第19話(最終話)・二人三脚
●19.二人三脚
与田と島谷は、台北の故宮博物院と中正紀念堂を見た後、夕暮れになったので、士林夜市に向かった。最寄り駅で下車し駅前の通りを渡り、ドラッグストア「日薬本舗」の前を左の方に歩いて夜市の店が立ち並ぶエリアに入った。
島谷は特大フライドチキンを食べながら人ごみの中を歩いていた。与田は、その先に見える射的場に目を向けていた。
「このチキン、食べきれないわ」
「ここはゴミ箱がないから、ビニール袋に入れて持ち帰るしかないぞ」
「わかったわ。それにしても、私が日本の首相ということを誰も知らないみたいね」
「その方が安全だよ。しかしあそこのスーツを着た男とキャップを被った男は日本側のSPだし、こっち側のメガネの男とGパンの女性は台湾側のSPだと思う。さり気なく、ずーっと付いてきているから」
「松井さんは、日本の内閣総理大臣夫婦たる二人が新婚旅行に台湾を訪れることにしろって言ってたけど、それってどういうことなの」
「日本の内閣総理大臣夫婦の新婚旅行であって、それ以下でもそれ以上でもないってことさ。そうすれば、中国も野党も文句が付け難いからな」
「公式訪問でも非公式訪問とも言わないわけね。SPがいるけど」
「それじゃ、国費じゃなくて今回の費用は自腹ってことね」
「だって政府専用機じゃなくて民間機で来たじゃないか」
与田は射的場の前で立ち止まった。
「俺の射的の腕前を披露してやるよ」
「へぇ、あんた上手いの」
島谷は半信半疑であった。与田は電子マネーで弾を購入していた。
「それじゃ、あのピカチューと台湾のボードゲームをゲットしてよ」
「わかった。えぇーと、あぁこうするのか」
与田はエアガンで狙いを付けて上段で回転する的の風船を撃っていく。
「旦那、ダメね。上段の風船全部割らないと景品なしね」
店主が日本語で言っていた。
「与田、ダメじゃん」
「あぁ、日本と勝手が違うから上手く行かないよ。コルクの弾じゃなくてBB弾だし、景品を直接撃つんじゃないからな」
「もう堪能したでしょう。それじゃ、あっちのホットドッグを食べましょうよ」
「しかし、良く食うな」
与田は感心していた。
翌日、与田たちが泊まっている圓山大飯店内にある国賓ホールに行くと、林副総統と鄭総統がいた。島谷は林との再会に無邪気に喜んでいたが、与田が節度を保つように咳払いをしていた。型通りの挨拶を済ませると、ざっくばらんに話をし始めた。与田たちと副総統は日本語で会話をし、総統の中国語と与田たちの日本語は副総統が訳してくれていた。
だいぶ和んて来たところで本題にはいった。鄭総統が中国語で言うと、林が訳し始めた。
「今回、台北観光をお楽しみ所、お呼び立てしたのは、先日お話しした件をまとめようと思ったからです」
「軍事監視衛星の打ち上げですね」
「はい。表向きは気象衛星ということで、今月末までに打ち上げられますか」
「それは、ずいぶんと急ですね」
島谷は目を丸くしていた。
「情報部の情報によりますと、台湾進攻計画の動きがかなり活発化しているとのことです」
訳している林も、中国で喋っている鄭も深刻な表情になっていた。
「現在、米軍の衛星に頼っているのですが、自前の衛星で的確に人民解放軍の動きを監視する必要があるのです」
「はい。しかし…」
島谷は言い淀んでいた。
「事態が切迫しているようですね。大臣、いや総理、何とか調整しましょう」
与田が応えていた。
「費用的には多少プラスしても構いません」
総統の言葉を副総統が素早く訳していた。
「そうですか」
島谷はスルーしようとしていた。
「あの、費用は当初の費用でお引き受けします。今後のこともありますから」
与田が口を挟むと、総統と副総統の顔が明るくなっていた。島谷は一瞬不服そうな顔をしたが、すぐに平然を装った。
話がまとまると、多忙な総統はその場を離れ、副総統と再び台北観光と台湾観光の話になり、かなり盛り上がっていた。秘密会談を含んだ新婚旅行は、台北近辺の観光をして二泊三日で帰国することになった。
与田と島谷は、首相公邸を下見に来ていた。玄関ホールを右に曲がると、アールデコ様式の大ホールに入った。
「うわぁー凄い。貴族がダンスでもしそうね」
島谷は周囲を見た後、天井を見上げていた。
「この公邸は旧首相官邸だから確かに凄いな」
与田も見回していた。
「ちょっとこういう所にも住んで見たかったから、引越しましょう。せっかく首相になったんだから」
