第15話・土地神話

●15.土地神話

太平洋岸大災害6年目にして、数々の再建策が報われてきた。経済が上向き、南海道景気が到来したとマスコミが報道していた。

 「やっぱり、東京の本庁舎の方が落ち着くわね」

島谷は大臣執務室をぐるりと見回していた。与田は黙ってノートパソコンから目を離さないでいた。

「与田、どうしたのゲームでもやってんの」

「そんなわけないだろう。ほら、このネット広告見ろよ。豊南市の不動産は上がる一方の土地神話復活だってさ」

「南海道景気に日本中が沸いてきているし、新ベビーブームって言うから人口も増えるでしょう」

「まずいぞ。これじゃバブル期と同じで、実体経済から乖離して不動産などの資産価格が一時的に高騰するじゃないか。過剰投資を規制しないと、その後急速に資産価格の下落するぞ」

「あぁ、そう言えば、松井首相も同じようにこと言ってたから、対策を講じるはずよ」

「首相も気が付いていたか。でもな…この広告を見て大損する奴が居そうだな」

「えぇと広告主は、…リアルトレーダーズ・ジャパン・グループのみらい興産21って書いてあるけど、聞いたことないわね」

島谷も自分のノートパソコンを開き、広告を見ていた。

「名前からして怪しいよな。投資説明セミナーは明日開催だってさ、さっそく偵察に行ってくるよ」

「与田一人で行くの。心配だから見城さんと一緒に行ってくれる」

「香取じゃダメか」

「彼と一緒だとあんたは悪乗りするからね。お目付け役には見城さんがピッタリだわ」

島谷は見城のスケジュールアプリに書き込んでいた。


 与田と見城は、浅草百十二階の6階7階にあるコンベンションホールの複合大会議室に来ていた。正面の演台では、みらい興産21の講師がOHPや大型モニターを用いて投資の概要やメリットを説明していた。

「…我が国は太平洋岸大災害で終戦並みの大打撃を受けました。しかし災い転じて福とも言える日本浮上を経て、今や経済は右肩上がりの好景気に突入しています」

細身のスーツを着こなした講師は、喉仏を大きく動かして水を飲み、スタッフが次のボードを演台にセッティングし終えるのを待っていた。

「そこで、先ほども申し上げたように当社のスプレッダー乗数の計算によりますと、多少の変動を加味しても8年で最低限375%増となります。この数字をご覧になって分かる通り、10倍や20倍といっためちゃくちゃな数字ではありません。3.75倍です。堅実な数字と言えます」

講師が一呼吸つくと、セミナー参加者たちは、うなづいたり、どよめく声がしていた。

「その上、今日現在の坪単価は160万円ほどです。今、将来性のある都道府県庁所在地でこの価格で購入できるのは豊南市だけです」

講師が言い終えると大型モニターには、南海道の地図が表示され、豊南市の部分を囲む赤い丸が点滅していた。

「ここで一つ言って置かなければならないことがあります。あくまでも投資ですから100%この通りになるとは限りません。それなりのリスクはあります。再び大震災でも起きれば、難しくなります。しかし地震などは周期的に起こるものです。後40~50年ぐらいは起きないと言えるでしょう。ぁぁお時間が来たようですね」

講師は司会の男と目で合図していた。

「それではここで昼食休憩となります。お食事はお弁当をお配りしますので、順次お待ちください。午後の部は午後1時から再開いたします」

司会の男が演台から講師が降りていく横で言っていた。


 与田たちは、同じテーブルの初老の夫婦と一緒に昼食を食べていた。

「あなた方、お子さんは」

夫婦者の奥さんが見城に話しかけていた。

「え、私たち夫婦じゃないもので」

見城は少し目を丸くしていた。

「これは失礼しました」

「あぁまだ、入籍してないもので、」

与田は愛想よく応えていた。見城は、驚いた顔して与田を見ていた。

「そうですの。最近は結婚という形態をとらないカップルも多いですからね」

「ところで、大杉さんたちは、今回投資するおつもりですか」

与田は夫婦者の名札を見ながら言っていた。

「特に問題はなさそうですし、豊南市は将来性がありますから」

夫の方が答えていた。

「…将来性ですか」

与田は何か言いたげな表情を浮かべていた。

「あなた、このお弁当おいしいわね。銀座の老舗のお弁当を出すくらいだから、ちゃんとした会社じゃないの」

奥さんが夫にささやいていた。

「確か、芸能人御用達とかテレビでも言ってたな」

夫は湯のみを手にしていた。

「あら、後ろの方でデザートも用意しているわ。ちょっと行きませんか」

奥さんは、与田たちにも言っていた。

「我々は、食べ終わってないので、もう少し後にします」

与田が言うと、夫婦者は席を立ち、デザートのテーブルに向かった。

「見城、豊南市の坪単価は80万から100万だろう。160万円というのはクワッドビルの辺りだけだぞ。事情を知らない、あぁいう人たちが騙されるんだな」

「与田さん、引き止めましょうよ」

「でも、どうする。かなりその気になっているぞ」

「気付いてもらうのを待つしかないのでしょうか」

見城は心配そうな目を夫婦者に向けていた。

「現地見学会に行った方が良いと勧めるか。でもなさそうだな」

与田は配布された資料に目を通すが現地見学ツアーなどはなかった。


 午後の部は、10年後などの将来像をバーチャルリアリティなど多用して雄弁に語っていた。初めから疑ってかかっている与田すら、その気になりそうな希望に満ちあふれているものだった。

 午後の部が終盤に差し掛かると、具体的な契約方法などを説明し始めた。

「…このように5坪一口コースや10坪一口コース、プレミアコースなど、お好みの広さに応じて土地の先行投資ができるようになっています。それで、今日ここにお集まりの方々だけ特別に、坪単価140万というプレ販売価格でご提供できます。しかしこちらは数に制限がございますので、今日この場でご契約もしくは着手金をご用意いただける方に限らせていただきます。それでは私の話はこの辺で終了させていただきます。本日はご静聴ありがとうございました」

講師は言い終えると一礼していた。

「えぇー、この後、後方のご相談デスクにて受け付けいたしますので、皆様お気軽にお立ち寄りください」

司会の男が付け加えていた。

 「なるほど、こうやって契約を急かせるわけか」

与田は腕組をしてセミナー参加者たちの動きを見ていた。参加者の5分の1程が相談デスクに向かっていた。

「与田さん、結構、多くないですか」

見城は席を立ちあがり周りを見ていた。

「ん、この全員と言うわけには行かないが、たぶん今回参加者全体の10%ぐらいが契約してしまうだろうな」

「ダイレクトメールよりも全然高い率ですね」

「だからセミナーを開く意味があるんだよ」

与田は何気なく演台の方を見ていた。演台から降りて相談デスクに向かう講師はスーツを脱ごうとすると、内ポケットからパスポートを落としていた。慌てて拾い上げ、周りを気にしていた。

「あいつ、なんでパスポートなんか持っているんだろうな」

与田は考え込んだ。

「みらい興産21は新宿と横浜に拠点を置いている国内企業のようです」

見城は資料に記載してある住所を確認していた。

「どうも気になる。とにかく奴の顔を撮っておこう。AI顔認識に使えるからな」

与田はスマホを取り出しラインをしているフリをして撮影てしていた。

「司会者もここの会社の人のようだから、撮って置きましょう」

見城は自分のスマホでさり気なく、司会者と相談デスクの担当者も撮っていた。


 与田たちはセミナー終了後、浅草百十二階の社長室を訪ねていた。

「複合大会議室の使用料ですか。ちょっと待ってください。えぇーとみらい興産21は前金は払ってますが残金は月末の支払予定となっています」

社長の田中は自分のデスクのパソコンで、すぐに調べてくれた。

「残金未払いということは、今日手にしたカネだけを持って海外に高飛びってこともあり得るな」

与田はモヤモヤしていたものが吹き飛んだ気がしていた。

「一応、みらい興産21の資本金などはチェックはしていますし、特に問題はなかったのですが」

「デタラメを上手くごまかすことはできると思います」

「そうですか…」

田中は与田が焦り出しているのを感じているようだった。

「まずいかもしれない。空港と港の監視カメラで、この顔の人物たちがいないか確認した方が良さそうだ」

与田はスマホの画像データを、話が早い防衛省統合情報局の有村のもとに送り監視を呼びかけた。

 「与田さん、杞憂に終わってくれると良いのですがね。セミナーが終わってここから羽田か成田に行くのはすぐですよ」

田中はモニター上に京急と京成の路線図を表示させていた。

「ここで逃げられたら、捕まえるのは難しくなります」

与田は空港か港、鉄道の駅から連絡がいつ来るかと、そわそわしていた。

 数10分後、社長室の固定電話が鳴った。社長が素早く出ると、大きくうなづいていた。

「さすがに与田さん、あなたの読み通りに成田空港駅で顔認証で合致する人物を発見したそうです」

田中は受話器を手にしたまま、送話口を手で押さえて与田に言っていた。

「足止めさせましょう」

「あぁ現状、何の罪も立件されていないので、拘束するのは無理だと言ってます」

「わかりました。何か手があるだろう。私も空港に行ってみます」

与田は、地下駐車場に停めてある再建開発庁の車に急いだ。見城も後に続いていた。


 都内は豊南市と違い、空飛ぶ車の管制システムがまだ完璧ではないので、夕方のラッシュ時に車は地上超低空走行になっていた。これは地上車と同じ渋滞にはまることを意味していた。制限エリアは荒川の外側まで来れば解除されるが、それまでは一般道を使おうが高速を使おうが自動で地上超低空走行になっていた。

「あぁ、うっかりしていたな。豊南市で空飛ぶ車を使い慣れていたから、制限エリアがあることを忘れていたよ」

与田は、苛立ちながら手動にできないハンドルを握っていた。車はのろのろでも進んではいた。

「電車で行きますか」

見城は車のディスプレーにスカイライナーと成田エクスプレスの時刻表を表示させていた。

「どっちが早いか微妙だな。制限エリアを出れば、成田なんてアッという間だろう」

与田が言っていると、彼らの車の上を自動装置を解除したと思われる車が一台通過して行った。

「なんだ、ああいう奴らがいるんだな」

「取り締まれないのですかね。あぁ危ない」

近くの消防署から空飛ぶ救急車が急浮上した。救急車と制限エリアを無視した車は空中で激突していた。2台の車はボディ大きく凹ませて地面に落下していった。ちょうど下にいた地上車のボンネットをめちゃくちゃにしていた。歩道を歩いている女性の悲鳴があがり、人だかりができていた。

「おいおい、なんだよ。これじゃ、全然進めないじゃないか、畜生!」

与田はダッシュボードを叩いていてから頭を抱えた。

「与田さん、落ち着いてください。そもそも我々が空港に行く必要はあったのですか。逮捕する権限などはありませんし」

見城はきわめて冷静に言っていた。与田は、いまいましそうに見城の顔を見ていた。

「じゃどうする」

「大臣は、こういう時のために私を同行させたのだと思います。落ち着いて手を考えましょう。まずは深呼吸してみてください」

「あぁ、こうか」

与田はハンドルから手を離して深呼吸を始めた。与田と見城は何回か深呼吸をしていた。その間も道路は一向に動かなかった。

 「おっ、閃いたぞ。誇大広告だ。80万から120万の土地を実勢価格とはかけ離れた値で売ろうとしている」

「でもクワッドビルの辺りの値段は一致してますけど」

「それなら、クワッドビルの周辺は公園地区だ。一般企業は売り買いはできない。160万ということはそこを売ろうとしてるわけだし、今日だけ値段を下げたりもしている。足止めするだけの嫌疑は結構あるじゃないか」

「わかりました。その旨、成田空港の警察に連絡します」

「これで足止めできるな。見城君のおかげだ」

与田が言っているが、見城は連絡に懸命であった。道路は縦長の駐車場のようになっていた。

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