第13話 「本当に最後」

 「ねえ!今度、一緒に遊園地に行かない?」


 真奈津まなつ美織みおりをそう誘ってきたのは、六年生になった春のことだった。

 やけにニヤニヤしていると思った美織は、話を詳しく聞くことにした。


 「あのね、うちのママが仕事の関係で遊園地のチケットを貰ったんだって。それでカナと行ってきな、って言ってくれたんだけどね—――……」


 〝カナ〟というのは、スーパー美少年の呼び名のことだ。


 幼馴染同士のカナと真奈津とりつの三人は、家族ぐるみで仲が良い。

 そのため、真奈津がカナのことを好きだということも母親は知っているらしい。


 「でも、四枚もあるの、チケット。だから、律と美織も誘おうかなって思って」


 そう言って笑う真奈津は、同性の美織から見ても魅力的に見える。

 快活で、誰とも分け隔てなく接することができる真奈津は、美織の憧れだった。

 そんな真奈津が、わざわざ美織を選んで誘ってくれたのだ、美織はそれがとても嬉しかった。


 「行きたいっ!」

 




 「いやぁ、本当は幼馴染三人衆で行きたかったんだけどさぁ。カナもモテるし、うちが一人だけ女子ってのもどうかと思って……」


 美織が、結束の強い三人の中に混ざるのにはそれ相応の理由がないといけないだろうと、真奈津がそれらしい理由を考えてくれた。


 「ほら、六年にもなると皆さ、男女の関係に目敏めざといじゃん?」


 真奈津はその一言で締めくくると、カナの腕をガシッと掴んだ。


 「よっし、じゃあジェットコースター行こー! 律は苦手だもんね、美織と留守番しててー」


 気を遣ってくれたのはわかったが、二人きりにさせられても恋愛下手の美織にはどうすればよいのかわからず、わたわたとしていた。


 「谷崎さん、初めて話すよね」


 そう話しかけてくれたのは、そろそろ美織が沈黙に耐え切れなくなってきた時だ。


 「え、……あっ、うん」

 「本当は俺もジェットコースター行きたかったんだけどなぁ」


 そう言っているのを聞くと、どうやら律も、真奈津のカナへの想いを知っているらしい。


 「谷崎さんはどう? 絶叫系、平気な人?」

 「あ、えっと……。そこまで好きじゃないかな……」


 それなら、と言って律は笑った。

 

 「俺、残ってよかった」

 「えっ」

 「ほら、谷崎たにざきさん一人にしちゃ駄目だろ」


 律はさらっと口にしていたのだが、美織にとっては卒業するころまで覚えている言葉となった。


 (優しい……。私だったら初対面の人に気遣いなんてできない)


 真奈津とカナが戻ってきてからは四人で回っていたが、絶叫系のアトラクションに乗るときには、律が一緒に外で待っていてくれた。





 「え~、めっちゃ優しいじゃないっ、その子!」

 

 綾葉は頬に手を当てて感激している。


 「うん、本当にかっこよかったよ」


 自分の好きな人のことを語るのはやはり恥ずかしいもので、少し頬を赤らめながらも美織は頷いた。

 目を輝かせ、綾葉が美織に迫る。


 「で、どうなったのよ、その子とは?」

 「えーっと……。それからまあまあ話すようになって……」





 律が中学受験をすることは知っていた。

 元から頭が良いと評判だったのだ。


 (受験、ってことは……、あと半月くらいしか一緒にいられないんだ……)


 美織がそう気が付いたのは、真奈津が中学についての話題を出した時だ。

 真奈津も受験はしないのだが、家の場所の関係で美織とは別の公立校に通うことになっている。


 「そっかぁ、もうあと半月しかないのかぁ……。カナは確か、美織と同じ方だよね、いいなぁ……」

 「そんなっ、私がカナ君と一緒でも別に何もないよ」


 真奈津が、まあ、そうなんだけどさ……、と呟く。


 「やっぱりさ、代わってほしいな、とか思っちゃうよ」

 「うう……、なんかゴメン……」

 「いや、こっちの我儘、今のは」


 こっちこそごめんね、と真奈津が寂しげに微笑んだ。


 二月。

 しばらく学校を休んでいた律が久しぶりに登校した。

 一日目の第一志望の試験に受かったらしい。


 「受かった……!」


 登校して、美織と真奈津を見つけるや否や、穏やかな律にしては珍しい、弾んだ声で報告してくれた。


 「嘘ぉー!やったじゃん!」


 真奈津は律と一緒になって喜んでいたが、美織の胸中は、律の合格を手放しで祝えるものではなかった。


 (ああそうか、これで同じ中学に通える可能性はゼロになったのか……)


