第10話
ひょんな事から巻き込まれてしまった珠磨きの作業も、日々精進して続けることで終わりが見えてきた。なんとか納期ギリギリに納入可能の見通しが立ち、アイリーンさんはへにゃへにゃと作業机に突っ伏した。
時刻は既に深夜一時を回っている。安心感からというよりも、単純に疲労から力尽きたのかも知れない。
「コーヒーでも淹れましょうか?」
アイリーンさんが戦闘不能となってしまったので、私は作業の休憩を提案した。
「はーい! ウチはカプチーノ! 砂糖の代わりに蜂蜜たっぷりで!」
「ブルーマウンテン。煮出し濃い目、ブラック」
「この工房にそんな豊富なレパートリーが無いんですが…。どうしてもというなら朝まで待って頂きますが?」
「ちぇー…!」
「むう…仕方ない…普通のブラックで…」
無い物ねだりの二人を黙らせ、私は作業机から立ち上がり、給湯室へ向かう。インスタントコーヒーで4人分のコーヒーを淹れた。砂糖とミルクはセルフでお願いしよう。
フリーライターとして、部屋で記事を書いていると、他人にコーヒーを淹れるなんてことがない。
もちろん、他人と接点が無くなるという意味ではない。コーヒーを共に味わう事のできる友人がいない、という意味だ。
休みも収入も不定で、取材出張ばかり。友人の誘いも断ることが多くなり、やがて誰にも誘われなくなった。
机に向かい、ひたすら文字を綴るか、コーヒーを飲んでいるか、それだけの生活になってしまった。記事を書き、気づけば夕刻だったなんてことはざらだった。
取材をしているときは、新たな知識を求めて飢えた狼のようにネタを探し回るが、それ以外は、部屋に篭って孤独に生きる。私はそんな生活を送っている。
だから、臨時工員として珠を磨いている今が楽しい。もちろん、作業はとても大変だが。
淹れたコーヒーを作業中のヨヨさんとスーさんに渡すと、二人は礼を言って受け取ってくれた。
アイリーンさんも意識を取り戻し、眠気覚ましにと渡したコーヒーを、顔を赤くして受け取ってくれる。
暖かい。
目的を同じくする者達と、僅かな休息時間に、共に杯を傾ける。ただそれだけのことなのに、私の心はじんわりと熱くなった。
「ところでさ、デモン山さんって結婚してるの?」
「ぶふッ!?」
コーヒーを吹き出したのは、私ではなく何故かアイリーンさんだった。
「よ、ヨヨさん! そんな踏み込んだことを急に尋ねたらデモン山さんに失礼では!?」
「えー? でもアイリも気になってるよね? 気にならない?」
「気に――気――…い、いえ! 仕事中ですから! いや、でも…」
「で、結婚してるの? デモン山さん?」
アイリーンさんが何か強い葛藤に眉を歪めている間に、ヨヨさん悪戯な笑みを浮かべて訊いてくる。
「いえ、残念ながら、そういった縁に恵まれず、独身ですね」
ゴブリンの若者を憂いている場合ではない。私自身も、部屋に篭りっきりの生活で、他人との接点は少なく、ましてや女性と親しくなることなど皆無だった。
「へぇ? デモン山さん、フリーなんだ? ちょっと予想が外れちゃったな…」
予想が外れたというと、私が既婚者に見えたのだろうか。
「だってさ! アイリ!」
「な、ちょ!? も、もう休憩は終わりですーっ! 間に合う見通しができたとしても油断は禁物ですから! さあ、作業に戻ってください! ほらほら!」
「えぇー!? そんなー!」
「ヨヨ、あんたがアイリーンを弄るからだ」
そうは言うものの、スーさんはニヤニヤと笑っている。ヨヨさんも笑っていた。
親しい者同士の冗談めいたやり取りということか。彼女達の絆が見えた気がして、私も頬が緩んだ。
「で、デモン山さんは、今夜はもう上がっていただいていいですからね…。定時はとっくに過ぎてますし…」
「何を言うんですか。後少しなんです。最後までお手伝いします」
「あ……う…。そ、そうですか…その…あ、ありがとうございます…。で、でも、無理なさらないで下さいね」
「はい」
アイリーンさんから気遣い頂き、気力も回復したところで、私も作業に戻った。
※
それから大きなトラブルもなく、我々はなんとか全てのウォルフメタル球の製作を終え、その全てを建設現場へと運び出した。
大型ドラゴンの速達便の群れを見送って、休む間もなく我々も、直ぐに黒竜でドドンガド市へ向け出発する。
珠磨きの次なる工程、ダムガーンに、この珠を仕込む工程を行うためだ。
珠は我々が何時間もかけて研磨し、そのサイズを微調整している。定められた珠を順序通りにダムガーンデザインの超規格外板金鎧へ挿入しなければ、ゴーレム全体のバランスが崩れてしまい、最悪倒壊招くことになる。
故に、最後の仕込み工程も、アイリーンさん達の手が必要になるのだ。
私が黒竜の手綱を操る中、後部座席では回転床屋のミーティングが行われていた。
「では現場では総指揮に入りますので、魔力炉からの魔力供給と、ゴーレム化の魔法補助はヨヨさんに」
「あいよ~!」
「フルプレートアーマーの組み立てに合わせての珠の挿入は、スーさんにお願いします」
「任された」
「時間が作れたら、私も手伝いますので…」
「馬鹿言うな。こちとら疲れ知らずのエルダースライム。STRの基礎値は800を超えてる。巨人族をお手玉に出来るんだ。心配は不要」
「で、でも…」
「それより、重要なのはゴーレム化の工程。像ができたら、迅速にゴーレム化してもらわないと、バランスを崩して全部おじゃんだ。わかってる?」
「わかっています」
「なら、マイスターの手腕に期待する」
アイリーンさんに向けて大変素っ気なく言うスーさんだったが、ここまで共に働いてきた私には分かる。それは、彼女からの激励の言葉だった。
スーさんからの思わぬエールに、グッとくる物を堪えるアイリーンさんは、何とか耐えきり、最後に私に声をかけた。
「デモン山さん、ここまでお手伝い頂き、本当にありがとうございました。お陰で間に合いました」
「まだ完成していないですよ。少し気が早いです」
「でも、ここからは、デモン山さんは記者のお仕事がありますから…」
私は多くのニュースメディアがそうであるように、完成を待つ報道陣に混じって取材を行う予定になっていた。
到着したならば、直ぐに記者クラブへ挨拶に向かわなくてはならない。
「では、こうしましょう」
「は、はい…?」
「回転床屋の依頼達成の打ち上げ会に、是非私も誘って下さい」
「え…え…?」
「なるほど! それいいね! ブラック企業か? ってくらい働かされたもん! 部下を労う会があっても、いいよね~」
「当然の権利」
お祭りが好きそうなヨヨさんはもちろん、スーさんも、私の提案に乗ってくれた。
「その時に改めて、依頼達成を祝わせてください。如何でしょう?」
「デモン山さん…。わかりました。その時に!」
彼方にドドンガド市の綺羅びやかな摩天楼が見えてきた。
いよいよ、ダムガーン像建造の最終工程が始まる。
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