「そうだな。こんな機会はそうそうないよな」
与田たちは、建物に圧倒されていた。
二階の部屋も一通り見てから屋上まで行きエレベーターで1階に降りた。二人は絨毯を踏みしめる様にゆっくりと歩き、大食堂に入った。
「ここは広すぎるわ。食事は別の部屋の方が良さそうね」
「うん。それで、どうする。引越すか」
「半年ぐらい住んで見ても良いんじゃない」
「わかった。笹原さんに言っておこう」
「首相としてのモチベーションが上がるわぁ。ねぇここって、フランク・ロイド・ライトが作ったんでしょう。明治村の帝国ホテルみたいだから。あたしも意外と詳しいでしょう」
「んー、残念だが、ライト風でも設計者は大蔵省技官の下元 連なんだ」
「えっ、あんた、詳しいのね」
「ここのホームページに書いてあったからな」
「なんだ。あぁそういえば、お化けがでるとか言われてなかった」
「あぁ、戦前に犬養首相が殺されたからな」
「なんかヤバくない」
「俺らだけでは、閑散としているから香取や見城さんも一緒に住まわせるか。賑やかだとお化けも出にくいだろう」
「…それもありだけど、やっぱ、やめようかしら」
島谷は、しばらく黙って考えていた。
「それじゃ普段は使い慣れている議員宿舎にして、週末だけ気分転換にこっちに泊まるというのはどうだ」
「警護の人たちが面倒かもしれないけど、その方が良いわ。そのように笹原さんに言ってよ」
「これで決まりだな」
与田たちは生活の拠点はほぼ今まで通りで、議員宿舎から首相官邸へ通うことになった。この日、官邸では南海道JAの代表がミス南海道と共に表敬訪問していた。島谷は南海道JAの代表とミス南海道と共に写真撮影に臨んでいた。撮影を終えると握手を交わし始める。
「私の父は、島谷首相がアイドルだった頃のファンなんです」
ミス南海道は嬉しそうに握手していた。島谷は『父』がの言葉が引っかかったようで、一瞬渋い顔をしたが、すぐに社交辞令の笑顔を見せていた。
「島谷首相、南海道は今の所、農作物の生産量は48都道府県中、最下位のものがほとんどで、何か目玉になるものはねぇですかね」
南海道JAの代表は東北地方から入植したのか、少し訛りがあるようだった。ミス南海道はニコニコして脇に立っていた。
「まだ肥沃な土壌にはなっていないですからね。慌てることはないと思います」
島谷は指し障りのないことを言っていた。
「あのぉ、サトウキビ栽培はどうですか。南海道黒砂糖とかのブランドを作って、流行りのスイーツに使うようにしたら面白いんじゃないですか」
脇に控えていた与田がすかさずフォローしてきた。
「サトウキビについては考えたことはありまして、試験的に栽培したものはあるのですが、やはり沖縄の黒糖がありますし…」
「それなら黒砂糖に限らず飼料用サトウキビ栽培にして、それを食べさせた牛や豚をブランド肉にするのも良いと思います」
「なるほど、さすがに首相のご主人だけのことはありますな。ただの栽培でなく幅広いブランド化ですか」
「海外にも売り込みましょう。政府が支援しますよ。そうすれば、生産量は48都道府県中トップになることも夢じゃないです」
与田が言うと南海道JAの代表は強く握手してきた。
官邸の廊下を歩く与田と島谷。
「首相の仕事って、こんな細かいこともやらなきゃいけないのね。松井さんも長いこと良くやって来たと思うわ」
「あまり、文句を垂れていると支持率下がるぞ。どこで失言を狙っているかわからないからな」
与田は周りに目を向けながら歩いていた。
豊南市クワッドビルの前の広場では太平洋岸大災害再建10周年祈念事業の一環として慰霊碑が建立されていた。慰霊碑は大きな一枚岩で表面に『日本復興之礎』文字が草書体で掘られていた。
僧侶が法要を営み、それが終わると島谷首相が中央に設けられた演台に立った。
「被災者の尊い犠牲の上に今日の日本の再建がなされました。これからもさらなる発展をここに誓います」
島谷はプロンプターを使わず自分の言葉で言っていた。広場に集まった人々が拍手を送っていた。
その後、世界のディーバと称される人気歌手が君が代を独唱し、歌い終えたタイミングでブルーインパルスが空に5色のスモークをたなびかせていた。
島谷と与田は、オフィス棟にある再建開発庁豊南庁舎の大臣執務室を訪ねていた。
「あぁ、ついこないだまで、ここにいたけど、随分昔に感じるわね」
