第1章・いくつもの奇妙な出会い(3)
◆
カケルと出会ってから数日が経った。
今のところ彼の僕に対する興味は全く薄れていないようで、鳩舎の掃除や食事の世話などをきちんとしてくれている。人間の子どもは飽きっぽいから、もしかしたら早々に飼い主の役割を放り出すんじゃないかと思ってたので、ちょっと意外だ。
その点は見直したというか、彼の意志を認めてやってもいい。
もちろん、作業が雑だったり拙い部分もあったりするけど、それはヤマオ爺さんがフォローしてくれているから生活に何ら支障はない。むしろカケルはヤマオ爺さんに内緒で玄米やピーナツを食べさせてくれるから、食事面での待遇は良くなったと言えるかもしれない。
……ま、大抵はそのことがヤマオ爺さんにバレて、カケルは叱られているけどね。
そして今、僕はヤマオ爺さんに連れられて遠出をしている最中だ。カケルも一緒にいる。
ただし、ふたりの姿は僕の位置からは見えない。なぜなら僕は小さな箱に入れられ、軽トラックとかいう
進んでいる方角は北東、距離は現時点で鳩舎から百キロメートルといったところだろうか。脳内のコンパスや僕自身にもよく分からない不思議な感覚がそう教えてくれている。つまり今日は長い距離を飛んで鳩舎へ帰るという仕事をさせられるのだろう。
ちなみに僕たちはいつも鳩舎の周りで飛ぶ仕事をしているけど、定期的にこうして出張をすることがある。特に『レース』という重要な仕事をする時が近付いてくると、その頻度が増えるというのは経験で承知済みだ。まぁ、今夏以降は新入りたちを優先しているみたいだから、僕の出張に関しては久しぶりだけどね。
…………。
それにしても、立ち止まることが増えてきたな……。
ここに来て軽トラックはスピードを落とし、何度も立ち止まっている。さすがにほぼノンストップで百キロメートルの距離、しかも僕が本気で飛んだ時よりも速く走り続けてきたのだから、彼が疲れるのも無理はない。
それでもヤマオ爺さんたちや僕を載せた上でのあのスピードとスタミナだから、軽トラックってヤツはバケモノだと思う。いったいどんな訓練や食事をしているのだろう?
なお、以前に体力作りの参考にしたくて問いかけたことがあるんだけど、無口で無愛想だから何も返事をしてくれなかった。やはり簡単には秘密を明かせないということなんだと思う。
「……ん? 着いた……のかな?」
やがて軽トラックはだだっ広い更地の真ん中で止まった。普段は畑として使われているのか、あるいは単なる草原なのかは分からない。だけど僕が住んでいる街は人間の家が所狭しと建ち並んでいるから、ここまで開けた場所がないのは確かだ。
ヤマオ爺さんの話だと、僕たちが住んでいるのは東京都
また、気候は温暖で空気は少し淀んでいるけど、我慢できないほどじゃない。
いずれにしても僕たちレース鳩にとっては、どちらかといえば住みやすい地域だと思う。
「カケル、降りるぞ。転ばないように気をつけろよ」
「うん、分かった!」
どこからかヤマオ爺さんとカケルの声がした。一方、軽トラックのヤツはとうとう力尽きたみたいで、完全に沈黙してしまっている。走っている時の激しいうなり声や振動は伝わってこない。
まぁ、せいぜい今のうちにゆっくり休んでほしい。いつも通りであれば、僕が仕事を始めてすぐにまた走らされるんだから。上空からそういう光景を何度も見ていて、僕はそのことを知っている。それでも彼は愚痴のひとつも零さないのだから偉いと思う。
(つづく……)
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