第2話 視えるもの
あれから退院して一人暮らしをやめ。実家に帰ったおれは、しばらく寝たきりだった。
体調がわるいわけでも、身体を痛めたわけでもない。
無気力。
それに尽きる。
仕事は好きだったし、こう、……なんと言うんだろう。
体の疲労の限界、という思いもよらない原因で辞めたことに自分なりに思うことがあるのか。
それが何かすら、考えれない。風呂に入れない日も続いた。
最初はスーツを着ていないことに違和感があったが、もう慣れた。
しばらく何もできない日が続き、やがて徐々に回復の兆しがみえた。それは、他ならぬあの数字のおかげだ。
「か、母さん。最近、おれのこと以外で……なんかあった?」
「え? 突然どうしたの。……んー、とくに?」
「そっ、そうか。ならいいんだけど」
「?」
母さん、……頭の上に【99】って出てるんだけど!?
なんだよ、99って。RPGのレベルならカンストだぞ?
ラスボスかよ、うちの母。
というかこの数字は結局なんなんだ? 突然、目が覚めたら視えるようになった。
ふつうチートなスキルってんなら、チュートリアルだの説明だの、してくれるんじゃないのか?
ってことは、これ。発動するようなものじゃないってことだ。
見える直前、おれは過労で倒れた。……となれば。
疲れ具合? お疲れ度、とでも言おうか。
……確信はないが、ひとつ試してみるか。
「母さん、今からパートだったよね?」
たしか、10時から15時でスーパーで働いていたはずだ。
今は午前9時。
「そーだよ」
「……なら、今日はおれが夜ご飯つくるよ」
「──っ、え!?」
「た、大したもんは作れないけど」
そんなに驚かなくても……。
しかし、ちょっと試したいことがあって、とは言えないしな。
「まだ、無理はしない方が……」
「いや、たまには身体、動かそうかなって」
「そ、そう? なら冷蔵庫の中、好きに使ってくれていいから……」
心配そうに言う。ちょっとだけ胸が、きゅっとなる。
「うん、わかったよ」
もし99がカンストなら、増えることはないと思う。
たったひとつ家事を手伝っただけで、それが減るとも思わない。
でも、もしかしたら。
「じゃ、行ってくるから」
「行ってらっしゃい」
母さんの背を見送り、彼女の一日を考えてみる。
朝5時から起き、父さんのお弁当作りと、一人暮らしをする弟以外。家族四人の朝ご飯を用意して。洗濯。それからうさぎさん──ホーランドロップの『しじみ』ちゃんのケージを掃除。餌やり。部屋を散歩させる部屋んぽタイム。父さんが起きてくる。
この時点で7時前。今日と明日の天気をチェックしていると妹が起き出して、専門学校に行く準備をする。
母さんは二人のご飯をテーブルに用意する傍ら、洗濯物を干して二人に忘れ物がないかチェックし、見送る。7時半。
少しだけしじみちゃんをモフるとケージに戻して、家の中を掃除。8時。
ちょっと世間のニュースを観て、自分の仕事の準備に取り掛かる。
休憩なしの5時間立ちっぱなしで働いて、職場で買い出しをして帰宅。16時前。
洗濯物を取り込み、畳み。今日と明日のお弁当の兼ね合いを考え、作るものを決める。17時。ご飯を作り終えると父と妹が帰宅。18時。
あ、お風呂の用意もしてくれてるよな。
んで父が食べたい時間にごはんをテーブルに用意して、食べ終えて、食器を片づけて、お風呂に入って……しじみちゃんを部屋んぽして、就寝?
「趣味の時間って……、いつだ?」
恐ろしいことに気付いてしまった。
母さんは、いつ自分の時間を持っているんだ。そう言われると、彼女の趣味は知らない。趣味がないのではなく、時間がないんだ。
「そりゃ、99だよな」
一人暮らしをして、よく分かった。『ふつう』に整った生活をすることが、いかに大変かということを。朝気持ちよく起きて、朝ご飯を食べ。しっかりエネルギーを充電した状態で昼休憩をむかえ。夜、栄養満点のご飯を食べ、ぐっすりと眠る。
それが、どんなに幸せなことだったのかが良く分かった。
自分の心身を見る余裕がないのは……、おれだけじゃないんだ。
「……なんだかなぁ」
そして、母さんだけじゃない。
世の中、そんな状態の人であふれている。
◇
95!
やはり、お疲れ度で間違いない。
母さんが帰宅した時点では、99だった。それが、ご飯を食べ、片づけもおれがやると言った瞬間。95になった。
もしかしたら、母さんは料理自体は好きだけど、片付けにはストレスを感じていたのかもしれない。だから、料理に対しての減少はなかった。
うーむ。ってことは、数値化には規則性はないな。
人によって料理が心から苦手な人もいて、お疲れ度が一気に減少する人だっているだろうし。あくまでその人が、今疲れているのか。そういう数値だろう。
でも、これが視えたところで…………なんになる?
母さんや身近な人に対しては、負担を考えるいいきっかけになったと思う。思うけど、おれだってずっと今のまま手伝えるとは限らない。
また一人暮らしに戻るかもしれないし、実家にいながら夜勤の仕事をするかもしれない。
この謎の現象を……、どう生かしたらいいんだ?
仕事か? 仕事に生かせばいいのか?
「……癒し、か」
パッと思いつくのは、しじみちゃんのような動物。
動物カフェやペットショップのスタッフ。専門的な知識はないから、一人ではできない。誰かに教えてもらえる環境の仕事。
あとは、サウナ、温泉。うーん。スイーツ?
……あ。
「マッサージ?」
これまた未経験でも可能な、研修がある店じゃないと無理だが。
「試しに、受けに行ってみるか」
自分の数値は見えないが、体感でもいい。
人を癒す、って。何だろう。そのヒントになればいい。
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