短編72話  数ある卒業帰り道

帝王Tsuyamasama

短編72話  数ある卒業帰り道

(卒業、か……)

 上靴はげた箱へしまわず、学校指定紺色セカバンセカンドバッグに入れた僕、霧野きりの 雪次ゆきつぐ

 かかとも結構すり減ってきて、いろんなところに汚れも目立って、内側のかかとのとこもちょっと破れかかってる、愛用の白色運動靴を履いた。

 今着てる学生服も、入学したときは大きかったのを覚えてる。特にそで長すぎだった。

 首の後ろをガードする白いカラーも、ちょっとよれちゃってる。ネームプレートも外れかけたことがあったけど、家庭の授業で習った技術で縫った。

(このセカバンも……お世話になったね)

 玄関ポーチを出て、

(ふぅっ。これで……本当に、よかったのかな……?)

 僕は今日、中学生を卒業した。

 振り返って、改めて眺めてみた校舎。ここでの三年間は、本当にいろんなことを、僕に経験させてくれたと思っている。

 行事やテスト、部活や他の学校との合同授業とか、ひとつひとつを思い出していたら、家に着くまでじゃ全然時間が足りないだろうなぁ。

 でも僕は、そのいろんな瞬間を思い出そうとするとき、友達のことが、より先に思い浮かぶ。

 この中学校は、地域にひとつしかないから、地域にあるいくつかの小学校からの卒業生が、いっぺんに集う中学校だった。

 だから、よく知っている友達が多かったけど……

(……こんなにもよく知っているはずで、あんなにもいっぱいしゃべったのに……僕は……)

 結局、青川あおかわ 咲紀さきちゃんに、告白できないまま……卒業になっちゃった。

 告白する勇気が出せなかったし、もし告白して振られちゃって、仲悪くなるのなんて、とっても嫌だ。

 咲紀ちゃんはかわいいから、かっこいい男子から告白されると思うし、僕といるより、もっと……幸せに…………

(……僕だって。そんなに悪すぎるまでは、ないと思うけどなぁ……やっぱりだめかなぁ……)

 女子の紺色セーラー服が視界に入ると、ひょっとして咲紀ちゃんなんじゃと思って、ついそっちに向いちゃう。

 まぁ学生は一年から三年まで、各学年百五十人以上いるから、ぱっと見てみたところで、都合よく咲紀ちゃん見つからないし、もしこのタイミングで咲紀ちゃんだったとしたら、それはそれでどうしたらいいのか、あせっちゃうだろうし……。

(でもやっぱり、卒業式の今日くらい、いっぱいしゃべりたい気持ちも……ね)

「帰ろう」

 ぼそっとつぶやいた僕は、正門に向かって歩きだした。

 玄関ポーチから正門までの、一直線の道。後ろ姿じゃみんなが何年生かわからないけど、学生たちが歩いてる。

(同じクラスにもなれたのになぁ)

 小学校のときから、二年生のときしか同じクラスになれず、咲紀ちゃんのことを高学年くらいから気になり出して、迎えた中学生じゃ一年二年と同じクラスになれなかった。

 だから三年生で同じクラスになったとき、僕はもっと仲良くなりたいと、密かに気合を入れていたけど……。

(その気合、表に出せなかったなぁ)

 いやっ、ちょっとは頑張ったんだよ? 部活部活動どれ入る? って聞いたときが、たぶんピークだったと思うけど。入学式から数日っていう、早すぎるピーク……。

 僕も思い切って、吹奏楽部に入った。きっかけはまぁこんなのだけど、でも自然と部活も頑張れたと思うし、後輩からもぼちぼち信頼してくれていたとは思う。

 ほどほどに頑張るのが、僕らしいのかな。思いっきり勇気を振り絞るのは、僕には向かないのかな。

(勇気…………勇気、か……)

 ……やっぱり。今日の夜にでも、電話してみようかな。高校始まるまで、少し休みみたいな日があるわけだし。

(そういえば咲紀ちゃんって、結局高校どこを選んだんだろう。部活聞くのがピークだった僕は、高校どこ行く? を聞けなかった)

 さあ、正門だ。僕は歩きながら、右手で塀に少しだけ触れて、正門を抜けた。

(…………なんで僕、今さら……)

 クラスでの記念撮影。友達とのおしゃべり。後輩たちによる入退場演奏。先生のお話。咲紀ちゃんの、笑顔と泣いちゃいそうな顔が混ざったみたいな表情。

 どのタイミングでも、泣くのを我慢できていたのに……。

(ははっ……やっぱり僕、諦めきれないや)

 今日の空はくもりが多めだけど、それらは薄めで、青空も充分見えていた。

(ぎりぎりセェーフッ)

 涙をこぼさず、一歩を踏み出せた。

「雪くんっ」

「えっ?」

 この声は! 後ろ? いやいないっ。前にも左にも。右!?