 合否が出るまでは、律が試験に不合格になる可能性もあったので実感が湧かなかったが、いざ結果が出てみても、やはりあまり実感は湧かなかった。


 (うん、律君、頭いいもんね……。知ってた、受験に受かるなんて知ってたはず、なのに……)


 おめでと、と一言残し、自分の席に戻った。

 

 (そんなに笑えていないことに、律君が気付いてないといいけど……)





 その〝実感〟は、予想もしていなかったときにやってきた。


 「はーい、撮るよー」


 卒業式後、クラス写真を撮る時だ。担任が、シャッターが押される瞬間、突然泣き出したのだ。


 「せんせーい、写真ぐらい笑顔で写ってよー?」


 笑いを含んだ真奈津の声がした。


 「ごめんね、これで本当に最後だと思うと……」


 そう言って嗚咽おえつを漏らす。

 担任が涙をぬぐい、泣き笑いのような表情を作ると、ようやくいくつかのシャッター音が鳴った。


 (〝最後〟―――……。)


 本当に最後だと思うと―――……。

 担任の言った言葉が美織の中で何度も反芻している。





 「それでそれでー?」


 綾葉はニヤリと笑いながらかす。


 「えっ……と、卒業式の後、告白、しました……」

 「流石!」


 ヒュウッと口笛を吹くあたり、綾葉は恋バナが案外好きなのかもしれない。


 「あ、でもでも聞いて、まだ続きがあるんだけど……」





 好き、と告げたときの律の表情は、何とも形容しがたいものだった。

 驚きを表していながら、わかっていたような、寂しげな色を含んだ表情だった。


 「そっ……か」

 「あ、えと……」


 美織の告白が原因を作ったのだが、その雰囲気にいたたまれなくなり、思わず俯く。

 律は空を仰ぎ、ゆっくりと溜め息をついた。


 「先に返事から言った方がいいかな。ごめん、美織ちゃんの想いには応えられない」


 美織はぱっと顔を上げた。


 「俺さ、ずっとカナの傍にいて考えたんだけど。—――男女の友情関係って、ありえないのかな」


 美織の口がキュッと引き結ばれる。


 「カナに近づいてくる女子は、皆カナの容姿しか見てなくてさ。そんなことで自分の好きな人を決めていいのかってずっと思ってた」


 美織の顔がまた下を向く。


 「そういうのを見てきちゃうとさ、もう色恋沙汰とかどうでもいいやってなってきて」


 だから、ごめん。

 律は、美織を無下にすることも美織の機嫌を取ることもせず、ただ、美織の告白を断った。


 ああ、こういう人だから、私は。


 美織は心から微笑んだ。


 「本当にありがとう、私の好きな人になってくれて」

 

 頭を下げた美織の耳に、乾いた笑い声が届く。


 「なんだよ、それ……」


 カナや真奈津の前でしか見せないようなその表情は、美織の脳裏に深く焼き付いた。





 話を終えた美織は、口を閉じるのと同時にスプーンを置いた。


 「どう?そこまで面白くもないと思ったけど」

 「ううん。いい恋をしたんだなーって思ったわ」


 美織はふふ、と照れ臭そうに微笑む。


 「……それで?そこで固まってる奏君はどうしたのかな?」

 「い、いや……。何でも、無い」


 綾葉は、大方、美織の好きだった人の話を聞いてショックを受けてるんでしょうよ、と適当に見当をつけ、小さく肩をすくめた。


 「俺、ちょっと宿題が……」

 「部屋に戻るのね。いいわよ、食器洗いくらいやっておいてあげる」


 ありがと、とモゴモゴと呟いて、奏は部屋を飛び出し、二階にある自室に入る。

 そして、本棚の最下段の隅から分厚い書籍を取り出した。

 表紙には「卒業アルバム」と。

 ページをめくる指は、慣れた手つきでそのページを見つけ出した。

 集合写真を見れば、鮮明に思い出せる、桜咲く日の思い出。


 「マジかよ……」


 奏が親指でそっとなでたその写真には。

 完璧な笑顔の律、明るく元気に笑う真奈津。

 ―――そして、寂しそうな笑みの美織と仏頂面の奏が写っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る