過労で倒れたら、『お疲れ度』が視えるようになった件

蒼乃ロゼ

第1話 見えないもの


「あ」


 これ、ムリなやつだ。


「おっ、大塚──」


 システム開発会社SEのおれ。夜勤中、自動精算機の不具合で電話対応。

 遠隔で処理は難しく、部品交換のため翌日すぐに現地へ飛ぶらしい。

 ので、考えられる原因と対処法をすべてまとめ、持っていく物をリストアップしていた。


 ホテルや病院、チケット販売の自動精算機。スマホのタッチ決済システム、飲食店のタッチパネル注文システム。

 多岐に渡る弊社のサポート業務、やりがいはあるものの、そもそも業界全体がSE不足で大変。


 今日はこれが終わったら、一旦寝る。そう、己を鼓舞していたものの。

 昨日は別件で立て込んでいて、そういや寝ていないことを思い出し、意識を手放した──



 ◇



「はぁ……」


 あれから目が覚めると病院で。心配して見舞いに来てくれていた同僚の顔を見て──泣いた。

 限界だったのだ。


 仕事は正直、好きだった。おれは特別、勉強が好きなわけでも、頭がずば抜けていいわけでもない。そんなおれでも医療機関に対して、電子カルテや精算機の分野で役に立つことができた。レジャー施設向け製品の整備に行けば、楽しそうに笑う家族連れがいて、彼らのその笑顔の要因となれたことが誇らしかった。

 ただ、この国は『便利』という状態に慣れ過ぎた。

 その結果、不具合でお客様を待たせてしまうと、取引先に即クレームがいく。そしてそのしわ寄せがこちらにくる。

 彼らだって人間だ。専門家であるおれたちに、怒りを抑えている声色で「早期のご対応、よろしくお願いいたします」と聞かされる。


 気持ちは分かる。便利に慣れたのは、おれもそうだからだ。

 24時間営業の飲食チェーン店。田舎に行けば、夜に働き手がおらず夜間営業していないことも稀にある。


 夜、高速に乗って四時間。取引先へ向かう車内で、コンビニ弁当を食べることもある。

 なんだかなぁ、という気持ちで向かえば同様に夜勤中の従業員に、「早く復旧して」という目を向けられる。


「なんだかなぁ」


 おれは、おれたちは、慣れ過ぎた。

 だから自然と他人の、とりわけお客様のことをよく見るようになった。

 便利になると、一つの不具合があらゆる場所へ波及する。それに怯えて、一生懸命に目の前のことに取り組む。

 会社が強制したわけではないが、そうしないと回らないことは全員が分かっていて。かといって求人を募集しても、応募は少ない。


 その結果、過労で倒れたわけだ。


 お客様はとても大切だ。彼らのおかげで、おれは生活するためのお金を得るだけでなく、感謝ややりがい。彼らの笑顔で心の栄養ももらうことがある。

 だが、何かに怯えてそれしか見えていないと……こうなる。


 おれはもう少し、自分の心身に目を向けるべきだったのだろう。


「……ん?」


 上司が見舞いに来てくれた。彼には妻子もいて、大人の男性って感じだ。よく30前半と言われるが、おれは28歳。どこか、年上である上司のことを兄のように慕っていた。


「大塚くん、ほんとうにいいのかい?」

「え? あ、はい」


 おれは退職する方向で話を進めている。その件で、ひじょ~に真面目な話をしている最中なのだが……。とあることが気になって集中できない。


 ──あ、頭のうえに……数字!?


「そうか、残念だけど……。君の体が一番だからね」

「っお、恐れ入ります!」

「? どうかした?」

「い、いえ!」


 数字……だよな?


 上司の頭の上には、ハッキリと【34】の数字が浮かんでいる。

 しかもパソコン上で見慣れた、きれいな字体。

 頭の横幅と、同じくらい。まさにその人の数字だとでも言わんばかり。


 34って……なんだ? 上司は47歳くらいだったと思う。

 年齢ではないはず。

 おれは? おれには……、見えないな。


 掌を見ても、特に数字は見えない。他人だけに視えるのか?


「やっぱり、まだ体調がわるい?」

「ちょっ、ちょっとだけです!」

「無理はしないようにね」

「ありがとう、ございますっ」


 いかん。謎の数字に気を取られ過ぎて、上司に伝えたいことが言えなくなってしまう。


「あのっ」

「ん?」

「……いつも気遣っていただき、……ありがとうございました」


 仕事量が多いことと、彼は直接の関係はない。おれのいた部署は、全員が同様に忙しかった。

そんな中でも部長である彼は、現場に出るおれたちにもいつも気を配っていた。コーヒーをおごってくれて、最近はどうだ? とヒアリングをしてくれたり。

 分からない部分があれば、丁寧に教えてくれたり。

 彼にも上と現場との板挟みになる葛藤もあっただろうに、不機嫌なところは見たことがない。なにかあれば、手の空いた頃を見計らって直接おれたちに「実はさ~」と声を掛ける。

 もしかすればSEとしての無駄のない効率的な思考が、職場環境を考えた上で最善の部長像を導き出していたのかもしれない。

 もしそうだとしてもひそかに、尊敬をしていた。


「……過去形なんだ?」

「え?」

「これまでのようにはいかないけれどね。また困ったことがあったら、……いつでも言いなさい」

「…………は、いっ」


 いかん、また泣きそうだ。


「一緒に働けて……っ、うれしかったで、す……」

「私もだよ、ありがとう」


 お、お父さん! とでも呼んでしまいそうだ。

 いや、うちの父さんも生きてるんだけど。


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