桜の木の下には死体が埋まっている

@london-san

桜の木の下には死体が埋まっている

「桜の木の下には死体が埋まっている。って話あるじゃないですか?」

「うん、あるね」

「あれって、桜の花びらの赤は桜の木の下にある死体の血を吸い取って、より鮮やかな赤に見せているって話らしいです」

「結構有名な話だよね」


「……でも」







「桜の木の下の死体がこんな風にフランクに話しかけてくるなんて話聞いたことなかったですね」


私はそう言って、土の中に埋まっていたであろう目が取れかけて、頭は潰れていて、身体中から腐敗臭がする死体に話しかけた




「なんだよ!!死体だってずっと土の中にいるからおしゃべりくらいしたいんだよ!いいだろ別に!!」


「土の中はミミズさんとかモグラさんとかとお話できるじゃないですか」

「え、なに急に君滅茶苦茶ファンシーになるじゃん」

「そりゃ、今死体と話すなんてファンシーな出来事が目の前で起こっていますからね」

「………まぁ、それは事実なんだけどさ」


私の淡々とした返しに死体お兄さんはぐちゃぐちゃに潰れている頭をかいた。そのかいた跡は元には戻らなかったけれど

持っていたスコップを桜の木にもたれかけさせて、私はスカートの中が見えないように土の地面に座り込んだ


「……いや、というか俺も結構聞きたいことあるんだけどさ、聞いていい?」

「私あの世の者と質疑応答して大丈夫ですかね?ほら、あの世のものを食べると現世に帰って来れないなんて言うじゃないですか」

「大丈夫だから!というかそれなら君とっくにあの世のもんになってるだろ!」

「…確かに、お兄さん賢いですね」

「お兄さんは今君の頭が死体以下ということについてものすごく心配してるんだけどね?」


死体のお兄さんはたまにポロリと取れていく目玉を死んだような目で(死んでいる)私のことを睨んでいた

確かに私は大学生としては優秀とは言えないし落ちこぼれみたいな人生を歩んできてはいるが

今こうやって腐り果てている死体のお兄さんのようにならなかっただけいいかななんて思い始めてきている


「ほら、もう質問していいか?そういう心配は後にするからさ」

「はい、私に答えられる範囲ならなんでもいいですよ」

「じゃあさ……」




「なんで俺桜の木の下に埋まってるのに出てきたの夏なの??」

「なんででしょうね?」


現在の季節は猛暑の夏。太陽はのぼりきっており、今日も現世で生き抜いている私たちをさらなる地獄へと引っ張っていくために熱々なビームを放っている


「うん……桜の木の下に埋まってるって言ったらさ、普通夏じゃなくて春じゃない?もうほら見てよ、桜散っちゃってるじゃん」

「散っちゃってますね」

「それどころか行き場を無くした俺の血が葉に宿って真っ赤になっちゃってるよ!」

「真っ赤っかですね」


死体のお兄さんが死体とは思えないほどキレッキレのツッコミを入れながら、その折れかけている腕で、春から夏に移り変わり、より一層の葉が生い茂る時期にも関わらず、紅葉のような狂った赤をしている葉を指さした


