少年期 ~真夏の夜の物語り。

梅鶯時光

第1話 月の欠片を拾った夜。

 月の欠片を拾った夜


 それは僕がまだ幼い頃


 台風が去った真夜中の事


 ひとり、こっそりと布団を抜け出して


 お爺ちゃんの下駄を履いて


 音を立てない様にそっと歩いた夜の事

 

 広がる田んぼの稲は〝おやすみなさい″をしている


 見上げる夜空は


 雲ひとつない満天の星空


 僕は溜息を吐いて肩を落とした



「あーぁ、夜空を全速力で飛んで行く、雲さんが見たかったなぁ……」


 キラキラと輝く星達に見つめられて


 少し照れ臭かった夜の事


 ひと際輝くお月様が


 優しく僕に話し掛けて来た


「坊や、一足遅かったね。みんな台風が連れて行ってしまったよ。ごめんね」


「ううん、ボクがもっと早く出れば良かったの。だから、良いの」


「そうかい。雲は行ってしまったけど……ほら、見て御覧。その代わりにこんなにも奇麗な星達が輝いているよ」


「うんっ! でも、どうしてお月様はお話が出来るの?」


「今、私を見ているのは坊やだけだからだよ」


「ボクだけ? ふーん。じゃぁ、内緒で教えて。ねぇ、お月様。お月様はどうして形が変わるの? 見えない時は何をしているの?」


「それは坊やには難しいかなぁ。坊やは幾つだい?」


 僕は夜空に両手をかざし、右手を開き左手の人差し指を立てた


「来年、小学校に上がるんだよ」


「それなら、先生に聞いてごらん」


「うん、わかった」


「さぁ、もう夜も遅い。お父さんやお母さんが心配するよ。風邪を引くからお家にお入りなさい」


「ねぇ、お月様。お月様はずっと外に居て風邪を引かないの? お父さんやお母さんは心配しないの?」


「私は風邪も引かないし、父さんも母さんもいないよ」


「だったら、お月様を置いて行けないよ。ひとりぼっちじゃ淋しいでしょ? ボクが一緒に居てあげる」


「ありがとう。でも、星達はみんな家族なんだ。私も西の空に消えて行く。だから心配しないで。さぁ、お家にお入りなさい」


「うん、わかった。じゃあね、またね。バイバイ」


 お月様に手を振って


 家の門まで来た時に


 振り返ってもう一度


 お月様に手を振った


「バイバイ。おやすみなさい」


 お月様からキラキラと


 零れる雫が落ちて来て


 拾い上げた月の欠片



「こらっ、ダメじゃないか。そんな恰好で外に出て、早く家の中に入りなさい」


「はぁーい」


 月の欠片を拾った事は


 父さんには内緒にした


 それから何度かお月様と話をした


 中学生になった頃


 お月様は話をしてくれなくなった



 僕は社会人になった


 結婚をして子供を連れて


 夏休みに帰省をして


 あの日の夜と同じ様に


 こっそりと外に出た


 お爺ちゃんはもう居ない


 スニーカーのかかとを踏んだまま


 あの時と同じ様にそっと歩いた


 見上げる夜空は雲に覆われて


 辺りは闇に包まれている


 田んぼの稲は風と一緒に踊っている


 月の明かりが照らしていれば


 壮大なball-roomだろう


 僕はポケットに仕舞っておいた


 月の欠片を取り出した


 ほんのりと静かに光っている


 大人になった僕には


 もう必要が無いのかもしれない


 僕は月の欠片に


 そっと〝ありがとう″と言って


 夜空に投げた



 月の欠片は暗い夜空に飛んで行き


 天高く昇り輝きを増していった


 そうして雲にぶつかると


 水紋が広がる様に雲が消え


 大きく広がる夜の空に


 まぁるい、まぁるい、お月様が顔を出した。

 


「やぁ。今晩は」


「お月様、今晩は」


「坊や、大きくなったね。幾つになったんだい」


「もう両手じゃ足りない程の年齢です」

 

「そうかい。大人になったんだね」


「はい。だからもう必要無いと思って、お月様の欠片をお返ししたのです」

 

「あぁ、これが無いと満月になれなくてね、欠けている所をいつも雲に隠して貰っていたんだ。ありがとう」


「いえ、ありがとうを言いたいのは僕の方です。僕は天文学者になりました。だから、何時かお礼を言おうと思って。ずっと、見上げていたのです」


「そうかい。ありがとう」


「お月様とお話が出来て、とても嬉しいです」


「私も嬉しいよ。でも、私があの夏の夜に泣いた事は秘密だよ。私の孤独を知っているのは坊やだけなのだから」


「えぇ。僕とお月様の秘密ですから」


「私は何時も坊やを見守っているからね」



 地上に落ちた月の欠片は

 

 お月様の孤独の涙


 あの夜、月の欠片を拾わなかったら


 今の僕は存在しないだろう



「おとうさん、だれとお話しているの?」


「お月様とお話をしていたんだよ」


「ほんとう? おかあさんが風邪を引くから家に入りなさいって」


「あぁ、分かった。さぁ、お家に入ろう」


「おとうさん、お月様と何をお話したの?」


「それは秘密」


 息子と一緒に家の門まで来た時に


 振り返ってもう一度


 お月様を見上げて手を振った


 眩しい程の月明かり


 田んぼの稲は楽しそうに


 風と一緒に踊っている


 雲が消えた夜空は


 キラキラと輝く星達で埋め尽くされ


 ball-roomの観客は満員だ


 瞬くそれは拍手の様に


 稲と風のダンスを祝福している



 半月の形のスイカを食べて


 幾つもの三日月を作った


 夏休みは終わり


 両親に別れを告げ


 東京へ帰る列車の窓から


 青空を見上げると


 下弦の月が音も無く輝いていた


 僕は窓を開けて身を乗り出し


 手を振って〝さよなら″をした。


 


 ―― 終わり


 




 


 












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