第5話
かくして、私達は黒竜に乗り込み、ドドンガド市へ向かっていた。
「すごーい! このドラゴン、はやーい!」
「ひえぇ…」
後部座席に座ったヨヨさんは、笑顔でドライブを満喫中だったが、アイリーンさんはドラゴンに乗り慣れていないらしく、シートを握って縮こまっている。
「アイリ、アイリ! 見てよアレ! サターンズメガブリッジだよ! 魔王領首都快速道の! でかいね~すごいね~!」
「下は見ない下は見ない下は見ない!」
「まったくもう、せっかく田舎から飛び出してドライブしてるんだからさ、もっと楽しもうよ?」
「デモン山さんのご厚意でお仕事を手伝っていただいているんですから、楽しむとかそういうことじゃなくて、私達も誠実に仕事をしなくちゃいけないと思います!」
「仕事はもちろんするけどさ~、こういう出張中に見かける風景ってのも楽しまないと。まったくアイリは真面目だなぁ。そう思うよね、おにーさん?」
「そうですね」
私も記者という仕事柄、様々な場所へ出張に行くことが多い。
出張先での思わぬ出会いや、興味深い発見でネタが増えたことは、一度や二度ではなかった。
そもそも、こうしてアイリーンさんに出会えたこともその一つである。
「でも、それがアイリーンさんの良いところだと思います。インタビューをしていて、とても誠実な職人だと伝わってきました。素敵な方です」
「へぇ~? だってさアイリーン」
「ッ―――――!」
アイリーンさんは何故か顔を赤くして、シートの下に丸まってしまった。
「あはははは! おにーさん、アイリーンって褒められ慣れてないんだから、手加減してあげてねぇ」
「よ、ヨヨ!」
普段、一人で取材に回っている私にとって、アイリーンさんとヨヨさんと一緒に飛ぶのは、とても新鮮で楽しいものだった。
黒竜を飛ばしてさらに20分。魔王領首都を過ぎ、ドドンガド市に入る。
灰色に痩せた大地に突如として開く巨大な地の裂け目。そこからゴブリン建築のビルディングが幾重も聳え立ち、夕暮れの闇の中で、太陽に代わる光となっていた。
「おー! 結構都会じゃん!」
「ドドンガド市。魔王領有数の地下鉱山都市ですね。魔王領府から多額の支援を受けて希少鉱の採掘を行っています」
「なるほど、偉いところからお金貰ってんだ。羨ましい限りだねぇ」
「たしか、ウォルフラム鉱…でしたか? 最新の錬金技術を用いて魔鉄鉱や世界樹の炭と合成することで、ミスリルを超えた最高強度の金属へ加工することに成功したという」
「流石ですアイリーンさん、最新素材のことまで、よくご存知ですね」
「い、一応、仕事で必要になるかもしれないことは、常に勉強しておりますので…」
「ふへへ、アイリ、また顔が赤いよー?」
「よ、ヨヨさんは静かにしていてください!」
そう話している間に、私の黒竜はドドンガド市に向けて降下していく。
都市部であるので、ドラゴンは駐竜場へ留めて置かねばならないのだが、目敏い私の竜は降下中に居心地のよい駐竜場を見つけていたようで、真っ直ぐ駐竜場に舞い降りた。
駐竜場は、竜のご機嫌をとってゆったりと休息できるよう、必ずサロンやラウンジが併設され、料金にそれらの利用料も含まれる。
基本的には首都やその近郊は高く、地方都市は安いはずだが―――なに!? 一時間3500ゴールド、だと…? 高すぎる…!
真顔で黒竜に振り向くが、奴は何食わぬ顔をしていた。目線を合わせようとしない。
おのれ、3人分の乗車賃だとでも言う気か。この大食らいめ…。
しかし、アイリーンさんとヨヨさんの目の前で黒竜と見苦しい喧嘩をするわけにもいかず、私はしぶしぶ条件を飲んだ。
魔動列車を乗り継ぎ、我々はドドンガド市を治めるダークゴブリンの本拠地、ドドンガド市役所にたどり着いた。
受付で関係者にアポを取り、マイム嬢の言っていた建築責任者のじいや氏に取り次いで貰うつもりだったのだが、その思惑は良い意味で裏切られることになった。
「おぉッ!? もしやアイリーン様では…!?」
「あ! じいやさん! ご無沙汰しております」
市役所の入り口でばったりと、じいや氏と遭遇したのである。
マイム嬢がダークゴブリンであると同じく、じいや氏もダークゴブリンだった。ダークゴブリンは通常のゴブリンよりも一回り大きく筋肉質の肉体を持つ。しかし、この方はかなり御年召しておられるようで、その顔には深い皺が刻まれ、長い白髭を蓄えていた。
「先月の案件では姫様がご迷惑をお掛け致しまして…」
「い、いえいえ、お構い無く…」
「いや、めっちゃお構い有ったけどね!」
「こ、こら、ヨヨさん…!」
「だって、今も面倒事を押し付けられてるしね」
「な、なんと…!?」
じいやは驚いた。
「もしや、先程姫様がお出掛けになられたのはアイリーン様の工房だったのですか!?」
「はい…」
アイリーンさんはマイム嬢から受け取った落書き――設計図をじいや氏に見せる。
じいや氏は全てを理解して深々と頭を下げた。
「重ね重ね申し訳ございません…!」
「いえ、その、はい…」
「今回のプロジェクトには、姫様もかなり力を入れておりまして…。外部からプロも召集すると仰っていましたが、それがまさかアイリーン様とは…」
「は、ははは…」
おそらく他のプロには断られたのではないかと、私は邪推した。
「それでも、引き受けた以上は仕事です。今回もどうぞよろしくお願い致します」
「ご丁寧に恐縮でございます…」
「それで、じいやさん? 問題の建築物って? その落書きからじゃ、なーんにもわからないんだけど、一体今度は何を作ってんの?」
「こら、ヨヨさん…!」
「だってわかんないもん。困ったからここまで来たんだしさ」
「そ、それはそうですけど…先方に失礼な事は…」
「いいえいいえ、構いませぬ…。姫様の設計を、我々以外に解読できますまい…」
「次はマジで汎用フォーマット使って依頼してね…?」
ヨヨさんは笑っていたが目が笑っていなかった。
「そ、それより! 今回の案件を見せていただきたいのですが…」
ヨヨさんに代わり、アイリーンさんが切り出すと、じいや氏は市役所に隣接した、ブルーシートで区切られた一角を指差す。
てっきり市役所の機能拡張のため、新館を建てるつもりなのかと思っていたのだが、この様子では違うようだ。
「あちらでございます」
「あれは…?」
「はい、我らがドドンガド市のランドマークの建設予定地でございます」
「え?」
「は?」
え、ランドマーク…?
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