第14話 いざ魔界へ!

 「わぁっ!」


 青空カフェの屋根裏部屋、綾葉の診療所を覗いた美織は、思わず歓声を上げた。


 「これこれ、私が夢見てた魔女の部屋はこれだよ!」


 そこは、いろいろな物が溢れかえている小さなスペースだった。

 とても狭く、ちょうど人が二人入れるくらいの広さしかない。

 屋根裏部屋のため、天井は斜めだ。

 天井が高いほうの奥には、木で作られた机がある。

 四方の壁の内、一面を覆っている棚には、様々な形の薬瓶や薬草が陳列されており、中には、紫色や緑色であったり、煙を上げたりしている怪しい液体もある。

 こんなに危険そうな液体を何に使うのだろうか、と美織は首をひねった。


 「お気に召したようで嬉しいわ。実は結構こだわったのよ」


 後から軽やかに木の梯子はしごを上ってきた綾葉が、棚の側面を撫でてにこりと微笑む。

 しかし、その穏やかな笑顔は、奏の面倒くさそうな声で打ち破られた。


 「うっわ、狭っ、汚っ。もっと片付けなよ……」

 「あら奏、そんなにネガティブなこと言わないでよ」

 「入れないんだけど……」


 あまりに狭いので立ち入ることのできない奏は、不貞腐れたように梯子に足を掛けたまま、屋根裏部屋に頭だけ出す。

 仕方ないわね、と肩をすくめた綾葉は、机の上にドサッと座って足を組んだ。


 「ほら、これで入れるでしょ」

 「机の上に座るとか、行儀悪いなぁ……」

 「ん?あなたを養ってあげてるお姉様に何か文句でも?」


 面倒くさそうに、別に……、と答えた奏は、梯子の最上段に足を掛けた。


 「……で? こんな狭いところに三人も詰め込んで、どーやって魔界に行くんだよ。しかも靴を持って来いって……」

 「靴を持っていってほしいのは当り前じゃない。さてどうやって行くでしょうっ」

 

 奏に笑顔を向けた綾葉の問いは、わかんないから聞いてるんだろ……、と溜め息で返される。


 「はいはーいっ」

 「美織は素直でいいわね、何だと思う?」

 「箒!」

 「んー、違います!」


 えぇ、と美織は残念そうに口を尖らせた。


 「箒、乗ってみたかったのにぃ」

 「実はね、魔法使い―――正式には魔術師―――だって魔術師協会に認められていない人、つまり推定魔力保持者は、魔術規制法で魔術の行使及び魔具の使用を禁止されているのよ」

 「何か難しくてよくわからないけど、そうなのっ!?」


 美織はがっかりすると思いきや、魔術規制法ってなんかかっこいい、と目を輝かせた。


 「ってな訳で、答えはでした~!」

 「「どれ?」」


 見事に疑問の声が重なった。

 それもそのはず、綾葉は杖を取り出しただけだったのだ。


 「……? もしかして、瞬間移動みたいな魔法があるの?」

 

 綾葉は否定も肯定もせず、にこりと微笑んだまま机の後ろに回り込んだ。

 そして、どこだったっけな……、と呟きながら壁を杖でコツコツと叩き始めた。


 「え、何?何してるの……?」

 「さぁ。知らね」


 美織と奏がコソコソと言葉を交わしていることにも気にせず、綾葉は壁を叩き続けている。

 ―――コツコツという音が止んだ。


 「ここだ!」


 (ここ……?)


 怪訝そうに自分を見つめている二人に微笑みかけると、綾葉は杖を振り上げた。


 「《出現サン・アピア》!」


 杖先から、まばゆい光が飛び出し、三人の視界を奪う。

 美織が目を開いたとき、ただの石だった壁は、木製の重厚な扉に変わっていた。


 「ここを開くと、魔界の私の家に繋がってるのよ」

 「へえぇぇ!面白ーい」

 「それではお客様ゲスト。どうぞこちらに」


 綾葉は魔界への扉を開けた。





 「靴を履いてから入ってね」

 「えっ、でも……」

 「どうかした?」


 美織は、扉をくぐる前に立ち止まってしまった。

 足元は、今までいた屋根裏部屋と同じ木の床。


 「ここ、この部屋と同じ床だけど靴で入るの?」

 「ええ、基本的に魔界の建築物は洋館なの」

 「へえ、そうなんだ……」 


 中を見渡せば―――……。


 「……あれ?」


 美織は思わず首をひねった。


 「これ―――」

 「ふふ、面白いでしょ」


 そこには、今までいた屋根裏部屋があった。

 正確に言えば、屋根裏部屋のだ。


 「えっ、同じ部屋?ど、どうなってるの!?」

 「ちょっと複雑な魔法をかけてね、一つの家を半分ずつ人間界側と魔法界側に出現させたのよ」

 「えっ、でも外から見てもちゃんとした家だよ?」

 「そう、複雑なのはそこでね。外から見ると普通の家だけど、実際は半分の広さしかないっていう」


 自分で説明していて綾葉は、ん? と首をひねる。

 説明している本人すらそうなってしまうのだから、美織は目を白黒させていた。


 (うわ、頭がこんがらがってきた!)


 「つまりは同じ家を魔界と人間界、両方に作って半分ずつシンクロさせたんだろ?」

 「さっすが奏、頭いい!」


 おかげで理解できそうな、できなさそうな。

 要は一つの家の半分が人間界でもう半分が魔界ってことだよね!?


 考えるほどわからなくなる問題を半ば無理やり理解する。


 「美織も奏も、間取りは人間界のほうとほとんど同じだから好きにくつろいでてね」

 「綾葉さんは?」

 「えっと、話は飛ぶんだけど魔界にも空港みたいなところがあってね。こういう風に個人宅に魔界と人間界を繋げる出入口を作るにはそこの許可を取らないといけないの」

 「そうなんだ」

 「しかもそれにも条件があって、このドアが使用された場合は向こうに連絡が行くようになってるのよね。だからこのドアを使って行き来した場合は三十分以内にこちらから報告しなきゃいけなくって」


 無関係の一般人が誤って魔界に行ってしまうことや魔法使いによる犯罪を防ぐためだ。


 「防犯、ってことか」

 「そうそう」


 魔界にもいろいろあるんだぁ、と美織は目を輝かせる。


 「ってわけで、奏と留守番よろしく!」


 (え、マジ!?)


 焦ったのは奏だ。

 つい数日前に聞いた美織の恋バナは、まだ頭の中から離れていない。

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青空カフェ ~日頃のお悩み、お話しください~ 宵待草 @tukimisou_suzune

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