第4話
「だから、生活の為に、普通の設計製作の仕事も…引き受けているんです…」
「そう、だったんですか…」
ブームが去り、必要とされなくなった業界は衰退していく。
それは、ダンジョントラップ業界も例外ではないのだった。
「最近は、罠なんてないダンジョンも多くて…。攻略のテンポが悪いからって最初から一本道だったり、罠にハマるとストレスだからって最初から罠が見えてたり、行くべき場所がマップに表示されてたり…そもそもオートマッピングだったり…!」
アイリーンさんは両目に涙を貯めていた。
「回転床なんて、誰も――もう誰も、必要としてないんです。わかってるんです…。だけど、だけど私、罠が…回転床が好きだから…。この仕事、辞めたくないから…。こんなお仕事でも、引き受けてるんです…。うっ…うぅ……」
「………」
これが現実だ。
どんなに素晴らしい罠を作ろうとも、現実には勝てない。
誰にも必要とされていないものは、この世界には要らないのだ。
ただ静かに、消えていくしか無い。
私の胸中にも、アイリーンさんが感じている暗澹たる想いがジワりと広がった。しかし、私が泣くわけにはいかない。アイリーンさんにそっとハンカチを差し出して、その小さな背中を押す。
「そんな事を言わないで下さい。アイリーンさんの作った回転床に感銘を受けて、私はここまで来たんです」
「ぐすっ…ぐすっ……ほ、ほんとうですかぁ…?」
「はい。あんな見事な罠、初めて見ました。床が回転したことにも気づかないし、魔法でも防ぐことが出来ないだなんて。それに、30年以上前のダンジョンで、今も現役で使われているんですよ。これは凄いことです」
「………」
「だから、どうか諦めないでください。世間から高難度なレトロダンジョンの需要が無くなってきているのは確かです。けれど、今まで培ってきた技術は、きっと別の形で、この世界を支えていくと、私は信じています」
「デモン山さん…! う、うぅぅぅ――…」
アイリーンさんが落ち着くまで、私は傍にいた。
やがて落ち着いたアイリーンさんは、赤く腫らした目を擦り、涙を拭きながら、不器用に微笑んだ。
「ごめんなさい…みっともないところをお見せして…」
「いえ…」
「あ、あの、ここは、記事にしないでください…。は、恥ずかしいので…」
「もちろんです」
ダンジョンを、トラップを愛し、世間の荒波に耐え続けているアイリーンさんの姿は、私の心に深い感銘をもたらした。
何故ならば、誰にも語ったことはないが、私もまた、世にダンジョンを取り戻すために記事を書いているのだから。世間に投じる一石が、やがて大波を生むと信じて、筆を握り続けているのだから。
「しかし、インタビューという雰囲気では、無くなってしまいましたね」
「ごめんなさい…」
「いえ、アイリーンさんが謝ることではないですから。今日は近くに宿を取ろうと思います。また明日、改めてお話を聞かせて下さいませんか?」
「デモン山さん…。ありがとうございます…」
「今日はゆっくり休まれてください」
私は席を立った。
すると、背後で扉が開く。
「っすー! お疲れ様で~す…って、うわ!? 誰!?」
工房へやってきたのは、ピンクの髪の少女だった。外見は人族そのものだが、その頭には捻れた2本の角と、背にはコウモリを思わせる翼と、鋭い尻尾があった。
「お邪魔しています」
「お、おう…? あ、ひょっとして、お客さん? おー、珍しい。アイリ、お客さんなんて珍しいね!」
「………ぐすん」
お客さんというキーワードから、先程のゴブリンのお姫様から依頼された酷い仕事の事を連想してしまったのか、アイリーンさんの目に再び涙が溢れた。
「わー!? 泣かないでアイリ!?」
「あうぅぅぅ…」
アイリーンさんは両手で顔を覆い、ソファに腰掛けたまま丸くなってしまう。とても状況を説明できる状態ではなさそうだったので、差し出がましいようだったが、私が代わりに彼女に状況を説明した。
「な、なるほど…。またあのお姫様かぁ…なるほどねぇ…」
「ところで失礼ですが、貴女は?」
「おっと、うちはこの工房の従業員でっす! レイジングサキュバスの姥谷 ヨヨ! よろしくー!」
「従業員の方でしたか。私は、フリーライターのデモン山と申します」
そう名乗りつつ、名刺を取り出して渡す。
「フリーライター!? へー! アイリ、せっかくだし、うちらの工房を宣伝してもらおうよ!」
「それは…願ったり叶ったりですけれども、その前に、この厄介なお仕事をなんとかしなくっちゃ」
アイリーンさんは机の上に広げた前衛芸術的な落書きを広げた。
「またこれかー。設計図という名の落書き」
「………うん。どうしよう、ヨヨ」
「ホント、しょーがないねー。こうなったらその現場に乗り込んでいって、直接この目で何を作ってるか確認するしか無いんじゃない? 現場監督のじいやさんにも話を聞いてさ」
「でも…ドドンガド市までかなり距離があるよ…? 徒歩で何日かかることか…」
「大丈夫、うちに妙案がある!」
ヨヨさんは私に、ニンマリとした笑みを向けた。
「工房の外にイカした自家用竜が停まってたんだけど。黒くてゴツい、私好みの奴」
あ、話が見えてきた。
「え、ええ、それは私の竜ですね」
「ふふーん? それならさぁ、お兄さん? イケイケの美女二人とドライブと洒落込まない?」
ヨヨさんの細い腕が首にかかり、胸を背中に押し付けられる。
「えぇ!? そんな…デモン山さんは無関係なのに…!」
「ねぇ~、おにーさ~ん? いいでしょぅ?」
目蓋を腫らしつち、困惑した表情を浮かべるアイリーンさんに、妖艶に絡みついてくるサキュバスのヨヨさん。二人を前にして、私は毅然と答える。
「是非、行きましょう」
「おっ!」
「え!?」
「私も丁度、ドライブへ行きたい気分だったんです」
私はアイリーンさんに視線を向ける。私の思わぬ言葉にアイリーンさんはわたわたと焦った姿を見せていた。
やはり、この人に涙は似合わない。
私はそう思った。
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