島谷はしみじみと大臣執務室を見回していた。
「島谷首相、この席は、出世コースとして縁起が良いとされていますから、私もいずれは首相になるつもりです」
後任の浜島は、席を立って島谷に言っていた。浜島は島谷内閣中で最年少でもあった。
「まぁ、10年は頑張れば、芽が出るんじゃないの」
島谷は、ちょっと先輩風を吹かせていた。与田は、余計なことを言わないかと、冷や冷やしていた。
「ちょっとここで休ませてもらおうかしら」
「よせよ。浜島大臣の邪魔になるぞ」
「与田さん、いいんです。私は昼食を食べに出かけますので、2時間ぐらいはゆっくりしてください」
「悪いな。気を遣わせて」
「他ならぬ首相ためですし、今後も引き立てていただきたいので」
浜島は冗談っぼい笑みを浮かべていた。
「でも、それならせっかくだから一緒に昼食を食べに行きましょうよ」
「そうだな。浜島大臣、我々がおごるから、どうですか」
「ありがどうございます。それじゃ、参りましょうか」
クワッドビルの商業棟にあるイタリアン・レストランで与田たちは食事を終えた。
「与田、次の予定は」
「福徳宇宙港で衛星打ち上げに立ち会うことになってる」
「それじゃ、また南北線で行くわけ」
「いや、今回は車で行く」
与田が言っていると浜島は二人を見てニヤニヤしていた。
「首相は結婚しても、与田って呼んでいるんですか」
「え、何か変」
島谷は平然としていた。
「お二人の間柄ですけど、ユニークですね」
「浜島大臣、島谷首相はこれでも戸籍上は与田香音なんですよ」
与田は笑っていた。
アメリカ宇宙軍のホワイトホーク5号は、壊れた衛星の大型部品などのスペースデブリを除去するために捕獲ネットを発射させていた。しかしネットが絡まってきれいに広がれず、塊のまま飛び去って行った。さらに捕獲するはずのスペースデブリに衝突し、そのまま押していく形になってしまった。ホワイトホーク5号は、ネットとつながっているワイヤーを巻き取るがスペースデブリは、どんどん遠ざかって行った。
中国の宇宙ステーション・長楽宮では支援物資船がドッキング態勢に入っていた。そこにスペースデブリが激突し、支援物資船の軌道をズラしてしまい、ドッキングハッチまても破損させしまった。
長楽宮内では、宇宙飛行士たちが慌てていた。ハッチ付近の空気漏れを応急パッチで塞いでいた。
「長楽宮は攻撃を受けました。現在、発射源を逆探知しています」
中国の宇宙飛行士は地上の管制中心に報告していた。
「…5・4・3・2・1メインエンジン・スタート」
女性オペレーターの声がセンター内に響いていた。福徳宇宙港の管制センターに来ている与田たちは、大型メイン・スクリーンを見ていた。発射塔では辺り一面に白煙が立ち込め、その中をロケットが力強く立ち上って行った。
「今日は天候も良いし、打ち上げ日和ね。無事に軌道に乗ったら林副総督に電話してあげないと」
「たぶん、この映像は中継されているから、彼女もリアルタイムで見ているんじゃないかな」
「首相、打ち上げに妨害工作がないか心配していましたが、取りあえず打ち上げはクリアできました」
宇宙港CEO兼打ち上げディレクターの成田は大型メイン・スクリーンを見つめたまま言っていた。
第一段の切り離しが完了し、燃料が空になった第一段ロケットがパラグライダー方式で地上に降下していった。しばらくして二段目から衛星が放出されると、センター内は少し落ち着いた雰囲気になった。
「後は、所定の静止軌道に寄せていくだけです」
成田が言っていると、スタッフの一人が駆け寄ってきた。成田の表情は明らかに硬くなっていた。
「どうしました」
与田がすぐに声を掛ける。
「あのぉ、米中が宇宙でレーザー光を撃ち合っているとのことです」
「撃ち合い!」
島谷は思わず声が出てしまった。
「この打ち上げに関係あるんですか」
与田が島谷の声をかき消すように言う。
「このタイミングでは、ないとは言えません」
成田は与田と島谷の方をしっかりと見て言っていた。
ホワイトホーク5号内では、アメリカの宇宙飛行士がゲーム機のようなレバーを操作していた。
「あの中国のステーションのレーザー砲塔を黙らせるには、これでどうだ」
トリガーボタンを押す宇宙飛行士。もう一人は宇宙船を操縦し、中国側からのレーザー光をかわしていた。
長楽宮内も中国の隊員がゲーム機のようなレバーを操作していた。
