第17話・暗雲

●17.暗雲

 豊南駅は地下にあった。南海道鉄道の南海南北線のホームには8両編成の特急南十字星がドアを開けて停車していた。車体は西武鉄道のラビューに使われている西武001系を元にしているので外観が似ていた。与田と島谷は車内に入って行った。

「駅弁はどこで買えば良いのかしら。やっぱり駅ナカで買うべきだったんじゃない」

「いや、途中の駅で売るとホームページに書いてあったぞ。その方が電車旅のレトロ感が満喫できるそうだ」

「レトロ感ね。駅弁ってデパートの催事売り場で買う癖がついちゃったからね」

「松井首相はそれほど観光は奨励していないし、空飛ぶ車があるから電車は無駄な気がするけど。よく鉄道を敷けたよな」

与田はしみじみと車内を見ていた。それでも席は半分以上は埋まっていた。

 「あった、席はここだわ。あたし窓側ね」

島谷はスマホのチケット表示を見ながら座った。

「そのうちトイレが近いから通路側って言うんだろう」

与田はそれほど気にせず通路側の席に座っていた。

 南海道鉄道の南十字星・福徳岬行は、静かにホームを滑り出した。数分後、南十字星は地上に上がり、南国の日差しを受けながら進み始めた。 

 地上に出てすぐの駅は豊南空港駅であった。滑走路2本と簡素なターミナルビルが建っていた。福徳宇宙港のバックアップ空港なので天候が悪かったりすると、こちらに着陸することもあった。その場合、乗客や貨物は南十字星で宇宙港に行けるようになっていた。

 駅を出てしばらく進むと豊南市街に電力を供給しているソーラーパネルが一面に広がる中を南十字星は。切り裂くように進んで行った。徐々にソーラーパネルが減っていくと、開拓移住者の南海ユーカリ林や緑地がパッチワークのように点在し始めた。遠景には所々冷えた溶岩がむき出しの中央丘陵が見えていた。さらに進むと牧草地やため池も点在するようになった。

「だんだん、南海道島も人の生活が感じられる場所になってきたわね」

島谷は大きな一枚ガラス窓から景色を眺めていた。

「何といっても南海ユーカリが印象を変えているよな。普通の木を植えていたら8~9年でここまでの緑の大地にはならなかっだろう」

「そうか、今年で太平洋岸大災害から9年目になるのかぁ」

「島谷の大臣職もよく続いたものだよ」

「それはあたしの好感度と実力よ。でもさぁ、なんか電車で地熱発電所の視察っていうのも良いわね」

島谷は電車旅を楽しんでいるようだった。


 最寄りの岩海駅で下車し、完成したばかりの地熱発電所まで徒歩で向かうことになっていた。通常は岩海駅に南十字星は停車しないのだが、島谷たちのために特別に停車していた。

 「なんだ。駅弁を売っている駅って、次の海老ヶ原駅だったの。大海老弁当が食べたかったのに」

島谷は文句を言いながら自動改札を通過していた。改札口には地熱発電所所長の柳原と所員数名が待っていた。

「島谷大臣、ようこそおいでくださいました。大海老弁当ですか。お帰りまでにお取り寄せしておきますよ」

柳原は愛想よく言っていた。島谷は柳原に聞こえていたので、ちょっと気まずそうな顔をしていた。

「所長のご配慮に感謝します。いゃー楽しみです」

与田がすかさず応じていた。


 地熱発電所は大部分が地下施設になっていた。見学コースを歩く与田たち。

「ここの地下にはマグマだまりがありまして、その熱がふんだんに利用できます。現在、発電機は一基ですが、いずれもっと増やす予定です。その他、温泉も湧いていますので、温泉統合リゾートの計画もあります」