(いたあ!)

 髪が肩にかかるくらいでさらっさら。優しい笑顔で見つめてくれる、その立ち姿。聞こえてきた、ちょっと高めでかわいい声は、僕の好きな咲紀ちゃんで、間違いなかった。

 咲紀ちゃんは、卒業証書をセカバンに入れず、両手で持っていた。黒い筒には、金色の校章がよく見える。

「一緒に帰っても、いい?」

(うわー! 咲紀ちゃんからのお誘いだぁー!)

 ぼ、僕は誘うのに緊張するだけし倒して結局誘えず、っていうのばっかりなのに、咲紀ちゃん余裕?!

(ってお返事お返事)

「も、もちろん……」

 僕がそんなへにょへにょな返事をしたら、

(また笑うぅ~)

 ゆっくり近づいてきて、僕の右隣に立った。

「いこっ」

「えああ、うん」

 あれ、僕はいつから立ち止まっていたんだろう。とにかく僕は、咲紀ちゃんと一緒に、歩き始めた。


 このセーラー服+こげ茶色ローファー装備な咲紀ちゃんを見るのは、これが最後かぁ。

 遠くから見ることが多かった咲紀ちゃんの制服姿。部活やクラスでしゃべるときとか、たまに近づけるときはあったけど、今はとっても近すぎて、僕は緊張がっ。

 咲紀ちゃんは、さっき声をかけてくれたとき、立ち止まってたみたいだけど……やっぱり校舎を見てたのかな?

(しゃ、しゃべりたいとは思ってたけど、やっぱりいざこの場面になると、うぅ~っ……)

「雪くん、なかなか来ないから、もう帰っちゃったのかなとか、裏門から帰ったのかなとか、どきどきしてたよ」

「えっ!? 咲紀ちゃん、僕を待ってたの!?」

 うわ、つい声出ちゃったっ。

「うんっ」

(うんー!?)

 さ、咲紀ちゃんが、僕を待っていてくれてたなんて!

「ご、ごめん咲紀ちゃん、待たせちゃってっ」

「ほんとだよ~」

 ああ笑ってる咲紀ちゃん最高。ああぁ待たせてしまってごめんなさいっ。

「い、言ってくれれば、走って向かってた……よ?」

「言えるタイミングなんて、なかったよぅ。ずっとクラスで行動していたし、登校するときに十字路で待ってても、来てくれなかったし」

(と、登校~?!)

「昨日、全然眠れなかったから、今朝ちょっと起きるの遅くてさっ……」

(なんでかって? 咲紀ちゃんのこと考えてたからね!)

「最後の日だもんね。私もちょっと、眠りにくかったかもっ」

 咲紀ちゃんは、今日に何を思って眠れなかったんだろう。

(あっ、それよりもっ)

「ぼ、僕になにか用事っ?」

 なにも教科書借りていないよ……? とか思っていたら、咲紀ちゃんは改めて、こっちを見てくれて、

「……一緒に帰りたいなって、思っただけだよっ」

(うわぁー!)

 僕の後ろで大きな爆発音が鳴り響いてるー……!

「ぼっ、僕も! ずっと前から一緒に帰りたいって思ってた!」

「そうだったの? だったら、もっと誘ってくれたらよかったのに~」

「ああ、ごめ……ん?」

 さ、咲紀ちゃん、僕と一緒に帰っても、よかったんだ……。

(三年間。どれだけ『一緒に帰ろう』って、声をかけたかったことかっ!)

「くすっ、ううんっ。私からも、誘ってなかったもんね」

 そう。そういうふとした優しい言葉を言ってくれる咲紀ちゃんだから、僕は毎日うきうきで、でもどきどきが勝って、誘えなかったのさっ。

(つまり咲紀ちゃんは僕のドストライク!)

