第18話・瓢箪から駒
●18.瓢箪から駒
「よって、内閣不信任案は可決いたしました」
衆議院議長が言い放つと、与野党の議員席から万歳の声が上がっていた。松井首相は渋い顔をしているものの、万歳三唱に加わっていた。
与党議員控室で書類をまとめている与田と島谷。他の議員たちもせわしなく動いていた。
「何が、万歳よ。くだらない風習ね。バカみたい」
「確かにな。でも仕方ないだろう、そういうしきたりなんだから」
与田が言っていると首相の秘書官が近づいて来た。
「総理が官邸でお待ちしております。お急ぎください」
敏腕秘書官はさり気なく言うと、静かに立ち去って行った。
首相官邸のソファに座る与田たち。
「遂に来るべきものが来てしまったよ。上西を罷免させる余裕もなかった」
松井は口惜しそうにしていた。
「思ったよりも野党の動きが早かったと思います」
島谷は松井の目を見て言っていた。
「それに与党寄りだった野党もあちら側に回りましたから」
与田も付け加えていた。
「まぁ、今までの実績があるので、総選挙で下野することはないと思うが、議席数は減らさないように堅実な選挙戦をせねばならない。そこでだ。次期総裁に…」
松井が言いかけると与田と島谷は息を飲んでいた。
「私が若い頃に秘書をしていた、草壁先生の息子でもある草壁実明を総裁にしようと思っている。彼は謹厳実直で経歴も申し分ない。与党は過半数を越えるだろうから、すなわち次期期首相になるはずだ」
「はい」
与田が小声で返事し、島谷はうなづいていた。
「なんだ、不満か」
「いえ、そのようなことはありません」
与田が応えていた。
「しかし。草壁実明は党内受けは良くても、どうも花がないと言うか、国民からの人気が乏しいのだ。そこでだ。組閣において副総理に島谷君を抜擢するつもりだが良いかな」
「え、あたしですか。本当に良いのですか」
「重荷にならんよう配慮するし、副総理だから、そんなに矢面に立つことはないだろう。とにかく草壁首相を盛り立てくれ」
「もしかして女性初の副総理ですか」
「そうだよ。島谷君」
松井は島谷の肩を叩いていた。
「ありがとうございます」
与田の方が感謝している感じであった。
島谷は実家が柏市にあるため千葉8区から立候補していた。柏駅前のダブルデッキでは『島谷香音』の幟旗がはためき、島谷の声が響く渡っていた。
「この9年以上、再建開発庁で数々の対策を講じ、日本の再建に尽力してまいりましたが、まだ道半ばであります。今一度、皆さまのお力によって、再建さらには日本のあるゆる面での浮上に寄与させていただきたいのです」
島谷は立ち止まって聞いていくれる人々に手を振り笑顔を見せていた。
「アイドル時代から応援しているぞ」
近くにいた中年男性が手を振っていた。
「女性初の総理大臣を目指して頑張ってね!」
初老の女性が声をかけていた。
「私は、偽善者のように、選挙戦の時だけ、赤ちゃんを抱っこしたりはしません。いつも通りの自分を見せるつもりです。またネットも活用していますので、随時、私の主張を『かのんチャンネル』にも掲載しています。ご覧頂ければ幸いです」
島谷は、声が良く出るようになっていた。
「私は、以前にアイドルをやっていましたから、アイドル崩れとか言われますが、アイドルだから政治に参加してはいけないのでしょうか。私は政治家に相応しい人間になるために努力を重ねて来ました。偏見は抜きにして私を評価してください。再建開発庁での実績を見ていただきたいのです…」
与田が近寄って来たので、間をあけていた。
「あぁ、まだ島谷候補は、皆さまに聞いていただきたいことが数多くのあるのですが、お時間が参りましたので、この辺で失礼させていただきたいと存じます」
与田は腕時計を気にしながら言っていた。
「何よ。まだ言いたいことがあったのに」
島谷は小声で言っていた。
「あまり調子に乗って来ると、余計なことを言いそうだから、この辺で切り上げた方が良い」
与田は周りの人に笑顔を振りまきながら小声で言っていた。島谷も口角を上げていた。
総選挙の結果、島谷は当選し草壁内閣では、再建開発庁特命担当大臣と副総理を兼務することになった。普段は引き続き、再建開発庁の大臣執務室にいた。
「副総理って言っても、名ばかりで仕事は再建開発庁のことばかりね」
「良いじゃないか。松井首相…いや松井さんに見込まれているのだから」
「でもさ、草壁首相って、なんか親しくなれそうもないけど」
