第1章・いくつもの奇妙な出会い(2)

 

 僕は抵抗をやめ、大人しくヤマオ爺さんの手に収まった。温かさと優しい感触が全身に伝わってくる。これなら安らかに逝けそうだ。


 そして一緒に鳩舎の外へ出ると、すぐに彼は僕の左足に付けられている金属の輪っかを覗きこんでくる。この輪っかは僕が生まれてすぐの頃に付けられたもので、これには人間の使う文字が刻まれている。


「足輪番号はJP-21-00304か。ということは、やっぱり『ツバサ』だな。血統はそこそこ良いから期待してたんだが、最近は平均的な記録しか出てないんだよなぁ。――うん、こいつならカケルにくれてやってもいいか」


 ツバサというのはヤマオ爺さんが僕に付けた名前だ。翼の大きさや筋肉の付き方が立派だからだそうだ。


 ……まぁ……僕にも多少はその自覚が……あるけど。


「カケル、しっかり面倒を見てやるんだぞ。やり方は少しずつ教えてやる。専用の小屋を用意してあるから、ツバサをそっちへ移そう」


「うん!」


 カケルはヤマオ爺さんの手の中にいる僕を優しく撫でてくる。小さくて柔らかな感触と、ヤマオ爺さんよりも弱い力。まだおっかなびっくりというか、微かに震えていて、緊張感を持っているのが伝わってくる。


 それと同時に、僕に対して気を遣ってくれているというのもなんとなく分かる。敵意や悪意のようなものは一切感じられない。雲ひとつない青空のような純真無垢。だから身構えていた僕の心も自然と解けていくような気がする。


 いずれにしても、どうやら僕は食べられてしまうわけではないらしい。どんだ早とちりだ。取り乱していたのがちょっと恥ずかしい。


 こうして僕は直後に新居へ引っ越しをした。場所は今まで住んでいた鳩舎の隣。専用のスペースで過ごせるようになったのはいいけど、こぢんまりとしていて窮屈な感じはする。でも違和感があるのは最初だけで、すぐに慣れるだろう。


 そんな感じで僕が新居で佇んでいると、カケルがニコニコしながら覗きこんでくる。


「ツバサ、今日からボクが新しい飼い主だよ。ボクは吾妻カケル。十歳。よろしくね。これからボクも一緒にここに住むんだ。家族になるんだ。しっかりツバサの面倒を見るから、速く飛べるように頑張ってね」


 それからしばらくカケルは僕をじっと眺めていた。それはヤマオ爺さんに呆れられるほど長い時間だった。だからカケルが鳩舎を離れた時、空はすっかり茜色。風には涼しさが混じり、トンボがたくさん飛んでいる。


 でもどれだけ期待されても、僕は今までのスタンスを変えるつもりはない。


 カケルに対して何の義理もないし、飼い主と言ってもそれは名目上のようなもので、実質的には依然としてヤマオ爺さんが飼い主だろうから。そもそも速く飛んで得られるメリットよりも、被るデメリットの方が大きいのは変わらない。


 だから僕はカケルに対してどこか冷めたような気持ちを抱きつつ、眠りについたのだった。



(つづく……)

 

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