第4話


 ある夜、涼しくなってからコンビニに出かけたときのことだ。ぼくは珍しくペットボトルの1リットルアイスコーヒーを買っていた。昼間、気に入りのコーヒー粉が無くなっているのに気付いて、といってもこの暑い中でドリップコーヒーもなにもなし、カルディまで買いに行く気力もない。ただコーヒーという存在だけを思い出したので、ペットボトルのアイスコーヒーを買った次第だ。自分が一歩俗っぽい世界に寄ってしまったという絶望があった。

 そんな絶望を抱えて帰宅したぼくの部屋に猫が居た。

 猫は元気に玄関を荒らしていた。段ボールの山を崩し、スチール製の靴置き場から靴を全部落っことしている。そういえばぼくはローファーが好きだった。最近磨いても居なかった。ずっとPVC製のサンダルを履いている。

 ぼくは段ボールの山のなかで喉を鳴らす猫の横をすりぬけて、アイスコーヒーと冷やしたぬきうどんを取り出した。洗ったグラスが無いので、ペットボトルから直に飲むことにする。

「スーパーで買ったほうが安いんじゃない?」

 猫が言うので

「自転車のタイヤがパンクしているんだよ」

 ぼくは答えた。

 猫はよく喋った。ネコチャンという一人称で喋るものだから、ぼくが猫を呼ぶ二人称もネコチャンになった。

「きみはネコチャンがいるから靴は磨けないね」

「そうだねぼくはネコチャンが居ると靴を磨けないよ」

 ローファーの中に尻を押し込んだ猫と会話する。

「ネコチャンが遊ぶからペットボトルは取っておいてね」

「そうだねぼくはネコチャンが遊ぶためにペットボトルを転がしておくよ」

「ネコチャンが居るからきみはゴミを捨てられないね」

「そうだねゴミ捨てに行こうとするとネコチャンが足に絡みつくものだから」

「ネコチャンと一緒に遊ぶからきみは寝られないね」

「そうだねネコチャンはぼくとYou Tubeを一緒に見るのが大好きだからね」

「アイスコーヒーのペットボトルに何か浮かんでいるよ」

「これはねネコチャン、カビだよ。口を付けて飲み続けているとこうなる」

 ぼくはペットボトルを冷蔵庫にしまった。

「いい加減クーラーを掃除しようと思うよ」

「ネコチャンはクーラー掃除してほしくないよ、掃除機が嫌いだからね」

「それなら仕方ないね」

 諦め悪くクーラーを作動させて、ただカビの臭いだけを撒き散らす。

「これもカビだよ、見えないけど、においがあるだろ」

「カビって愉快だね」

 猫が笑うのでぼくもなるほどと笑った。猫のおかげでニャンニャンネコチャンピポパポポが少し収まっていた。

 猫がひょいとシンクにのぼる。シンクの水がいつの間にか出しっぱなしになっていて、朝そういえば水道水を直接飲んだ気がする。猫は器用に細く垂れる水を舐めている。

 猫のためにぼくは水を出していたんだっけ。

 水を舐める猫のポーズは写真の猫にちょっと似ていた。というか、この猫はそもそも写真の猫に似ている。最初から似ていた。

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