ナハナルウァリの男巫

 ナハナルウァリ族の素朴な暮らしぶりからして、祭りというのもどれほどのものかと思ってはいたのだが、実際それはなんというか、ローマ市民の感覚から言えば村祭りと言うにも及ぶかどうかという次元のものであった。


 祭りと言っても娯楽は二つしかない。一つは賭博である。賽子さいころを利用した単純な賭博で、かれらゲルマン人はこれに非常に熱くなり、はなはだしきは自分自身の自由身分をも賭けしろにしてしまったりするのであるが、何より遺憾なことには、かれらの賭場は別に祭りのときでなくても開かれている。要するに普段と変わらないのである。


 もう一つの娯楽は、まあ言うなれば剣舞のようなものだ。男たちが自分の剣や、フラメアと呼ばれる槍を突き出す前に、裸になった若者たちが飛び込んで踊る。それなりに高度な技術のある見世物ではあるらしく、大きな拍手喝采が上がるが、しかしそれだけである。これがかれらの年に一度の祭りであるわけだが、これに比較すればローマ市の闘技場で行われている日常の見世物の方がよほど派手である。


 とはいえ、まあそんなことはいい。どこからどうやって流通してきたものか、ガリア産ワインの素焼壺アンフォラが、ウェレダの小屋に持ち込まれていた。大勢の人がやってきてそれを飲み、おれが用意した酒肴を片っ端から平らげる。もっとも、おれも相伴に預かっているのだから文句はない。やがてアンフォラが空になり、酒肴もほとんど皿から消え失せると、人々は今度は部族長の屋敷に繰り出していった。部族長の屋敷、といってもやっぱり木造の、ウェレダの小屋よりはちょっと大きいという程度の建物に過ぎないのだが、それはいい、ここにもやっぱりワインが用意されていた、こっちはイタリア産だ、おれもウェレダに連れられて、ここでは客扱いである。思うさまワインを痛飲させてもらった。ちなみにウェレダも飲みまくっている。


「ティー君がやたらこだわるからウチもちょっとだけ試そうかと思ってただけだったんだけど……いい酒だねぇ。なるほど、ローマ人は毎日これを飲んでるのかぁ」


 おれはイタリア生まれのローマ人であるから水の代わりにワインを飲んだって平気なのであるが、ビールしか飲み慣れないウェレダはそうではない。部族長の屋敷の酒と料理までもが底を尽き、人々がまた別の場所に繰り出していく中、おれはウェレダを本人の家まで担いでいかなければならない事態となっていた。


「んー、むにゃー……ウチまだ飲む……ういっく」


 しっかりしてください、と叱咤しつつ、どうにか寝台まで運び込む。すぅ、すぅと鼻にかかる呼吸を、ウェレダは繰り返している。上気した頬。心持ち上に持ち上げられた、桜色の唇。


 おれのなかで恋の神が囁いた。好機チャンスだ、と。おれのなかで法の神も囁いた。奴隷が主人を辱めたことが発覚したら拷問の上で死罪だぞ、と。それはローマの法であってゲルマン人の法がどうなっているのかは知らないが、かれらの社会の慣習にしてもそれをやって良いなどという決まりになってはいないだろう。


「ん……ティー君……」


 目を閉じたままのウェレダの口から紡ぎ出される可憐な声がおれの名を呼んだ瞬間、頭の中で何かが切れたような気がした。


「ウェレダ……!」


 俺はウェレダの上に覆い被さるようにして、彼女を抱きしめた。要するに襲った。理性? 法の神? そんなもの糞くらえだ。この女神のような少女を抱けるのなら、そのあと八つ裂きにされたって構うもんか。


 と。


 思って、ほぼ前後不覚の状態にある彼女の下穿きを脱がせたのだが。


「……あれ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る