第12話 夕食は恋の嵐

 綾葉あやはの家のダイニング。


 「美織みおりー?お皿運んでよー」

 「りょーかいっ」


 その日、かなでが作った夕食はカレーライスだった。


 「んー、なんかありきたりだよねぇ」

 「いいだろ別に!やっぱり友達と食べる夕食と言ったらカレーだろ」


 〝ありきたり〟と美織は一蹴したが、奏は反論した。


 「いやー、そういうところの発想が貧困だと思うよ?」

 「余計なお世話だ」


 そんな風に軽口をたたき合っていると、奏が鍋をかき混ぜていた手を止めた。

 どうやらカレーができた様子。


 「ほら、カレー盛り付けるから持って行ってよ」

 「はーい」


 カフェ側のスペースを片付けていた綾葉が戻ってくると、三人は席に着き、手を合わせた。


 「「「いただきますっ」」」


 美織が一口スプーンにすくい、口に運んだ。


 「ん、甘い」

 「あ、甘すぎた?」


 んーん、そんなことない、と美織が首を振る。


 「うちで食べてるのは中辛だから」

 「これも中辛だよ」

 「え、そうなの?」

 「隠し味に蜂蜜入れてるからかも」


 なるほど、と美織が頷く。通りで甘いわけだ。


 「私は奏の方が好きかなぁ」

 「っ!?」


 カレーをほおばりながら呟いた美織の言葉に、奏が異常なほどに反応する。


 (え、俺!?いやいやいや冷静に考えて違うだろ、でも勘違いするようなことを言う美織も美織で—――……)


 などと、〝氷の王子〟らしからぬ動揺ぶり。


 「いやカレーのことだよな、カレーの」


 自分を落ち着けるように言う。


 「奏?何と勘違いしたのかなぁ?」


 事情が呑み込めた綾葉がからかい口調で言う。


 「いや、別に?」


 数秒で動揺をねじ伏せた奏は、ある意味〝氷の王子〟とも言える。

 なんだ、つまんないのー、と綾葉は唇を尖らせた。

 状況がよくわかっていない美織は気にせず別の話題に変える。


 「そーだっ、この間さぁ、うちのクラスの女子に絡まれたんだけどさぁ」

 美織としては軽く言ったつもりだったのだが、奏はえっ、と驚きを示した。

 「大丈夫だったのか?」

 「うん、特に深刻なことじゃないんだけどね。氷の王子サマと一緒に下校してるなんて、どこの何様だ、みたいなこと言われたかな」


 は?と奏は眉をひそめた。


 「いやー、女子の嫉妬って怖いねぇ」

 「本当だよな」

 「だから奏、ちゃんと氷の王子の口からそんなんじゃないって言っといてよ」


 奏の顔が怪訝そうな表情になる。


 「〝そんなん〟ってどういうことだ?」

 「ん、ほらぁ……」


 美織がじれったそうな、それでいて少し照れているように言葉を絞り出す。


 「あの———……付き合ってるわけじゃない、って」


 奏がジャガイモをのどに詰まらせ、盛大にむせた。


 「あれ、奏大丈夫?」

 「大丈夫だと思うわよー。多分具のサイズが大きすぎたのよ」

 「そっかー」


 (綾葉さん!事情分かってるからってニヤニヤしないでくれ!っていうか何で今日はいろいろと恋愛方面に話が行くんだ!?)


 奏の心の絶叫もむなしく、綾葉が今の話を詳しく聞こうとする。


 「なになに、美織。詳しく聞かせて」

 「いいよー」


 (やめろぉぉぉぉぉ!!)


 「あのね、奏ってね、学校では女の子たちに〝氷の王子〟って呼ばせてキャッキャウフフしてるの」

 「その言い方語弊があるぞ!それに事実無根のことをそれっぽく言うんじゃねぇ!」

 「へぇ、そうなの」


 あらあら、という目で奏を見る綾葉。


 「嘘だろ!信じるなよな、綾葉さんも」

 「奏ならやりかねないからなー」

 

 (ああもうなんでこうなるんだ!?)


 「美織は好きな人とかいないの?」

 「今はいないけど—――……いたことはある」


 ガシャン、という音は、見るからに挙動不審になった奏が、コーヒーの入ったマグカップを倒した音だ。

 

 「奏ー、何やってんの」


 美織は呆れ顔だったが、綾葉は口元を押さえ、笑いをこらえるのに必死だ。

 

 「美織。話、続けて?」

 「はーい」


 綾葉が先を促す。


 (ここまで来たらもう確実にわざとだろ……)


 しかし、気になることは気になる奏。結局、一緒に話を聞くことになってしまうのだった。


 美織の初恋は、小学五年生の時だ。

 クラスに、学年一、二を争うレベルのスーパー美少年がいた。

 クラスの女子に話を聞いてみると、クラスメイトだけで八人は彼のことが好きだったらしい。もちろん別のクラスもあわせたらものすごい数だ。


 そういうことには疎い美織だったのだが、友達がキャーキャー騒ぐので、自然と彼の情報が集まってきた。


 学校には、いわゆるグループというものが存在する。

 もちろん彼はクラスの中でもひときわ目立つ、中心のグループに属していた。

 いや、彼のグループだからこそ中心にいたのかもしれない、と今になっては美織は思う。

 そのグループにいるのは、ほとんどがスーパー美少年のおこぼれに預かりたい、という連中で、一般的に〝イエスマン〟と呼ばれる人だった。

 その中で一人、彼と対等に渡り合える人間がいた。彼の幼馴染だ。

 そのスーパー美少年は、周りに群がってくるクラスメイトは適当にあしらっていたのだが、その幼馴染といる時だけは表情が緩むこともあったのを、美織は知っている。

 

 美織が心を惹かれたのは、そんな表情が緩んだ時のスーパー美少年—――ではなく、彼にそんな表情をさせることができる彼の幼馴染、大原おおはらりつだった。


 「へぇー、そのスーパー美少年君を好きにならないところが美織らしいわね」

 

 「えぇ、そうかなぁ」

 

 美織と綾葉はそう笑い合っていたが、奏の鼓動は速くなっていくばかりだった。


 (マジか……)



 それから、美織はふとした時に彼を視線の端で追っていることに気が付いた。

 

 「きゃあ、まさかあの美織にも春が来た!?」


 などと、友達の真奈津まなつは勝手なことを言っていたが、美織には訳が分からない。

 どういうことかとその友達に訪ねると、にやにやと笑って口を耳元に寄せてきた。


 「それ、絶対恋だよ、恋」


 そう言われて動揺しなかったと言えば嘘になる。

 しかし、案外動揺していないことに動揺した。

 恋とは、こんなにあっさりと受け入れられるものなのか、と。

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