「今は親しくなくても、盛り上げているうちに親しくなれるって」
与田は大臣室のソファで伸びをしていた。
与田と島谷は気晴らしに日比谷公園のレストランで昼食を取ろうとしていた。再建開発庁が入っている合同庁舎の出入り口から外に出ると、テレビクルーが待ち構えていた。
「島谷副総理、女性初の副総理になって1ヶ月。どうですか。女性の地位向上を実感していますか。それに女性議員の比率アップにも貢献していますが」
テレビ局のレポーターがボイスレコーダーを向けていた。
「女性、女性、女性初とか言っておだててるけど、女性をという点を打ち出して当選したわけではないですけど。有権者の方も女性だから入れたなんて言わないでしょう。男とか女、若いとか年寄りじゃなくて中身よ。何がやりたいかよ。指導力や考え方がしっかりしているから、票を入れたって言われたいわ。女性だからじゃなくて、
たまたま選ばれた候補者が女性だったという方が本当の男女平等よ。かつて私は数合わせの女性議員だったからこそ、言っているわけね」
島谷は軽く微笑むとすたすたと歩いて行った。隣にいる与田は落ち着かない表情で島谷の方を見ていた。
島谷はポロと一緒に有楽町にあるドッグダンス教室に行っていた。ポロが歩く島谷の股の間を縫うように歩くはずだったが、3歩歩いたところでポロは横に行ってしまい、教室に来ていた他の犬と戯れ始めた。島谷は手を叩いて、引き戻そうとしたが反応がなかった。講師の女性がポロを抱き上げて島谷の元に戻した。
「ポロちゃんは、もうちょっと集中力を付けないとダメですね。諦めずに練習を繰り返しましょう。はい次の方」
講師は島谷に言うと、行儀よく座って待っていたゴールデンレトリバーと飼い主に声を掛けていた。島谷はポロを連れて教室の壁際に立ち、他の犬たちの様子を見ていた。するとポケットに入れていたスマホのバイブレーターが振動した。島谷はすぐにスマホを見ると緊急メールが来ていた。『草壁首相が車が追突墜落し脊髄損傷で重
体。至急戻れ』とあった。
『本当なの』
島谷は周りを気にしながら素早く打っていた。
『マジだ。島谷首相』
すぐ返ってきた。
「先生、すみません。緊急事態がありましたので、ここで失礼させていただきます」
島谷が言うと、他の生徒たちは何事があったのかという顔で島谷を見ていた。
「わかりました。お急ぎください」
講師は島谷がお忍びで来ていることを知っているので、冷静に言っていた。
首相官邸の首相執務室。
「暫定的とは言え、今日から君がここの主だ」
松井が執務デスクの椅子を引いていた。
「草壁首相は、そんなに具合が悪いのですか」
島谷は落ち着かない表情で椅子に座っていた。
「病院からの連絡によると、回復したとしてもリハビリに時間をかなり要するらしいのだ」
松井は窓の外を見ながら言っていた。
「それでは次の総裁が決まるまでは、しっかりと勤める必要があります」
与田も身が引き締まる思いがしていた。
「ん…、とにかくハッタリでも良いから、堂々と任務を全うしてくれ」
松井は島谷の肩をやさしくさすっていた。
ドアがノックされ、笹原が一礼して入ってきた。
「島谷首相、インドのシン外相が、いち早くお見舞いコメントを発表しました。それで先日の件、首相と直にお話がしたいとのことです」
「先日の件って衛星の打ち上げのことね」
「はい。リモート会談の準備を進めてよろしいでしょうか」
笹原は島谷の方を見て言っていた。島谷は傍らにいる松井の方を見た。
「島谷首相、最初のお仕事だ。私もそばにいてサポートするから、大船に乗ったつもりでやりたまえ」
松井は首相官邸のリモート会議スタジオに向かおうとしていた。
リモート会議スタジオの主大型モニターには、シン外相の顔が映っていた。カメラの視野内には島谷、与田、通訳がいつも通り入っていたが、その外には松井が腕組をして立っていた。
「何というか、草壁首相が突然事故に遭われて、島谷さんが首相になるとは思っても見ませんでした。草壁さんのご回復を心より願っています。ところでこの度、首相になられたので全権は掌握されていると思いますが、打ち上げのコストは前回の額よりも20%安くすることはできないでしょうか」
「20%ですか…」
島谷はかなり渋い顔をしていた。
「無論、ただでとは申しません。見返りとして日本の自動車メーカーと空飛ぶ車の合弁会社を設立してインド生産工場を誘致したいのです」