「……高校、始まったら……」

 僕は自然と、声が出ていた。

「見かけたら、一緒に帰ろうって、声……かけていい?」

 ずっと僕、この三年間の間に、もっとお近づきになれたら~とか、そういうことばかりを思っていたけど……今、咲紀ちゃんの言葉を聞いたら、もう、咲紀ちゃんへの気持ちは止まらないよ。

「うんっ。じゃあ私も、雪くんと一緒に帰るために、頑張って見つけるねっ」

(ああ……僕もう、天に召されても、いいや……)

 っていかんいかんっ。今天に召されたら、僕から一緒に帰ろうと声をかけた回数、ZEROで人生終了しちゃうっ。

 というか……一緒に帰ってもいいのなら……

「じゃ、じゃあ。もしかしてだけど……朝見かけたら、一緒に登校してもいい、とか?」

 実は。ほんの少しだけだけど、朝に遠くで登校している咲紀ちゃんが見えたときもあった。もちろんピークを過ぎていた僕は、そんな日でも声をかけられずじまい。

「もちろんだよっ」

(な、なんていうことだぁ……)

 え、じゃあ僕、一体何と戦ってたんだっ?

「じゃあ……見かけたら、声、かけ……ます」

 なぜか敬語。

「うん。私も、声かけちゃう」

 どんどんかけて!

(……ここまで来たら!!)

「だ、だったらさっ」

 ああ、まぶしい咲紀様のお顔。

「休みの日に見かけたら、声をかけて、一緒に遊ぶとか…………も?」

 最後だからって僕、こんな力ちゃんと持っていたなんて!

「……うんっ」

 キタァーーーーー!!

(でも今日卒業~!)

 でも心の中ではガッツポォーズッ!!

「連絡網に載っている電話番号に、かけても……いいよ?」

 ん? 連絡網?

 台風のときとかに活躍する、あの連絡網。

「ええっ!? 電話していいの?!」

 あ、ちょっと声大きかった?

「うん、いいよ?」

 僕はなんかちょっとだけ、ぽかーんとしちゃった。い、今さっき聞こえた言葉、現実世界で聞こえた言葉、だったんだよ、ね……?

 今日は一体、なにが起きちゃってるんだ……? 中学生三年間丸ごともそうだし、気になり始めたのは小学生高学年のときからだから、さらにプラス二年間くらい……ずっと僕は緊張しまくりで、たった一度すらも誘えなかったのに……あれよあれよと、うんうん言ってくれる咲紀ちゃん……。

(やっぱり……僕の考えすぎだった、ってこと……?)

 でもよく考えればそうだったかもしれない。僕はちゃんと、咲紀ちゃんが優しい人だって、わかっていたはずなのになぁ。

(これはあれだっ。周りがよく見えていなかったっていうやつ? あれ、ちょっと違う……?)

「じゃあ……ときどき電話する、よ」

「うん」

 実は、来週には電話番号変わるんですとかだったら……いやいや咲紀ちゃんはそんないたずらしませんっ。

 中学三年生だから、卒業だから、もう終わりかと思っちゃっていたけど……そんなこと、なかった。

「雪くん」

「な、なにっ?」

 咲紀ちゃんの雪くん、たまりません。

「中学生、卒業しちゃったね」

「ああ、うん」

 前を向きながら歩いている咲紀ちゃん。つまり横顔が見える。僕は今、横に並んでるんだ。

「学校行事の思い出、なにかひとつ……どうぞっ」

「思い出っ?」

 卒業式っぽい話題ではあるよね。

「そうだなぁ…………一年生の体育祭、とか?」

「一年生の? どうして?」

(部活の集まりのときに、咲紀ちゃんと手が当たっちゃったから!)

 なんであんな一瞬の感覚を、今でもはっきりと覚えているんだろう。

「咲紀ちゃんと……」

「私?」

(な、なんて言おう。手が当たったこと今でも覚えてます! とか、だめすぎるよね……?)

「……い、一緒にいられたから?」

 う。僕なに言ってんだろ。でもうまい言い方浮かばなかった。

「三年生は、もっと一緒にいたよっ?」

 あ、ちょっと笑ってくれてる咲紀ちゃん。

「そ、そうだねあははのは」

 でも僕にとっては強烈な記憶なんだっ。

「じゃあ、二年生の思い出は?」

 さっきのが一年生のことだったからか、学年ごとに聞いてくる方向になった模様。

「二年生は、遠足だよ」

「山登りした、あれ?」

「そうそう」

(お弁当のおかず交換したからね!)

