第11話

「よし、上げるぞー!」

「オーライ! オーライ! もっと寄せろー! はい! 止め!」

「外装の固定始め!」


 報道陣向けに解放された建設現場の一角から、私は最終工程の様子を見ていた。

 ハイマナパワードライバーを手にしたガーゴイル族の工員達が、立ち上がったダムガーン像の右足を、極太のネジで固定していく。


「固定確認!」

「固定よし!」

「確認よし! ボールジョイント挿入!」

「挿入始め!」


 のっそりと、巨大なスライムが立ち上がり、私達が1ヶ月間磨いてサイズを調整したタングステン珠の1つを持ち上げた。スーさんだ。あれが彼女本来のサイズなのだろう。

 スーさんは、ゆっくりゆっくりと、組み上げた右足パーツの中に自ら作ったウォルフメタル珠を挿入していく。


 ゴウン…。

 そう重い音が響き渡った。


「挿入確認!」

「挿入よし!」

「確認よし! 次の珠、どうぞー!」


 アイリーンさんは声を張り上げ、確認を欠かさず、工員達に的確な指示を飛ばしながら、慎重に作業を進めている。

 それもそのはずだ。ダムガーン像のどのパーツであろうと、一つ一つが上級種族ですら容易に押し潰せるだけの重量を持っている。

 些細なミスであろうと、命の危険を及ぼす現場なのだ。

 しかし、アイリーンさんやスーさんを始め、工員の誰もが、恐怖など感じていないかのように、苛烈に、しかし精緻に、作業を遂行していった。


「挿入確認!」

「挿入よし! 右足、挿入完了です!」

「確認よし! では次、左足に移ります! 板金組立班、お願いします!」

「おっしゃ、行くぞー!」


 右足、左足、胴体と、作業が進んでいく。

 問題は両腕だった。

 ゴーレム化させる前にウォルフメタル球を挿入する関係上、ここにはウォルフメタル球の重さがダイレクトにかかる。

 ゴーレム化が完了するまでの間、誰かが腕を支え続けなければならない。

 最初は、2名の巨人族が腕を支え持つ予定だった。

 しかし、トラブルが起きた。


「うぎゃあッ! やっちまったぁ!」


 巨大な体躯を誇る巨人族の男が、突如膝を落とした。


「どうした!?」

「こ、腰がぁ…ッ!」

「こんな時にギックリ腰かよ!」


 腕を支え持とうとした巨人族の一人が、苦悶の表情を浮かべ、腰に手を当てたまま、地鳴りのようなうめき声を上げている。


「作業中止! 医療班、お願いします!」


 一旦作業が止まり、医療班が巨人族の介抱に入った。


「容態はどうですか…?」

「作業への復帰は無理ですね…。数日間は安静です」

「ほんとうに、すまねぇ…!」

 

 痛みでそれどころではないはずなのに、巨人族の工員は涙を浮かべて謝罪している。

 アイリーンさんは首を振った。


「大丈夫です。とにかく、彼を安静できる場所へ移送しましょう」

「代わりの工員を手配しますか?」

「巨人族の工員の方を今から手配するのは…」


 巨人族はその巨体から建築業界で大変な需要があり、常に人手不足だ。今からの手配では、とても人員を確保できないだろう。


「仕方ないね。腕を支えるだけだったら、私がやるよ」

「スーちゃん、大丈夫ですか?」

「うん。それに、この状態で人員確保ができるまで作業を中断するほうがまずい。像の倒壊の危険がある」

「それは、そうですが…」

「だから代わりに、珠を押し込む役を別の奴に任せる」


 スライムの巨体が、彼女のコアが、記者席の私を“見た”。


「知り合いのに頼もう。隠してるつもりかもしれないけど、たぶんあいつ、私の次にSTR高いよ」


 どうやら私の能力ステータスはしっかり見抜かれているようだ。

 流石はエルダースライムといったところか。私は観念し、記者席から立ち上がり、ネクタイを解く。

 上着の腕部にピンでつけた記者章を上着ごと投げ捨て、安物のシャツを破って翼を広げる。

 近くの工員をからヘルメットを借りた私は、飛び上がって現場へと突入した。


「で、デモン山さん…!?」


 目を丸くしているアイリーンさんに軽く頭を下げてから、私はスーさんに向き直った。


「しかし、よく私の種族が分かりましたね。仕事柄、分からないようにしているんですが」

「珠磨きの動きを見てれば分かる」


 流石はベテラン職人だった。


「私の作業を見てたんだから、作業の流れは分かるね?」

「はい、大体は。細かいところは、その都度指摘してください」

「了解。私は厳しいよ」

「本職ではないので、お手柔らかに」

「な、え…、え…!?」


 アイリーンさんだけは、状況を飲み込めず、あたふたしていた。


「デモン山さんにお願いするんですか…!?」

「アイリーン、何度も言うけど、この場に於いてはこいつが私の次に強い」


 スーさんは言う。


「で、でも、デモン山さんには別のお仕事があるじゃないですか!」


 それはそうだ。

 だが、それ以上に、私はアイリーンさんに手を貸したかった。

 何故なら、私も彼女と同じだったから。



 ――上級種が迷宮工房をやりたいなんてどうかしてる!



 ――キャリアをドブに捨てる気か!? 考え直せ!



 ――ごめん…。貴方のことがわからない。そんなに“夢”が大事? 私よりも…?



 かつて、私の夢に立ち塞がった者達の記憶が、脳裏に甦ってくる。

 私は結局、その夢に向かって最後まで走れなかった。

 夢を抱いたまま、結局魔王領府の官僚の道に入り、何年も何年も、夢は私の心を焼いた。

 そうして、ようやく決心がついた時には、ダンジョンは下火となっていた。

 迷宮工房など、世界に必要とされなくなっていた。

 だけど私は、それでも諦められなくて――

 少しでも、夢の近くで仕事をしたくて――

 それで、ダンジョン専門誌のフリーライターになったのだ。

 少しでも、かつて抱いた夢に近い場所にいられるように。

 だが、アイリーンさんは違う。

 彼女は夢を叶えた。私と違い、夢に向かって踏み出し、苦労を重ねながらも、まだ夢を捨てずに走っている。

 あまりにも眩しい。

 私のなりたかったものになった者が、目の前にいる。

 不思議なことに嫉妬はない。あの素晴らしい回転罠を踏んだとき、そんな感情は遠心力に振り回されて、どこかへ飛んでいった。残ったのは、澄んだ空のような憧れと、朝霧のように湿った後悔だけだった。

 だから私も、捨て去りきれない夢を彼女に託したい。

 スーさんがアイリーンさんに期待するように。

 ヨヨさんがその姿に憧れを持つように。

 

 

「私は―――アイリーンさんの力になりたいので」

「え―――…?」

「流石はアホの仲間だ」


 言葉を失うアイリーンさんを尻目に、スーさんはコアを明滅させながら言った。


「さて、それでは行きましょう。よろしくお願いします」

「ああ、頼んだ」


 私は両翼を広げ、ウォルフメタル球の元へ向かった。

 

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