シン外相はしっかりと島谷の目を見て言っていた。島谷はちらっと松井の方を見た。松井はもう少し比率を下げろとゼスチャーしていた。
「15%のディスカウントでどうですか」
島谷はちょっとディスカウントショップの店員風に言っていた。
「…そうしますと合弁会社の方は、厳しくなりますな」
シン外相は目をそらしながら言っていた。与田は走り書きのメモをデスクの下で島谷に見せようとしていた。島谷が見ると『20%でOK。日本のメーカーは2社』と書かれていた。
「でしたら、20%でよろしいのですが、参入する日本のメーカーは2社にしていただけませんか」
島谷が言うとシン外相は意外といった表情を見せていた。
「島谷首相、あなたはお若いのに、タフなネゴシエーターの素質がありますな。ハハハァ」
豪快に笑うシン外相。
「どうですか」
島谷はシン外相に言っているものの、松井にも言っている感じがあった。
「わかりました。それで行きましょう。これが首相の最初の外交になるのですかな」
「はい」
「それでは失礼しますぞ」
シンはカメラの向こうで手を振っていた。
リモート会議スタジオの主大型モニターがオフになり、首相官邸のロゴマークに切り替わった。
「島谷君、いや島谷首相、テスト合格だ。暫定ではなく、このまま首相を続けてくれ。ただし、与田君と一緒にな」
松井は今までの硬い表情を緩めた。
「えっ、本当ですか」
島谷は目が少しウルウルし出していた。
「党内の派閥調整などは私がやる。まずは党総裁になり国会を経て正式に内閣総理大臣だ。それも日本初の女性首相としてな」
「松井さん、ありがとうございます」
島谷は思わず松井に抱きついてしまった。
「あぁ、それと抱きつくのは与田君にしてくれ。一国の首相ともなれば伴侶が必要だ。与田君と結婚しろ。互いに気付いていないかもしれないが、ベストカップルだぞ」
「えぇ、与田とですか」
島谷は与田の方をじーっと見ていた。与田もどうしたら良いかわからず、目が泳いでいた。
「嫌なら、総理大臣は諦めてくれ」
松井はにべもなく言い放った。
「仕方ない。あまり気が進まんけど、日本のために結婚するか」
与田は島谷に微笑んでいた。
「あたしも日本のためと松井さんのために受け入れるわ。これからもよろしくね」
島谷は珍しく照れていた。松井は二人の肩を寄せていた。
首相官邸の首相執務室。
「与田、あんたの立場って、ファースト・ジェントルマンとかいうのかしら」
「じゃないか。エリザベス女王のエジンバラ公のような存在にもなるのかな」
「だとしたら、控えめにして、あたしを立てなきゃダメよ」
「そう言われても、俺の性格からして今まで通りになりそうだな」
「後、気を付けてね。あたしのファンがあんたのこと妬むから」
「今でもそんなに熱烈なファンがいるのか。むしろやっと結婚できたと安心している方が多くないか」
「それはそうと、まだ暫定の身だけど、正式に決まったら組閣もしなければならないでしょう。面倒ね」
「その辺もある程度、松井さんがやっくれると思うよ。派閥や何回当選したかで選ばなきゃならない暗黙のルールがあるらしいから」
「松井さんには、本当に感謝ね。あたしのこと好きなのかしら」
「お気楽だな。女性議員の弟子として上手く利用できるからだろう」
与田が言っているとドアがノックされ笹原が一礼して入ってきた。
「島谷首相、テレビ局から出演のオファーが着ていますが、いかがいたしましょうか」
「テレビ毎朝のモーニング日本ね。『正式首相選出直前!諸々聞いちゃう討論コーナー』だってさ」
島谷は笹原が手渡した資料を見ていた。
「ははぁ、これは首相に選出される前にイメージを貶めるコンセプトの討論ショーだな。一種のイジメになりそうだけど、どうする」
「松井さんに相談した方が良さそうね」
島谷は松井に電話をしようとスマホを手にしていた。
「それは野党の罠だな。討論ショーなるものに出れば、君は老獪な政治家ではないから、ボロや失言が出やすい。国会の首相指名には手が出せないが、貶めることで世論を反島谷内閣に導くことができる。かといって出演を逃げたり辞退すれば、また批判されイメージが悪くなる。どちらにしても奴らにとって好都合な材料になる」
松井は電話口で考えているようだった。
「もう少し時間があれば、政治の知識も勉強できたのですが」
「知識だけではない。ずる賢さと意地悪さもないとダメだ。与田君はそばにいるか。代わってくれ」