「このタイミングでのスペースデブリの衝突は故意としか言いようがない。台湾に味方しているアメリカが我々を挑発していることは間違いない。絶対に撃破しろ」
隊長が檄を飛ばしていた。
「成田さん、状況はどうですか」
島谷が見ているスクリーンでは、第一段ロケットが無事に福徳宇宙港の所定の区画に着陸していた。
「現在、航宙自衛隊が双方の交信を傍受しているのですが、暗号送信なので部分的にしか情報が得られないようです」
成田は何か追加の情報が入っていないか、ヘッドセットをつけ直したが、すぐに外していた。
ホワイトホーク5号では空気漏れの警報が鳴っていた。
「ガッデム、やられた。応急パッチで塞げ」「こっちにもヒビが入っている」二人の宇宙飛行士は、船内の酸素
計を見ながら作業をしていた。
「もう、ダメだ。宇宙服を着よう」
一人が言い出すと二人は宇宙服に滑り込んでいた。
いち早く宇宙服を着用した飛行士はモニター画面を見た。
「おっ、あいつら撃つのを止めたな。今ならじっくりと狙える」
飛行士は狙いわ付けてトリガーボタンを押した。
長楽宮内では歓声が上がっていた。「やったぞ、命中だ」「よくやった」甲高い声がステーション内に響いていた。しかしステーションの外側で爆発が起こり、壁面に亀裂が走った。
「空気漏れ発生」「空気漏れ発生」と人工音声が繰り返し始めた。
「まずい、亀裂は修復しきれない。救援を呼べ」
隊長は残念そうに宇宙服を手にしていた。
「最新情報によりますと、どうやら相撃ちのようで双方に被害が出て、救援要請しているとのことです」
成田は想定外の事態を冷静に見ていた。この間、台湾の衛星は着実に静止軌道へのシーケースを進めていた。
「米中戦争になるのかしら」
島谷は心配そうにしていた。島谷のスマホに松井からの着信があった。
「あぁ、島谷首相、私も聞いたぞ。この先、どうなるかわからんな。しばらくは静観するしかないだろう。日米同盟に関わることになるかは微妙だ。宇宙空間は初めてのケースだからな。とにかく。連絡は密にしよう」
松井は手短に通話を切った。与田はいろいろな想定をじっくりと考えていた。
「成田さん、台湾の衛星の次の打ち上げは、あの隣の発射塔のものですか」
与田は屋外カメラの小型モニター画面をじーっと見つめていた。
「はい。あれはアラブの金持ちが別荘に行く予定のものでして、2時間後に発射の予定です。今日は天候が良いので、少々過密スケジュールになっています」
成田は小型モニターの映像を大型スクリーンに切り替えていた。
ホワイトホーク5号内の宇宙服姿のアメリカの飛行士たち。
「酸素はあと残り、どのくらいだ。3時間あるかないかです」
「ホワイトホーク8号は今から打ち上げても10時間後だろう。無理だな」
「恥を忍んで中国に助けをと思っても、向こうもあの壊れ方じゃ、助けにはならんだろう」
長楽宮内も宇宙服を着た隊員と隊長がいた。ヘルメット内の顔を引きつっていた。
「隊長、冷静に息をしても残りの空気の減り方は、それほど変わらないようです」
「何を言っている。意地でも…、しかしいくら頑張っても救援船が来る6時間後まで厳しいか」
「残りは3時間程です」
「そうか。この先どうなるかはわからないが、いずれにしても我々は祖国の英雄になれるはずだ」
「んー、そうか。3時間か」
成田は最新の情報を復唱していた。
「成田さん、3時間とはなんですか」
与田は食い入るように成田を見ていた。
「双方の酸素の残り時間らしいのです」
「あぁ、両方ともダメみたいね。これで米中の宇宙紛争が終わるのかしら」
島谷は諦めムードであった。
「いや、待ってください。アラブの宇宙船を使えば、助けられませんか」
与田が声を張り上げていた。管制センター内の一同は一斉に与田に注目した。
「しかし与田さん、アラブの金持ちが納得しますかね」
成田が言うと、一同の視線は大型スクリーンの方に戻っていた。
「わかりませんが、やってみる価値はあるのではないですか」
与田は島谷の尻をつねっていた。
「痛っ。何よセクハラ」
島谷はささやいていた。
「ここで双方を救ったら、日本の地位が向上する」
与田もささやいていた。
「わかったわよ」
島谷は咳払いをしていた。
「あの、与田、いや主人が言うように、今、米中双方を救えるのは世界の中で我々だけだと思います。やってみませんか」
島谷が言い放つと、一同はざわつき始めた。