「統合リゾートとなるとこの辺り一帯は賑わいそうですね」

島谷は指し障りのないことを言っていた。

「そうしますと、岩海駅は岩海温泉駅にして南十字星も停車するようにするわけですか」

与田も話に加わっていた。

「はい。コンセプトとしては南北線と同様にレトロ感が、キーワードなりそうです」

柳原は発電所だけでなく、全体像までも思い描いているようだった。

「未来的な南海道島にあってはノスタルジーがより引き立ちます」

与田も調子を合わせていた。

 この日、地熱発電所の視察は滞りなく終了し、島谷は大海老弁当も手にして、再建開発庁の豊南庁舎に戻った。与田は島谷がへんなボロを出さなかったことに安堵していた。


 豊南庁舎の大臣室。

「与田、今日の予定はどうなの」

「昼一番の便で東京の本庁舎に戻って、明日から始まる国会の準備かな」 

「予算委員会だっけ。今回は特に通さなきゃいけないものもないし、気楽なもんね」

「だと言いがな」

与田は、テレビを付けた。

『「南海道鉄道の認可口利きで、多額の賄賂を着服したとの内部告発があり、上西国土交通大臣の進退が注目されています」

女性ニュースキャスターが上西大臣が急いで車に乗り込む映像とともに伝えていた。

「遂に松井長期政権のほころびが露呈したと言えますな。この件は松井内閣の支持率にも大きな影響を与えることは確かです」

政治担当のコメンテーターがもっともらしい口調で言っていた』

「上西大臣が口利きだってさ」

「内部告発でしょう。うちの再建開発庁は大丈夫かしら」

「性格に難があっても、不祥事ネタはないから大丈夫だろう」

「性格に難ってどういうことよ」

「完璧な人間なんていないから気にするな。俺だって難があるだろう」

「そうね」

島谷の気持ちはおさまったようだった。


 予算委員会は予算の審議どころではなくなっていた。

「総理、あなたは上西大臣を庇うおつもりですか」

野党女性議員は目尻を吊り上げていた。

「いえ、適切に判断して対処するつもりです」

松井は平然としていた。

「それじゃ、明日発売されるこの記事はどう説明するおつもりですか」

野党女性議員は記事を拡大したものをボードに張り付けて提示していた。

記事の見出しには『豊南駅の工事は談合入札!業者は決まっていた』とあった。

「この他にも、南北線の沿線施設から続々と口利き疑惑が噴出しています。重大な任命責任があるのではないですか」

野党女性議員は少し喜んでいるようにも見えた。野党席から『退陣だ』とヤジが飛んでいた。

「これらの記事についても事実確認をしている最中なので、これ以上はお答えのしようがありませんが」

松井はヤジが飛んだ野党席をちらりと見ながら言っていた。


 翌日、与田と島谷が国会に向かうと、周辺の道路では『松井内閣退陣要求』『長期独裁阻止』などのプラカード掲げたデモが行われ、マスコミが与党議員を見つけるとマイクを向けていた。

「島谷大臣は、この件について上西大臣の辞職勧告決議案が提出されるようですが、どう思われますか」

テレビ局の記者がマイクを向けていた。

「まだ事実確認中なので、何とも言えません」

島谷は歩みを早めていた。

「大臣、大臣、もう一言」

食い下がる記者の群れ。

「あの、急いでいるので」

与田が間に入り、島谷が歩きやすいようにしていた。


 この日の予算委員会が終わると、与田と島谷は首相官邸の首相執務室に呼ばれていた。

「上西の奴、はめられたかな。こう後から後から不祥事が出てくると、もう庇い切れんぞ」

松井はかなり苛立っていた。

「お察しします」

島谷は心配そうに松井の表情を見ていた。

「島谷君も、罠に引っかかれない様にしてくれよ。与田君、しっかりとガードしてくれたまえ」

「はい。しかし上西大臣には退いてもらった方が無難な気がします」

与田は元気よく返事をしていた。

「私もそれを考えていた。早めに火消しをしておかないと、内閣そのものも危うくなるからな」

「できれば安定経済成長期に入るまで、まだ総辞職は避けたいものです」

与田が言うと島谷もうなづいていた。

「そうだな。くれぐれも気を付けてくれよ」

松井は念を押していた。


 「今日もまた同窓会か」

与田は日曜日なのに大臣執務室に来ていた。

「違うわよ。別の私用だから」

「そうかい。俺は犬好きだからポロちゃんの世話は苦にならないぜ。でもなんか島谷よりも俺になついてきているようだぞ」

与田は白いマルチーズの頭を撫でていた。最近、島谷が飼い始めたポロは嬉しそうにしていた。

「それじゃ、頼んだわね。本当は自宅で世話してもらいたかったんだけど、与田に家の中を見られるのは嫌だから」

「見られるの嫌だって言ったって、何度も見てるし、下着なんか盗むわけないけどな」

「とにかくプライベートは見せたくないわけ。あぁ、急がないと」

島谷は執務室を後にした。

 しばらくすると香取が執務室に入ってきた。

「与田さん、ポロちゃん用の服を買ってきました。これで室内に抜け毛が落ちないっすよ」

香取は犬の服を与田に手渡していた。

「ここの掃除までも、させられたらたまらないからな」

「しかし…ポロちゃんが着てくれるかが…。嫌がったら大変っすよ」

「大丈夫だろう」

与田はポロに服を見せようとしたが、そばにはいなかった。

「与田さん、本棚の横に…ほらポロちゃーん」

香取が近づき捕まえようとすると、ジャンプしてソファの上に乗った。与田が手招きするが、服を見るとデスクの上に飛び移った。書類が積み重なっている山の間をすり抜けようとしていた。そこを香取が背後から近づいて抱き上げたが、ポロは暴れて書類の山をぐちゃぐぢゃにしてしまった。書類の山が崩れると下の方にあった卒業アルバムがむき出しになった。

