャンスだったのに……」

「いいんだよ。さっきも言ったじゃないか。――まだまだ学ばなければならないことがあるって」


 ブラントはこれまでにない最高の笑顔で、ふたりにそう告げるのだった。



  ◇◇◇


 

 それから数日後。

 幸いにも意識を取り戻したクリストフに、事件の謎を解いたブラントがこれまでの経緯を説明する。

 クリストフは動揺していたものの、恐れていた最悪のシナリオは回避できたという事実に安堵しているようだった。

 そのクリストフは、ブラントたちも招いて例の人形を持ち、魔女が住むという森へ向かう。


「まさか……魔女のいる森へ入ることになるとは」

「安心してください、ブラントさん。――魔女はいますけど、いい子ですから」

「えっ?」


 動揺するブラントたちを尻目に、慣れた足取りでさらに奥へと進んでいくクリストフ。

 やがて、視界の先に小屋が見えてきた。


「小屋があったなんて……報告書にはなかったはずだが……」

「グローブル分団長が隠蔽したんです。――あの子の力を悪用するために」

「あの子?」


 ブラントが視線を小屋に向けると、小さな扉が開いてそこから女の子が出てくる。年齢は五、六歳くらいだろうか。長い紫色の髪をした、可愛らしい子だった。


「彼女の名前はアルナといって、この小屋で生活をしています」

 

 クリストフからアルナと呼ばれた女の子は、ブラントたちを怖がって彼の足にしがみつくとそのまま隠れてしまう。かなりの人見知りらしいが、それには理由があった。


「彼女は生まれながらにして強力な魔力を持ち、独学でほとんどの属性の魔法を扱えるようにあった天才なんです」

「ほとんどの属性を? それは凄いな……」


 過去に存在しないわけではないが、この年齢でそれをやってのけるだけの実力者は聞いたことがなかった。

 同時に、なぜグローブルが彼女の存在を隠蔽したのか――その理由がハッキリとは分かった。

 

「彼女の魔法を使って、大臣暗殺を企てていたのか」

「はい。……俺は分団長とキースがその話をしている場所に偶然遭遇してしまい、なんとか彼女を助けようと思って教会に行きました」

「保護してもらおうとしたんだな」

「えぇ。でも、その前に殺されかけてしまって……」


 辛い過去を思い出し、思わず口をつぐんだクリストフ。そんな彼を心配し、ズボンの裾を引っ張りながら、アルナは何かを訴えていた。


「大丈夫だよ、アルナ」


 クリストフはアルナの頭を優しく撫でると、持ってきたウサギのぬいぐるみを手渡した。


「これを君に渡したかったんだ」

「あ、ありがとう……」


 小さな声でお礼を言うアルナ。

 それから、クリストフは正式に教会でアルナを引き取ってもらえるよう手続きを進めるという。

 こうして、ウサギのぬいぐるみ発見から始まった事件は無事にすべて解決という結果を迎えたのだった。



  ◇◇◇



 遺失物管理所に戻ってきて早々に、ブラントは所長であるシモンズから呼び出しをくらう。


「今回はお疲れ様。それにしても、まさか部隊への復帰を断るとは思っていなかったよ」

「まだまだここで学びたいですから」

「あるかなぁ、学ぶこと」

「ありますよ」


 笑いながら会話するふたり。

 そこへ、エルゲが慌てた様子でやってくる。


「所長、スピルゼン渓谷近くにある村を襲っていた盗賊団が全員捕えられ、王都に搬送されているとのことです」

「はいはい。その村へ行って落とし物を調べてこいって案件ね」

「仕事ですよ! 張りきっていきましょう!」

「元気だなぁ、サンドラは」


 まだまだ遺失物管理所の仕事は終わらない。

 これからも、彼らは国のために落とし物の管理に全力を注いでいくだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

騎士団の落とし物係 鈴木竜一 @ddd777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