「首相がおっしゃるなら、なぁ、みんな」
成田は皆を見回して付け加える。
「はい」
一同はほぼ同時に返事をし、それぞれうなづいていた。
「それじゃ、私と首相でアラブの金持ちを説得してきます」
与田は島谷の腕を引っ張ってその場を離れた。
「打ち上げ準備はこちらで進めておきます。宇宙船はAIによる自動操縦なので、空で打ち上げます」
成田はヘッドセットをつけ直していた。
与田たちは宇宙港ターミナル内にある打ち上げ搭乗者のVIPルームに行った。一国の首相がお願いに来たことに事の重大さを感じたアラブの金持ち。金銭的に余裕があるので気持ちにもゆとりもあり、事情を話すと快く承諾していた。
アラブの金持ちの用の宇宙船は空で予定通りの時刻に打ち上げられた。この日本の有人宇宙船『はやて』の外壁には日の丸とアラブ首長国連邦の国旗がペイントされていた。
『はやて』は自動操縦で、アメリカのホワイトホーク5号に接近していた。
「おい、あれはどこの宇宙船だ。お、だぶん日本のだろう。奇跡だ」
「同盟国の日本に感謝だな」
もう一人の飛行士が言っていると、スムーズにドッキングした。アメリカの飛行士たちは乗り移っていた。
『はやて』の船内では流暢な成田の英語の声がしていた。
「間に合って何よりです。それでは中国のステーションに行って救出します」
「なんだって、あいつらも救うのか」
飛行士の一人が叫んでいた。
「事情は分かりませんが、日本としては双方を救いたいと首相が言明しています」
「…しかたないのか」
もう一人の飛行士は自分たちが救われた安堵感を思い返しているようだった。
「裁判をするにしても双方を救って意見を聞く必要があります」
英語の会話の中に与田の日本語が割って入った。すぐに成田が英語にしていた。
「この船は自動操縦だろう。逆らえないからな」
アメリカの飛行士の一人が小声の英語で言っていた。
長楽宮のドッキングハッチは日本や欧米のものと規格が異なるので、中国の飛行士たちは宇宙服で外に出てから『はやて』の中に入ってきた。双方とも無言で睨み合っていたが、争う気配はなかった。
「これより本船は、南海道島の福徳宇宙港に帰還します」
成田が英語で言うと、船内のコンピューターが中国語にも自動翻訳していた。『はやて』のエンジンが噴射されると、長楽宮から少しずつ離れて行った。
『はやて』の船内・船外カメラから送られてくる映像を大型スクリーンで見ていた与田。『はやて』が帰還シーケンスに入ると、スマホで南海道JA代表に電話していた。
福徳宇宙港の帰還エリアに着陸する『はやて』。その周りには、宇宙港のスタッフや宇宙開発機構の面々が集っていた。その中に与田と島谷首相もいた。
ハッチから出てきた米中の飛行士たちは、地球の重力にふらついていた。すぐにスタッフたちによって用意された車椅子に座らされていた。彼らは日本の首相として紹介された島谷に握手していた。それぞれ英語と中国語で謝意を述べているようだった。その後、彼らは異常がないかと、ターミナルビル内の医務室に行き体調検査を
受けていた。
翌日、彼らはターミナル内のホテルのブランケットルームに案内された。そこには日本、アメリカ、中国の記者数名いて、簡単な記者会見が行われた。飛行士たちにはウエルカムドリンク的な飲み物とスイーツが用意されていた。その中には南海道産の黒砂糖を用いたドーナツや月餅が置かれていた。アメリカ人たちはドーナツを口にし、中国人たちは月餅を食べ、口々に上手いと言っていた。この光景は動画撮影され、それはネットのニュースにもアップされていた。ひと段落ついた飛行士たちは、多少表情をゆるめて、各自用意されたホテルの部屋に向かって行った。
与田たちはこの様子を直に見ていた。
「良い宣伝になったんじゃないですか」
与田は南海道JA代表に話しかけていた。
「本当に上手かったんですかね」
代表は半信半疑であった。
「それは、そうでしょう。久しぶりに地上の本格的パティシェと職人が作ったスイーツですから、もし並みのものでも格別のものなっているはずです」
与田は自信ありげであった。
「与田、抜け目ないわね」
「そろそろ、与田はなんとかしろよ」
「他の呼び方が見つかったらね」
「勝手にしろ」
日本浮上 @qunino
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