「みんな疲れた~って言っていたけど、雪くんはあれがよかったの?」

(よかった)

「ああうん、僕も疲れたけどね」

「登りきったときのあの景色、よかったよね~」

「あ、う、うん」

 だめだ。僕の心は汚れている。

「それじゃあ、三年生は?」

「もちろん文化祭」

「そうだよねっ」

 クラスでやった劇が、舞台部門で優勝した文化祭。まさに中学三年間培ってきた全力を、クラス一体となって発揮できた瞬間だと思った。

「雪くん、かっこよかったよっ」

「わわわあ!! そそそんなことないない!!」

「ほんとだよぅっ」

 僕はヒーローの横にいた戦士役だった。大魔王の攻撃に苦戦するヒーローを、助ける役目だった。

「雪くんに、あんな才能があったなんてっ」

「じ、自分なりに頑張っただけ、だよ」

(だって僕たちが着ていた衣装作りに、咲紀ちゃんも担当していたからね!)

 負けるわけにはいかないさっ。

「雪くんとの思い出、結構あるね」

「う……うん」

 僕は……ずっと咲紀ちゃんともっと仲良くなりたい~もっと一緒にいるきっかけ作りたい~とか、そんなことを考えている日が多かったかもしれないけど、咲紀ちゃんからしたら、ちゃんと僕との出来事を、思い出として取っておいてくれていたんだ。

「雪くんと一緒にいるとね。なんだかちょっと、いつもより楽しい感じがするの」

「うぇ!? た、楽しい?」

 また笑顔でうなずいてくれる咲紀ちゃん。

「なんだろう。いろんな思い出の出来事に、雪くんがいると、ただ楽しいっていうだけの思い出じゃなくって、よかったなぁ~って、こう……もっと大事な思い出に思えてくる、みたいな……」

 ……僕の存在を、咲紀ちゃんの中で感じてくれているようで、これはとてもうれしいことだぞっ。

(あ、ほんとに天に召されちゃいそう)

 だめだだめだ。帰るまでが卒業式っ。

「僕も、なにか咲紀ちゃんのために、してあげられていた~……っていうこと?」

「そんな感じっ」

 その二段攻撃は反則だっ。

「き、嫌われてないみたいで、よかったよかった」

「嫌うわけないよぅっ。もぅっ」

 まさかのもぅっで締める三段攻撃! 破壊力抜群……。

「あ、雪くん。公園、寄ろうよっ」

「公園?」

 小学生のときにはよく来ていた公園。ここは小さめの公園で、ベンチ・滑り台・ジャングルジム・砂場、で置いてあるものが全部。

 もう少し離れたところに、ブランコやシーソーとかもある大きな公園があるから、ここは幼稚園~小学校低学年くらいの人が、よく来ているイメージがある。

 ちょうど公園の入口までやってきていたので、中を見てみたけど、今はだれもいないや。

「すぐ帰りたい?」

 愚問!

「ああいやいや、行こう」

(もっといたい!)

 小さな公園に入ると、足音は砂利のざくざくしたような音に変わった。

 咲紀ちゃんは少しだけ歩くスピードを上げて、先にオレンジ色のベンチに座った。セカバンは、咲紀ちゃんから見て左側に置かれた。

 二年くらい前? に作り直されたベンチだから、大きくて座りやすい。背もたれとか座るところとか、なんかカーブな感じ。

 僕は~……

(よ、横に座るの、緊張するなっ)

 でも立ったままっていうのも……ねぇ?

 と一瞬の迷いが頭をよぎっていたところに、咲紀ちゃんは右手でぽんぽん、イスを優しくたたいていた。

(僕もぽんぽんされたぃゲフゴホ)

 ここに座りなさいということだと思うので、心の中でちょっとだけ気合を入れて、僕は

「し、失礼します」

 咲紀ちゃんの右隣に座った。

 セカバンは、ひもを肩から外し右横に置いて……

(ち、近いっ)

 距離感を見誤ってたのか、咲紀ちゃんのスカートや脚が当たりそうなくらい、近くに座ってしまったっ。

 咲紀ちゃんは、手をそろえて座っている。僕はいつものくせで、両手をベンチにつきそうになったけど、咲紀ちゃんの脚に当たりそうだと思ったから、とっさに手を引いて、うーんと……ちょっと前かがみ気味にして、ひざ辺りに手を置いておこう。