松井が言ったので島谷は与田にスマホを渡していた。
「何か良い手は浮かんだかね」
「…こうなったらイヤホンを髪の毛の中に隠して、その都度指示して島谷首相に答弁してもらうのはどうですか」
「やってみる価値があるものかな」
「どんな専門的なことを聞かれても、我々が調べてイヤホンから伝えれば答えられます。ボロも出ません」
「それなら、もしものために島谷首相は中耳炎か何かで耳が悪いことにしておこう。その方が言い逃れができる」
「わかりました。それでは出演を承諾しておきます」
テレビ毎朝のモーニング日本のスタジオには『正式首相選出直前!諸々聞いちゃう討論コーナー』のボードが派手に飾り付けられていた。
野党議員代表とし招かれている寺島、野党系の政治ジャーナリスト・白原、左寄り辛口コメンテーターの井口が並んで座り、その向かい側に島谷が一人で座っていた。司会の羽田はその真ん中に立っていた。
「あなたは松井政権下で再建開発庁の担当大臣をしてたわよね。今度、首相になるということは、何か明確な違いを打ち出すおつもりですか。それとも松井路線を継承するのですか」
井口が銀縁のメガネを触りながら言っていた。
「党として決まっていることは当然引き継ぎますけど、私になりに考えていることはあります」
島谷は、少々緊張気味であった。イヤホンからは「その調子」と与田の声がしていた。
「それは具体的には、どのようなことですか」
古い価値観を持った男性の寺島が言ってくる。
「南海道島を軸に日本を再起させることです」
「それは産業のみならず軍事的にもですか。南海道にも自衛隊の基地を新設すると聞きましたが」
白原がズバッと切り込んできた。
「はい」
「はいって、あなた軍事的にも再起と言うことは再軍備して軍国化を促進するということですよね」
井口が詰め寄ってきた。
「あの、このはいは、自衛隊の基地を新設することですけど」
「同じじゃないですか軍事大国を目指すのは、松井路線の継承に他なりませんね」
井口は口をへの字に曲げていた。ちょっとその場の雰囲気が悪くなってきた。
「それでは、ここで皆さんからのご質問にありました、ベイシックインカムについて、お伺いしたいのですが」
司会の羽田が流れを変えてきた。
「ベイシックインカム…あぁ基本給じゃなくて、基本的に暮らせるお金があれば、それに越したことはないのですが、その財源が厳しいかもしれません」
「そうかな、南海道島には金山もレアメタルもあるんでしょう」
井口が罵るような表情を浮かべていた。女同士の火花が散っている雰囲気があった。白原が手を挙げていたので、羽田は白原に手を差し向けていた。
「私のインベストメント・アドバイス・リサーチャリーによると、ベーシックインカムも視野に入れて抜本的な政治金融改革が必要な時期に差し掛かっていると言えます。ですから物価を2%程度上げて所得を上げる適性なインフレに導くのが、最もアジャストした政策ではないかと考えています」
白原は得意気であった。
「世論の声を無視する与党だから内閣不信任案が出されるのではないですか」
寺島はきっぱりと言い放った。
「そう、もういいわ」
島谷はキレかかってきた。「おい、冷静になれよ」イヤホンから与田の声が聞こえていた。
「だいたい、おかしくない。不祥事だの時の内閣にネガティブなことが起きると必ず世論調査をするけど、支持率が上がるようなポジティブな要素がある時は調査しないじゃない。卑怯よ。定期的に月末にやるとかなら、公平と言えるんじゃないの。それにテレビ局や新聞社の主張を無理やり裏付けるために誘導した聞き方をしているしね」
島谷は自分の言葉だから淀みが全くなかった。その場の論客たちは顔を見合わせていた。
「ここのテレビ局も反日的な偏った報道ばかりしてるけど、外国勢力からカネでももらってんじゃないの。テレビ局の資本金はどこがどれだけ出しているか比率を公表して欲しいわ」
島谷は他の論客に喋る余地を与えなかった。
「あのぉ、島谷さん、ここで一旦CMです」
羽田が言った。
気まずい雰囲気が漂い番組ディレクターは島谷の方を睨んで見ていた。島谷の傍らにはメイクさんが来て、油紙などを当てていた。イヤホンからは「松井さんは、良く言ったと褒めているが、あまり図に乗るな」と与田の声がしていた。
CMがあけた。
「それでは、引き続き始めたいと思います。次は政治学者でもある寺島さんどうぞ」
