第3話 泥水の果てに

 目を覚ますと、まん丸の月が僕を見下ろしていた。水は意外と冷たくなくて、背中に当たる石が痛い。


 身体を起こすと、たっぷり水を吸った服がドバドバ滴りながら、肌に貼り付く。ゴミと一緒に纏わりつく髪の毛も鬱陶うっとうしかった。

 もう、全部終わらせるつもりで飛び込んだ底なし沼は、浅い場所もあったらしい。


 鈴虫の音を聴きながら、もう一度月を見上げる。

 思い浮かぶのは、数年前に亡くなった学生時代の同級生。幼馴染みで同じ陸上部。ライバルなんかではない。……一応、僕の方がずっと上手かったから。

 ただ僕とは違って、周りのことをしっかり見ている彼のことが、僕は大好きだった。乱暴な口調で酷いことを言うくせに、いつも他人の心配ばかりしていた沼賀くん。

 昔からずっとそうで、僕はずっと大好きだった。だから、ずっと一緒だと思っていたのに。


 彼は事故で亡くなった。

 ……。そのあとも、陸上を続けた僕はそのうちに、プロを目指した。きっと僕には才能があったから。

 ただ、最近の僕は調子が悪くて。練習を続けても成績は伸びなくて。悪いことの方が増えていて。でも、部活でエースの僕は部長を任されていて。部員のことも考えなくちゃいけなくて。


 僕はぎゅっと膝を抱えた。ズボンもしっかり水を吸っていて、ほんの少し重かったけど。夜風に冷えた自分の身体も、奥はまだまだ温かかった。


 さっき見た夢のことを考えながら、立ち上がる。泥水がドバドバ流れ落ちた。


  ポチャン


 後ろで何かが水に飛び込む音がして、振り返る。そこには小さな亀がこちらを見ながら泳いでいて、隣にゆらゆら揺られる月が映っていた。

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黒き鏡の玉兎。 おくとりょう @n8osoeuta

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