ジェミニ

 ウェレダは自らを神官であると名乗ったわけだが、そのアルキなる神のための神殿の一つもなければ彼女に仕える従者すらもいなかった。いるとすればそれはおれで、おれ一人だ。いちおう神域のような場所はあり、祭神の名を冠してアルキの森と呼ばれている。アルキの森の入り口に小さな木造の小屋があって、ウェレダはそこで暮らしていた。おれもここに住むのか? 肩まで伸ばした波打つ金髪に、宝玉のような碧眼を持つこんな美少女と二人きりで一つ屋根の下なんて、おれは大丈夫なのだろうか? と少し悩んだが、実際にはそのようなことにはならなかった。なんとなれば、おれは奴隷の身にあるにも関わらず、一人暮らしをするための居住空間を与えられたからだ。


「ここ使って。ちょっと狭いけど、ティー君の好きに使っていいからね」


 と、言ってウェレダが示したのはちょっとした穴倉であった。地面に大きな穴を掘り、その周囲に泥などを固めて壁とし、貯蔵庫、あるいは越冬用の季節住居などに用いるものであるらしい。そろそろゲルマニアは寒くなり始める時期であり、気温の面からいえば快適ではあった。


 おれの奴隷としての暮らしが始まったが、そんなに言うほど仕事はなかった。ウェレダはナハナルウァリ族の中では珍しく着替えを持っていたからたまに洗濯をして、彼女の住む小屋の掃除をし、あと食料の調達をする。森に行けば果実や木の実が手に入るし、鳥や獣もいた。


「ティー君、弓は扱える?」


 と聞かれたから、首肯すると、簡易な狩猟用の弓矢を托された。割と自信があったし、実際、森に入って獲物に困るようなことはなかった。家には炉があり、そこで肉を炙る。料理というほどの料理をする風習を、ゲルマニア人は持たない。森の恵みの他は、家畜を飼う者はいるのでおれも分け与えられているのだがチーズが少量、それだけの食生活である。まあ、奴隷の身だし、それは異とするほどのことではなかった。ただ、ワインが無いのだけは辛かった。


「ティー君、ビール飲まないの? おいしいのに」


 かれらゲルマン人のビールと称される飲み物は、何やら大麦や小麦を発酵させて作るものであるらしいのだが、残念ながらおれの口には合わなかった。


「ワイン? ああ、あれ。ウチもいちおう飲んだことはあるけど、でも祭りのときくらいかな、この辺ではあんまり手に入らないから」


 ライン川沿岸で兵士をやっていたから知っているが、ライン川の近くに暮らすゲルマンの諸部族の中には、ワインを輸入する文化を既に定着させている者たちもある。だが、ナハナルウァリ族の社会はそうではないようだった。


「次の祭り? 夏の終わりにあるよ」


 というので、楽しみに待つことにする。兄なるアルキと弟なるアルキに捧げる祭り、だそうだ。アルキという神々は双子で、われわれの知る神でいえばカストルとポルックスの双子神に近い存在であるらしい。ちなみに、ローマの暦では既に秋なのだが、ゲルマン人の社会には秋という概念がない。かれらは一年を春と夏と冬の三季に分けるのである。


「洗濯終わった?」


 と尋ねられる。まだ途中、と答えると、なんとウェレダは


「じゃあこれも」


 と言って、着ているチュニックを脱ぎ始めた。おれは慌てて、ちょっと待て、と言って後ろを向く。


「どうしたの? 変なティー君」


 脱ぎ捨てたチュニックを渡される。体温が残っているのを感じるが、つとめて意識しないようにして、洗濯物を入れている水桶の中に突っ込む。ゲルマン人の服装は男も女も大差はないのだが、女の服には茜色の布が配されていて、それで性別が区別できるようになっている。ちなみに一般の村人は女性でもチュニック一枚であり、下穿きを用いない。しかし部族長ほか高貴な身分の男女はズボンなどを履く。ウェレダはいちおう神官であるから、高貴な身分の方に属している。


「……」


 ウェレダの下穿き。今、俺が洗っている。色々おかしなことを考えそうになる。その考えを、おれはつとめて振り払う。

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