司会の羽田は平然と始めていた。
「現在の松井政権は、ホッブズの政治倫理に基づくような権威主義的な政治に陥っていると言えます。時代錯誤も甚だしい。世界的な権威として知られる東大の清水名誉教授の21世紀キャピタリズム・デモクラシーをお読みになっていると到底思えませんな」
「島谷さん、ホッブズについてどう思われますか。まさか知らないなんてことはないわよね」
井口が陰険な言い方をしていた。「もうこの番組をぶち壊してやれ」イヤホンから与田の興奮している声がしていた。
「エリートぶって気取ってんじゃないわよ。そんな古いことどうでも良いわ。とにかく日本を良くしようと思う気持ちは誰にも負けないから」
「あなたは日本さえ良ければ、他国はどうでも良いと言うのですか。外国人の参政権も認めるのが世界の趨勢ですよ。近隣諸国に配慮が足りませんね」
井口はあきられた顔をしていた。
「そうかしら、外国人の参政権って言うけど、日本は日本人ための国じゃないの。それこそあきられるわ。野党も全部とは言わないけど、政権や日本を貶めることがそんなに楽しいのかしら。日本の国会議員なら日の丸にキスしたり、君が代を歌え、主権の及ぶ範囲を淀みなく言えるようにしないとね。それができない人は、議員になるべきしゃないわ。私が正式に総理大臣になったら、国会議員、地方議員とにかく議員と名の付く人には、国民の前で日本のために命を掛けて尽くすと宣誓させる法案を出します」
島谷はすっかり緊張もほぐれ、スッキリとした顔になっていた。
「あぁ、お時間が来たようです。続いて天気予報と渋滞情報です」
司会の羽田は予定時刻よりも10分早くコーナーを終わらせていた。
「賛成多数により島谷香音君を内閣総理大臣に指名します」
衆議院議長が言うと、島谷は席を立ち、議場の議員たちにお辞儀をしていた。与党席から拍手がわき、松井も嬉しそうに拍手を送っていた。
議事堂内の廊下を歩く与田と島谷は、笑顔を周りに振りまきながら、微かな小声で話していた。
「後は組閣ね」
「松井さんの名簿の通りに電話をすれば良い。誰かほかに特別に任命したい人物がいるか」
「特にいないわ」
「それじゃ、今日の夕方には官邸の階段の所で写真撮影だな」
「あぁあたし、紺のスーツの方が気に入っているのよね」
「ん、就活っぽいが…、その方がフレッシャーズ的な面が演出できるかもな。好きにしてくれ」
与田はそれほど関心がないようだった。
その日の夕方、写真撮影が行われ、ネットのニュースにアップされた。検索ランキングは1位になっていた。新聞は夕刊には間に合わず、各社の号外に掲載され街頭で配布されていた。
『日本初の女性首相、正式に誕生!』『アイドルから首相に登り詰める』『再建開発庁で地道に実績を積む』
『暫定首相時のインド外交が決め手』『飾らない物言いが若者ウケ!』の見出しが躍っていた。
衆院本会議場の演壇に立つ島谷。所信表明演説をしていた。プロンプターに表示される原稿の大部分は松井の手によるものだった。項目としては、はじめに・南海道島開拓を軸とした経済対策・安定経済成長・未来社会の構築・脱二酸化炭素対策・外交安全保障・憲法改正・医療立国・おわりにという構成で医療立国の部分が島谷と与田が考えたものであった。
「…従いまして、憲法改正は長年の党是である第九条に着手するものとします」
島谷は一呼吸置いていた。かなりの長文を読み上げているので、いささか疲れてきていた。
「続きまして、医療立国についてです。度々蔓延する感染症に影響を受ける観光立国を廃し、感染症を前向きに捉えチャンスに変える医療立国を目指します。これはロボット立国、宇宙立国と合わせて3本柱として経済成長のエンジンといたします。それに伴い、今後10年以内に老化改善医療を実現させます。またこれ目的とした不老不死研究を促進します。荒唐無稽なことだとお思いになる方もいるかもしれませんが、ここ数年の研究でかなり現実味を帯びています。世界に先駆けるために世界一の技術力を確立します」
この項目を述べている島谷はイキイキとしていた。
「ここまで長くなりましたが、おわりに締めくくりの言葉を申し上げます。…」
演説を続けている島谷の顔はうっすらと汗ばんでいた。
「以上です」
島谷が言い終えると、衆院本会議場には拍手が鳴り響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます