第16話・リモート会議

●16.リモート会談

 与田は南海道学園の運営などに問題がないか学園長室を訪ねていた。

「とにかく、うちの学生は奇抜の発想を持つ者が多くて、この先が楽しみです」

学園長の照井は満足げであった。

「うちの大臣を始め、私も関わっている学園ですから、将来ノーベル賞の受賞者が出ることを期待しています」

「しかし学園の補助金は、いつまで出るのですか。なんか最近の野党の動きによると、無駄な研究に国費を投じるのは、いかがなものかという声が上がっているようですが」

「あぁ、あれですか。松井首相が政権を担当している限り、減らされることはないと思います」

「そうですか」

照井は少しはほっとした感じであった。

「それで、その画期的な研究に成果がある程度見られたと聞きましたが、拝見できますか」

「そうでした。第一研究棟にご案内します」


 学園都市の街路樹として植えられている南海ユーカリは、心地良い日陰を作っていた。第一研究棟は街路樹が途切れる学園都市の端にひっそり建っていた。

 第一研究棟の中にある実験室はエアコンが利き、人工的なヒンヤリ感があった。

「我々のチームが配合したの磁性体を電極板の上に塗布したものがこれです。ここに電気を流すと僅かながら、重力が発生します。見ていてください」

白衣を着た准教授は照井の合図で説明を始めていた。天秤棒の両端には同じ重量の重りが吊り提げられていた。一方の重りの下には磁性体電極板が置かれていた。准教授が学生の助手にスイッチを入れさせると、電極板の側の重りが、ほんの少し下に下がった。スイッチをオフにすると元にもどりつり合った。

 「これって、重力を電気で生み出せたということですか」

与田は、じーっと重りを見ていた。

「はい」

准教授は照井と顔を見合わせながら答えていた。

「常識では重力は作り出せないとされていましたが、意外に単純な物質の配合で作れてしまいました。理論的には不明な点がまだあるのですが、事実は事実です。これが我が学園が他の研究施設ではできない奇抜な発想たる由縁です」

「素晴らしい可能性を感じます」

与田はあっ気に取られていた。准教授と照井は、大したことないという表情を浮かべていた。しばらくその場は沈黙が支配した。

「もしかすると、重力場というか、重力バブル…これってワープにつながりませんか」

与田はふと閃いた。

「与田さん、さすがに鋭いですね。うちの学生の一人もそれを指摘していました」

照井は目をカッと見開いていた。

「しかしワープフィールドのような物を作るには、概算ですが見積もってみたところ、大都市一つ分の電力が必要ではないかと」

準教授は近くの電子ボードに計算式を書いていた。

「なるほど…すぐには無理でしょう。しかしまず宇宙船の人工重力として実用化させて、お金にすればその先の研究費用は作れますし、国も支援するでしょう」

「人工重力なら、より現実味があります」

准教授は目が輝きだしていた。


 与田は南海道学園の帰り際、与田は閑散としている福徳宇宙港に立ち寄っていた。発射塔3本が建ち、管制塔、貨客ターミナルビルは完成していた。しかしターミナル内に利用者がいなかった。宇宙開発機構の国際宇宙ステーション向けの荷物コンテナーが置かれているだけであった。


 再建開発庁の東京本庁舎の大臣執務室。

「福徳宇宙港は24時間対応できるかもしれないが、利用者がいなければ意味がない。あれじゃ松井首相もやり玉に挙げられるぞ」

与田はソファに深々と座っていた。

「ニーズがないなら、宇宙観光会社でも立ち上げようかしら」

島谷は大臣デスクに頬杖をついていた。

「それも良いが、民間に任せた方が良いだろう。他国の打ち上げをもっと積極的に受け入れるか」

「与田、それは松井首相が前にやったことよ。また呼びかけるの」

「太平洋岸大災害から7年も経つから、状況が変わっているかもしれない。今度は君がやれ」

「ええっ、あたしが…っていうことは外遊しろってことね」

島谷はちょっと嬉しそうにしていた。

「いや、今時経費が掛かるからリモートでだろう」

与田が言うとつまらなそうな顔をする島谷。


 10日後、頼りになる女性秘書の笹原が大臣執務室に入ってきた。いつものようにソファで寛いでいた与田は、急に姿勢を正し座り直していた。

「大臣、次官級の折衝で手応えがあったのは、こちらです」

笹原はプリンアウトした資料を持ってきて、大臣に手渡していた。

「インド、アラブ首長国連邦、トルコ、台湾、ベトナム、オーストラリアね」

資料に目を通す島谷。

「中でも有望なのはインド、アラブ首長国連邦、台湾で大臣にプッシュして頂ければ、打ち上げ業務提携がまとまると思います」

「笹原さんが言うからには、もうリモート会談のセッティングを進めているのでしょう」

「はい。予定日程は資料の下の方に書いてあると思いますが、大臣の公的な予定とはバッティングしないようになっています。もし私的な予定などで無理があるようでしたら、まだ変更は可能です」

笹原が執務室に居るといかにも大臣執務室といった雰囲気になっていた。

「ありがとうございます。これで問題はありません。日程通りに会談します。進めてください」

島谷は与田と接する時と全然態度が違って丁寧であった。

「わかりました。それでは失礼いたします」

笹原はピンと背筋を伸ばして執務室から出て行った。


 再建開発庁本庁舎のリモート会議スタジオでは、島谷が大型モニターの正面に座り、右隣に与田が座り。左隣に通訳が座っていた。

「インドとしては、我が国独自のGPS衛星を打ち上げたいのと南アジアをカバーする気象衛星の打ち上げを検討しています。この辺りで、南海道島の宇宙港を活用できればと思っています」

インドのシン外相は、口調がソフトで愛想が良いが、自分の流れに持ち込んでいた。自動翻訳機からシン外相の声に似せた日本語の音声が同時に流れていた。脇に居る通訳は翻訳機の訳語のニュアンスに差異や違和感が感じられた場合、その都度、補足説明していた。

「それはウインウインの関係になりそうですね」

島谷は嬉しそうな顔をしていた。島谷の言葉は先方にはその国の言語になっていた。

「…打ち上げ費用的に我が国で打ち上げるよりも安価でないと、メリットがない気がするのですが」

シン外相は、渋い顔をしていた。

「安価ですか。現在ご提示している価格でもかなり安価と言えますけど、さらにということですか」

「はい。中国もかなり安いですから」

「はぁ、しかし…」

島谷は躊躇していた。シン外相は島谷が全権委任されているか探っているようだった。

「それでは、少しお時間をいただけますか。松井首相と相談しまして、価格交渉を次回にしたいと思いますので」

与田が割って入っていた。

「わかりました。次回と言うことで。お互いにウインウインと行きたいものですな」

シン外相は締めくくっていた。

 大型モニターは回線がオフとなったので、世界地図のスクリーンセイバーになっていた。

「インドは無理だな。GPS衛星と気象衛星を打ち上げたらそれで終りだろう。宇宙港を継続利用する可能性は低いと思う。それに島谷じゃ、言いくるめられてしまうよ」

与田はチョコレートをかじり糖分補給している島谷に言っていた。

「確かにあの人、海千山千の政治家みたいだからって言っても、あたしを言いくるめられるかしら」

島谷はちょっと不満げであった。その日の午前はインドだけなので、昼の休憩を挟んで午後の台湾とアラブ首長国連邦に備えていた。


 リモート会議スタジオの大型モニターは時折、画面にノイズが入っていたが、スタッフが調整すると鮮明に映るようになった。台湾の林副総統は日本に留学経験があり、日本語が話せた。島谷と同じ女性の政治家としてシンパシー感じているようでもあった。 

「それで、台湾としては軍事監視衛星の打ち上げを進めています。これはいくら大陸が格安と言えども、打ち上げてくれるわけがあり…ません。ここ…は日本に頼るのが安全策と言え……す」

急に画面が真っ暗になり回線が途絶えてしまった。

「あら、どうしたの。話が進んでいたのに」

島谷はムッとしてスタッフの方を見ていた。与田も何事があったのかと少々動揺していた。

「サイバー攻撃を受けたようです。予備回線もつながりません」

スタッフが島谷に叫んでいた。

「日台の関係を快く思っていない勢力の仕業は明らかだな」

与田は電源がオフになった大型モニター画面に反射して映る自分の姿を見るしかなかった。

「与田、林副総統とは話が合いそうよ。でもこれじゃね」

「大臣、林副総統から電話です」

珍しく見城が駆け寄ってきた。手には固定電話の子機が握られていた。

「えっ、電話なの。電話番号を調べたのかしら」

島谷は子機を手渡されていた。島谷は、手短に話をしていた。

 「で、どうなったのだ」

「今度、直に会って話しましょうということになったわ。台湾に行けるかもね」

「わからんぞ、東京ってこともある」

「それは、あたし次第じゃない。あたしが台北で言ったら、たぶん拒まないでしょう」

「まぁ、好きにしてくれ。その際は俺も同行するからな」


 この日、最後のリモート会談はアラブ首長国連邦のマクトゥーム副大統領兼ドバイ首長であった。自動翻訳機は最新のアラビア語バージョンに切り替わっていた。念のため通訳もいた。通訳は日本人なのだが、頭にアラブ人風のターバンを巻いていた。

 「我が国は、石油に頼らない国家の将来像をいろいろと描いています。カーボンニュートラルは試練とも言うべきものなのですが、これを産業構造の転換期と捉えています。それで宇宙に目を向けているのですが、わが国では官民挙げて宇宙別荘を手掛け、世界中のお金持ちに購入してもらおうと考えています。そこで必要なのは建設資材や生活物資、人やロボットの打ち上げです。南海道島の宇宙港を利用する頻度は格段に高くなると思います。打ち上げ費用コストはかなりは落とせるのではないでしょうか」

「宇宙別荘ですか。確かに何回も打ち上げをしないと無理ですし、今後も人の行き来がありますね」

島谷は少々目が泳いでいた。

「どうですか。打ち上げコストの件は」

マクトゥーム副大統領兼ドバイ首長は射貫くような瞳で島谷を見ていた。

「検討したいと思います」

島谷は少々ぼーっとしていた。

「あのぉ当初は、お望みの価格にはならないかもしれませんが、回数が増えるほど価格が下がるのは確かですし、年間契約とか10年契約ともなれば話はまた違ってきます。いずれにしましても、双方にとって利益になることは間違いないと思います」

与田はいてもたってもいられず、口を挟んでいた。

「大臣も、大筋合意とおっしゃっています」

与田はカメラの視野から見えない所で島谷を肘で突いていた。

「は、はい。とても素晴らしいことです。細かい点は改めて詰めていきましょう」

島谷が言うとマクトゥーム副大統領兼ドバイ首長は、終始一貫していた硬い表情を少し緩めていた。


 大型モニターは回線がオフとなったので、世界地図のスクリーンセイバーになっていた。

「大臣、今日の成果は大きいぞ。宇宙別荘の件は、見込みがある。宇宙港をむやみに遊ばせておくことはなくなるだろう。さっそく松井首相に連絡した方が良いぞ」

与田はリモート会談用の恰好をしていたので、スーツの下はGパンであった。

「あたしは、女性政治家として話ができる林副総統が成果だった気がするけど」

「それはそれだ。とにかく連絡しろ、松井首相からの評価もグーンと上がるはずだ」

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