「でも、私は変じゃないと思いますよ」

「変じゃない!?これでもか!?こんなん勘違いした人が『紅葉の木の下には死体が埋まっている』とかの伝承作られちゃうくらいだぞ!?」


「だから、別に意図して夏に埋めたわけじゃないと思うんです」



「もし貴方が春に死んだとして、その殺した人が未練を捨てられずせめて桜の木の下に埋められたら……なんて思い埋めたとするじゃないですか」

「でも、その埋めた死体は夏になっても消えるわけじゃないです。桜は日本の花なんて言われてはいますが、日本の四季によって姿形が変わっていく面白い木なんですよ」


「だから、お兄さんが夏に出てきたのは私が今夏に掘り起こしたからなんですよ」

「……確かに、一理あるんだけどさ」




「なんで君はそんな死体があると思いながら掘り起こして、且つなんでそんな数ヶ月経っても普通に話せるような化け物の存在をこうやって許容しているのかなぁ!!!!?」

「なんででしょうね」


お兄さんはまたもやキレ散らかし、もうボロボロになっている身体に更に圧をかけてボキボキと音を鳴らしている

そんなお兄さんのノリの良さに、思わず私は笑みをこぼしてしまった


「な、何笑ってんだよ……」

「いえ、なんでもないですよ…照れなくても大丈夫です」

「いや普通にドン引きしてるだけなんだけど?」

「え」

突然のお兄さんの裏切りに、私は三角座りの体勢になってその膝に顔をうずめた


「………そうですか…ドン引きですか…ドン引きですか…」

「お前ほんっっっとに感情のトリガーが意味わかんないなぁ!?行動も意味わかんないしさぁ!そもそも!!」


「なんで俺がいるとわかってなくても桜の木の下なんて掘り起こそうなんて思ったわけよ!?」


その言葉にピクッ、と肩が反応して落ち込んだフリをやめた

そして私はそろそろお尻が痛くなったので立ち上がってスコップと同じ体勢をとった


「だって……こんな綺麗に咲いている夏の桜なんて、初めて見ましたし」

「咲いているって……桜の花は蕾すらないぞ?花がないのに綺麗なんて……」


「だからですよ」



「桜の蕾も、花すらないのに、こんなにも葉が赤く染っているなんて、……それが恐ろしいくらい美しいと感じてしまったら、下に死体でも埋まってなきゃ考えられない。って思って」



「現に本当に死体はあって、何ヶ月も飲まず食わずでもこうやってキレ散らかせる元気のある化け物が眠っていました」

「……失礼なやつだな」


私が死体のお兄さんに目をやると、今度は私でもわかるくらい照れた顔を隠そうとしていた

その顔を見れたのがやけに嬉しくて、私は自分の心の奥の気持ちまで死体にさらけ出した


「私、お兄さんに会えて嬉しかったです」

「なっ……なんだよ、急に」


「私ってほら……ちょっとだけ変わっているじゃないですか」

「その『ちょっと』が俺にとっては『とても』な気がするんだが??」

「じゃあ私って、とっても変わってるじゃないですか」


私がやけに素直に自分の話を受け入れたことに少し動揺と驚愕の表情を浮かべていたけれど、少しすると死体さんは楽な姿勢をとって私の話に耳を傾けてくれた


「……だから私って、いじめられてたんです。校舎裏に呼び出されてわけもなく殴られたり、嘘の日程を教えられて講義に遅刻したり、気味悪がって誰も近づこうとはしませんでした」


「でも、お兄さんが話を聞いてくれました。なんてことない会話でした。でも、私にとっては初めての日常会話というやつでした」

「…………嬉しかった」


私がそのことを噛み締めて頬を照らすと、死体のお兄さんはふっ、と息を漏らして私に向き直った


「でも、いいのかよ。初めての会話がこんな死体とでさ」

「………いいえ」






「お兄さんと話すのは、これで10回目になりますね」




「​───────は?」



お兄さんはもう出ないはずの汗を浮かべ、理解不能とでもいいたげな、なにか恐ろしげなものを見るような視線に変わった


「お兄さんと会話するのはとても楽しかったです。だって、大学にはサークルにも入れなかったので誰かと一緒にお酒を飲むなんて初めてでしたから」


「おい待て……何言ってんだ?お前」


「いつも少しだけお代金は高かったですけど、お兄さんと話すためならいくらでも出せました」


「…………………………あ?」



「でもいつしか分かってしまいました。お兄さんは、他の女の人とも沢山お話しているんだなって」


「お兄さんが他の女の人と話すくらいなら、私……いなくなった方がいいなって思いました」


「一生話せなくなってもいいから、私のこと覚えてて欲しいって思いました」


「でも、やっぱり未練があってしまって……せめて桜の木の下で眠って欲しいと思いました」



「​─────すると、おかしいほどに真っ赤な桜が咲きました」


私は変わらず、恍惚な表情を浮かべて、あの時のことを思い出していた

お兄さんと会話したこと、桜の木の下に埋めた時『お兄さんはここにいるんだ』って思ったこと


「最初はただ私も自分の中の想像だと思っていました。桜の木の下に死体が埋まっているって話は、私も信じていませんでしたから」


「でも……夏に見に来てもお兄さんはいてくれていた。化け物になっても、私の話をこうやって聞いてくれた」


「はぁ…………ありがとうございます、お兄さん。私、ホントはキリのいい数字で埋めようと思っていたんです…」


「でもこれからは、夏も、秋も、冬も、そして春も」







「ずっとずっと一緒に、お話しましょう!!」


私は無邪気な子供のような笑顔で、お兄さんの冷たい手を握った

お兄さんは何故か嫌悪と怒りの表情をしていたけれど、そんなお兄さんも素敵だった


「そうだよなぁ……」











「普通のやつが、こんな山奥の森まで、わざわざスコップ持って来るわけねぇよなぁ…………」


お兄さんはそう言って、折れた首で空を仰ぎ、天を睨んだような気がした


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