 改めて……僕は今、咲紀ちゃんの横にいるんだなぁ。

 咲紀ちゃんは、まっすぐ前を向いている。

「咲紀ちゃんの思い出は?」

 聞いてみることにした。

「私は~……」

 考え始めたのと一緒に、両脚を前に伸ばしている咲紀ちゃん。そこそこの長さの白い靴下。

「一年生は、臨海実習かなぁ」

 うん。いいとこついてきますね。

「あの時びっくりしたよっ。雪くん、ヒトデ怖がらずに、すぐ手に持ったんだもんっ」

(……わずかな瞬間でもかっこつけたがる生物、それが中学生男子なのさ!)

「だ、男子たるもの、あの程度のモンスターに、恐れてちゃいけないのさ!」

(咲紀ちゃんにはついつい緊張しちゃうけどさ!!)

「やっぱり雪くん、かっこいいねっ」

「た、たぶんそれは違うよっ」

 一日で二回目ですよ? 咲紀ちゃんのかっこいい。僕そんなに咲紀ちゃん耐性ないから、天に召されるのも時間の問題すぎるっ。

「二年生は…………くすっ、ふふっ」

 笑った咲紀ちゃんって、もうこの世界の幸せオーラ全部を、ここ一点に集まってきてる感じだよね。

「雪くん、芝生でごろん」

「だあっ!」

 宿泊学習で二日目の朝、施設内にあった芝生ゾーンで、ちょっと寝っ転がっていただけだよっ。

(ほっぺたになにか当たったかと思って目を開けたら、僕を見下ろす私服笑顔咲紀ちゃん。うん? 最of高さいこう

 実際には、咲紀ちゃんは他の女子友達と一緒に来てたから、複数女子に笑われるという、うん、まぁそんな思い出さウッウッ。

「三年生は、文化祭もよかったけど、体育祭もよかったよね」

「ああ、もちろん」

 体育祭も体育祭で、クラス対抗大縄跳びで、僕たちのクラスが63回跳んで優勝だった。

 練習でも、一度だけぶっちぎりに多かった40回くらいが最高だったのに、まさか本番であの回数……あれはもう、全員がゾーン入ってたね。間違いない。

「練習のときから、みんなで盛り上がってたよね」

「そうだったなぁ」

 体育祭前の体育の時間って、体育祭関係の練習をすることになるわけだけど、休み時間に大縄大縄跳び借りて練習してたくらいだもんなぁ。

 僕たちのクラスは、なぜかみんな一致団結しまくってた。もちろん僕も自主練習に参加しまくった。

(だって咲紀ちゃんいるんだもゲフゴホ)

 さすがにあの時は、咲紀ちゃんいなくても参加してたと思うけどっ。

「そういう思い出も、雪くんと一緒に過ごせて……よかったなっ」

(隊長! もう装甲がもちません! 咲紀ビームは強力すぎます!)

(耐えろ! 耐えるんだ! 帰るまでが卒業式だ!)

「僕も、咲紀ちゃんといられて、よかった」

 緊張とどきどきがすごいので、前向いとこ。青緑色の網々フェンスと、その奥の林がよく見える。

「……今日で卒業だし。言っちゃおうかなぁ」

「えっ? な、なにを?」

 次強烈な咲紀ビーム撃ち込まれたらやばいよ!?

「さっき、登校や下校、お休みの日に会おうねって、なったよね?」

「う、うん」

 夢の可能性が高そうな決定事項だね。

「……実は。もっとね。前から、雪くんと……遊びたかったっ」

(隊長!! 艦を放棄しましょう! 乗組員もばったばった倒れています!)

(救護班を総動員しろ! 沈まなければいい! 帰れさえすれば、それが我が艦の勝利である!!

「でも、なんて声をかけたらいいのか、私、急に緊張しちゃって」

 まさか……咲紀ちゃんも、僕に声をかけてくれようとしていたなんて……。

「授業のこととか、なにか用事があるときとかだったら、声をかけられるのに、登校とか下校とか、お休みの日とか……自分から作るような用事のことだったら、なんだかその、緊張しちゃって……」

 日直ですらめちゃくちゃ緊張してた僕が、ここに一名。

「結局、一度も遊べないまま、卒業しちゃった」

 つまり……咲紀ちゃんも、僕と似たような感じだった、ってこと……?