「どれどれ、島谷の高校時代はどんな顔をしてたんだろう」

与田はパラパラと卒業アルバムをめくっていた。

「もうアイドル活動をしてたんじゃないっすか」

「ん、この丸で囲ってあるチャラい奴はなんだ。神崎翔太って書いてあるぞ」

「元彼じゃないっすか」

香取も覗き込んでいた。

「いかにも島谷が好みそうだな。どんな奴なんだろう」

与田は卒業アルバムにある寄せ書きを読んでいた。

「こいつ、将来は総理大臣だってさ」

「見た目からすると詐欺師かホストってとこじゃないっすか」

「その通りだな…。詐欺師かぁ。こいつ今何してるんだろう」

「与田さん、気になります」

香取はニヤニヤしていた。

「別にぃ、島谷のことだから関係はないが、何か引っかかるな」

「ちょちょっと調べてみますか。ポロちゃんもどこかに隠れているし」

香取が言い出したので、与田も『神崎翔太』でフェイスブックなどを検索し始めた。


 「この神崎翔太って、たぶんそうじゃないっすか。首筋にほくろがあるし」

香取が見ているSNSの画面には、ファミレスで子供とスイーツを食べている写真がアップされていた。

「ずいぶんと印象が変わったな。子供が4人いるし、奥さんもきつそうな顔をしている」

「生活もきつそうっすね」

「たぶんな」

「あれ、与田さん、大金ゲットだぜ。運が向いてきたっていうのも書き込まれています」

「何っ、宝くじでも当たったのか…もしかすると…島谷を誘惑するのにピッタリじゃないか」

「えぇ、だとしたらかなりヤバくないっすか」

「島谷は今、どこにいるのだろう」

「わかりません」

「緊急メールをしてみるか」

与田は災害時に連絡が取れるメールアドレスに『南海道島北部で大噴火発生。今どこ、至急連絡を』と入力し送信した。

「早く見てくれぇ、もう神崎と会っているかな」

「与田さん、どこで会うかにもよりますよ」

「不倫密会写真でも撮られたら、おしまいだぞ」

「他に手はないっすか」

 しばらく与田と香取は黙っていた。すると与田のスマホにラインの着信があった。

『六本木ヒルズ。これから会う人に一言言ってから本庁舎に戻る』

『会わずにすぐ戻れ』

『何で、もしかして妬いているの』

『会う相手はそういう関係なのか』

『まだ関係はないけど時間の問題ね。それで本当に大噴火あったの』

『大噴火はしたばかりだ。その相手の神崎は妻と子供が4人いるぞ』

『独身のはずよ』

『騙されている。不倫になるぞ』

『不倫?あたしは独身』

『バカ。相手が不倫だ。カメラマンとか記者に付けられてないか』

『いないけど。そこまであたしのこと好きなの』

『呑気なこと言うな』

与田が打っている画面を香取も横から見ていた。香取は神崎一家の現住所を書いたメモを手にしていた。

『とにかく一言言ったら戻れ』

『一言ね』

『ただ会うだけだ。ラブホの出入り口と違い申し開きができる』

『与田、笑っちゃうけど焦ってない』

『ん、一言じゃ済みそうもないな。それならゆっくりと食事でもしてろ。くれぐれもキスとかハグはするな。楽しみは後にしろ。レストラン名も教えろ』

『大噴火の方は良いのね。寛大ね。ラウンジ・エスペリアルで食べるわ』

『そうか。取りあえず、こっちで対応しておくから1時間ぐらいは食事でもしてろ』

『わかったわ』

 「与田さん、そんなこと打って大丈夫っすか」

「この1時間の間に奥さんと子供を六本木ヒルズの行かせよう。その住所なら行けるだろう。車を手配してやれ」

「はい。面白くなってきたぁー」


 50分後のラウンジ・エスペリアル。島谷と神崎はニコやかに話をしていた。

「そうなの、卒業後もあたしのこと思ってくれてたなんて…」

「どうも他の女性とは長続きしなかったから、今日まで独身ってわけ」

神崎は少々おどけた表情をして、コーヒーカップを手にしていた。

「でもあたし、大臣っていう仕事をしているから、ちょっと戻らなきゃならないのよ」

島谷は心苦しそうにしていた。神崎の顔が急に強張り、視線が一点に集中していた。島谷は何があったのだろうと後ろ振り向いた。そこには中年女性と子供4人が神崎に手を振っていた。

「えっ、あの人たちは…」

島谷は口を半開きにしていた。その女性と子供たちは島谷たちのテーブルに近づいてきた。

 「パパ、今日はなんのサプライズなの。会社の人から電話があって来たんだけど。昇格か何か」

女性が言い出していた。

「パパ、会社クビにならなくて良かったね」

子供の一人が抱きついてきた。

「あぁ…」

神崎は顔面蒼白で戸惑っていた。

「こちらは会社の方。解雇を取り消ししてくださった上にご配慮いただきありがとうございます。いつも主人がお世話になっております」

女性は勝手に島谷に挨拶していた。大臣とは気付いていない様子だった。

「あぁ、ご主人ね。そうでしたか。詳しくはご主人様からお聞きください。私はこれで失礼します」

島谷は、目尻を上げてからすました顔で席を立ち、振り向きもせずに立ち去って行った。

 この状況を少し離れたテーブルから見ていた与田と香取。

「香取、あそことこっち側にいるのが、多分カメラマンだろう」

与田はフルーツパフェのメロンを口に頬張っていた。

「本当だ。残念そうな顔をしてるじゃないっすか」

香取はミルフィーユケーキをフォークで切り分けていた。ポロはペット・バスケットの中で大人しく寝ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る