「最後の日くらいと思って、正門の近くで待ってみて……もし雪くんと会えたら、声をかけようって……」

 少しだけ咲紀ちゃんを見てみた。ちょこっとだけ視線が下がっていて、腕もちょっと伸びてる。おててすべすべそう。

「やっぱり雪くん、私が思っていたとおり優しいから、誘ってみても大丈夫だったねっ」

「そ、それはほら、僕のことを優しいだなんて思ってくれる咲紀ちゃんこそ、優しいっていうこと……さっ」

 僕より咲紀ちゃんが優しい。これは解の公式くらい正確な事象。

「……ありがとっ」

(艦長! 大丈夫ですか!!)

(ぐっ、今のは効いた……だがわしは、まだやられるわけにはいかんのだ!)

「ねぇ雪くん」

「な、なに?」

「初めて会った日のこと、覚えてる?」

「は、初めて?」

 いつだろう。小二しょうがくにねんせい? 初めて同じクラスになれたから。当時はまだ、そんなに咲紀ちゃんのことを、意識してなかったけど。

「小学校の入学式っ」

「入学式!?」

 ちくたくちくたく。

「お、覚えてないや……」

 一年生のとき、クラスが違ったっていうことも、二年生のときに知ったくらい、まだまだ全然意識してなかったもん。

 ちなみにこの辺りでは、幼稚園と保育園両方ひとつずつあるので、それは人によってまちまち。僕は幼稚園で、咲紀ちゃんは保育園だったんだろうと思う。

「体育館の前で、緊張していた私とぶつかって、ちょっとぼーっとお互い見合っちゃって。私と雪くんそれぞれのお母さんが、ごめんなさいねって感じで話していたから、私もごめんなさいしたの」

(んむむ~……)

 言われるとあったような気はするけど、顔とか様子とかは、全然思い出せないや……。

「そうしたら、雪くんも深々と頭を下げてくれて。ふふっ。高校入試高等学校入学試験面接の練習よりも、もっと深く頭を下げていたんだよ?」

「ぜ、全然覚えてない……」

 たぶんだけど、僕はもともと、咲紀ちゃんに関係ないところでも緊張しぃな性格だと、自分でもわかっているから、その時は小学校の入学式で、結構緊張していたのかも。

(あ。やっぱり咲紀ちゃんと似てるとこ、あるのかも)

「その時はそれでおしまいだったけど、後で名前がわかって、二年生で同じクラスになったとき、あの時の人だっ、ってなったんだよ」

「そ、そうだったんだ」

 その深々さは、もしランドセル背負ってて、鍵閉め忘れてたら中身全部落下する、あれくらいの体勢だったんだろうなぁ。

 今は肩からさげるタイプのセカバンだから、教科書ばっさーはならない。

「……あの時の雪くんから、あんまり変わってないねっ」

「ちょ! さすがに成長くらいしてるよっ!?」

「あはっ! ごめんっ、そういう意味じゃなくってっ。まじめで優しくて、まっすぐで、だけどなんだか一緒にいてほっとするような、でも楽しくって…………そんなのっ」

 なんかいっぱいほめられちゃってる?!

「……わ、悪い印象じゃないみたいで、よかったよかった……」

「ずっといい印象上がりっぱなしだよっ」

「あ、上がりっぱなしっ?」

 僕そんなに、なんか……アピールしてたっけ?

「雪くんは……なんだろう。なんだか不思議な雰囲気っていうか……よくわからない雰囲気とかじゃないんだけど、他のだれにもない雰囲気があるっていうか……こんな感覚、雪くんにだけだったからなのかな。お誘いするの、卒業式になっちゃったね」

 自分では、そんなに特徴ある人じゃないと、思ってるんだけど……? 咲紀ちゃんみたいなかわいさ美しさ優しさすてきさすばらしさ持ってるわけでもないし。あいや別にかわいくなりたいわけじゃないけど。

「でも、卒業式の日だったら、ぎりぎり間に合ったことになるのかな?」

「う、うん、たぶん」

 僕からは二十四時間三百六十五日受け入れ態勢ばっちりでしたよ! ……極度に緊張していただけでっ。

「……今度からは、ちゃんともっと……雪くんのこと、お誘いしちゃう」

 今日まで生きててよかったです。

「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくねっ」

(艦長! お気を確かに!!)

(はっ! まだ最後まで諦めてはいかぬぞ!!)

 卒業してからも、まだまだ咲紀ちゃんと関わることができて、というか登下校も電話もいいっていうことなら、もっと仲良くなれそう。

 今までずっとあった、ああすれば~こう勇気持てれば~っていうのは、これでもう吹き飛んだかもしれない。

「……ねぇ雪くん」

「な、なに?」

 今まで元気系の声だった咲紀ちゃんが、一気にしっとりお声に。

「雪くんは、前から私とおしゃべり……したかったんだよね?」

「ま、まあ」

 今までの僕の発言をまとめると、そうなるよね。

「一緒に帰りたかったんだよね?」

「うん、まあ……」

 思わず言っちゃったけどさ。

「私も、おしゃべりしたかった」

「……あ、ありがとうございます」

「どういたしまして? くすっ」

 なにこのやり取り。楽しいけどっ。

「もちろん小学校のときから、知ってるよね?」

「もちろん?」

 咲紀ちゃんが、なにかをじわじわ確認してきている……?

「……ずっとおしゃべりしたいなって、お互い思っていて、今日……これからおしゃべりしていこうねって、なったよね?」

「ああ、うん……え、なにこれ?」

 聞いてみたけど、ちょっと笑ってる咲紀ちゃん。

「これまでおしゃべりする機会は、そんなに多くなかったかもしれないけど……でも、お互いのことは、もう、よく知っているよね?」

「うん」

(咲紀ちゃんのことを見ていた自信は、結構あるよ!)

「だから……その…………」

 ……な、なにこの間?

「…………雪くんは、私とおしゃべりして……楽しい?」

「当然っ。ってだからこれなにってばっ」

 今までこんな咲紀ちゃん、見たことないかもっ。見たことなさすぎて、どきどきの空高く向こうにいる気分?

「……だからねっ。これまでの中学校……小学校もだけど、卒業したし……」

 …………し?

「……つっ、続きは、雪くんが……どうぞ」

「ぼ、僕ぅ?!」

 そ、そんなかわいらしい両手ちんまりどうぞどうぞされましても!

「続きって言われても、僕別にエスパーとかじゃないよっ?」

 お顔もてれ顔はにかみ顔みたいな、これまたかわいらしいお顔でのどうぞどうぞだしっ。

(な、なんだろう……よくわからないけど、ここは当てにいかなきゃいけないっ)

 でもよくわからないから、当てにいけない?!

(僕はいろいろ確認されて、中学校卒業が今日……おしゃべりして楽しい、の次……)

 う、う~ん……僕が望んでいるのは、咲紀ちゃんとこれから、もっともっと仲良くなっていきたいこと。

 でもこれ、今までの話と通じているとこ……あるよね?

 エスパーじゃないから、咲紀ちゃんが浮かべている文字はわからないけど、咲紀ちゃんの言葉を信じることはできる。

 今まで積み重ねてきた自分の気持ちも、信じることができる。

(だから……)

 僕は咲紀ちゃんを見た。咲紀ちゃんも僕を見てくれた。

「これが、その続きにするのに合っているかわからないけど……伝えたいことはある」

 もうどうぞどうぞおててじゃなく、最初みたいにそろえられている。

「咲紀ちゃん」

「なあにっ?」

 僕は……もう一度、咲紀ちゃんを見て。

「僕と、付き合ってください」

(もう、中学生だった僕は、卒業したんだ)

 咲紀ちゃんが、そろえられていた手を軽く組んで……と思ったら、ちょっと笑った。

「……ほんとに、言ってくれるなんて……」

(うわわ!)

 僕の左手を、両手でつかんできた咲紀ちゃん。

「もちろんだよっ。よろしくお願いしますっ」

(艦長ぉぉ~~~!!)

(もはやこれまでぇ~~~!! ちゅど~ん)

 この優しい手と……一緒に中学校を卒業した咲紀ちゃんと……新しい高校生生活が、始まりそうだ。


「そういえば咲紀ちゃん」

「なあに?」

「どこの高校に行くの? 僕緊張しちゃって、聞けないまま選んじゃって……」

「……実はね。私も緊張しちゃって……教室で男の子友達とおしゃべりしていた、雪くんのお話を聞いて、希望した高校を知ったのに言えないまま、推薦で面接を受けちゃって……」

「僕が希望した高校を……し、知ったっ!? 推薦で面接?!」

「……私だってっ。緊張もするし、雪くんのこと……好きになっちゃうんだよっ」

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