第14話・巨大台風
●14.巨大台風
クワッドビルの壁面緑化植物が巨大台風の風に煽られて一部引きちぎられていた。与田はオフィス棟15階にある再建開発庁豊南庁舎の窓辺に立っていた。
「この台風は雨も風も強烈だな」
与田の目の前の窓ガラスには雨粒が荒れ狂ったように激突していた。
「怖すぎるわよ。こんなんじゃ開拓移住者たちの土壌は流れ出すし、苗木なんかはどこかにすっ飛んで行ってしまうでしょう」
島谷は窓から離れた所から外を見ていた。
「気象情報をチェックしてみる」
与田はノートパソコンを開いていた。
画面にはハザードマップが表示されていた。
「…この分だと、昨日までの線上降水帯と今日の巨大台風のダブルパンチを受けている北令和郡の開拓地が危険な状態になっているだろう」
与田が言っていると島谷も心配そうに横から画面を覗いていた。
「道庁から警報は発令されているけど、移住者たちは避難場所となる郡のコミュニティーセンターまでは遠いでしょう」
「ん。むしろ台風の中、避難場所まで行く方が危険だ。自宅の頑丈な建物にいるしかないな」
「移住者の敷地には台風シェルターが必須ね。今度の定例会議で提案しておくわ」
「大臣らしいことを言うようになったな」
「当然でしょう。茶化さないでよ」
翌日、台風が去った後は南国の青空が広がっていた。しかし豊南市街には壁面緑化植物の枝や葉が散乱し、街路樹用の土壌が一部、流れ出ていた。
道庁と再建開発庁豊南庁舎では、手分けして開拓移住者たちの安否確認を急いでいた。
「大臣、北令和郡の1所帯とはどうしても連絡が取れませんが、我々も海水淡水化施設の修復や他の地区の復旧作業に忙しく手が回らないので、なんとかなりませんか」
道庁の職員がわざわざ報告に来ていた。
「わかりました。与田、なんとかしてあげてよ」
島谷が与田に言うと、職員は与田の方に困り顔を向けていた。
「それじゃ、私がレスキュー班と共に行きましょう。場所は北令和郡のどこになりますか」
与田は素早く南海道島北部の地図を広げていた。
与田はレスキュー班3人と共に再建開発庁の車で北令和郡の上空まで来た。
「このあたりは、溶岩大地がすっかりむき出しになっています」
運転席をしているレスキュー班長の野田は、注意深く眼下を見ていた。
「これは酷い。開拓移住者の生存は無理かもしれない」
与田は悲痛な表情を浮かべていた。
「班長、この先1.5キロの所に山田家の開拓地があるはずです」
レスキュー班員の鈴木はナビをチェックしていた。
「おっ、あそこにわずかばかりの緑地があるぞ。それに建物らしきものもある」
与田は、急に明るい声になっていた。
黒々した大地にポツンとある小さな緑地に接近すると、納屋があり樹高2mほどの木2本が生えていた。車のプロペラ音がしたので、納屋から人が出てきて手を振り始めた。
車の周りに集まる生存者と与田たち。
「母屋は吹き飛ばされましたが、裏庭の緑地が無事だったので、何とか生き延びましたよ」
生存者所帯主の山田は顔に乾いた泥を付けていた。
「ご家族は、」
与田は納屋に人の気配を感じていた。
「娘と息子は無事なのですが、家内が腕を骨折したようでして、納屋にいます」
山田が言っているとレスキュー班たちは、応急処置ケースを持って納屋に入って行った。
「我が家の土を盛った所は、ほとんど流されてしまいました」
「そうですか。年々台風が凶暴化しているので、開拓地は盛土にするよりも南海道島の溶岩大地用に品種改良された、南海ユーカリと南海苔を植えるのが一番だった気がします」
「ははい。あの木は南海ユーカリというのですか」
「えっ、ご存知でないのですか。開拓移住説明会で聞きませんでしたか」
「…今回のここへの移住は家内が進めていたもので、説明会も家内だけが行っていたものでして、詳しくは知らなかったのです。でもまさかこんなことになるなら、聞いておけばよかったですよ」
山田は照れ笑いのような笑みを見せていた。
「あそこに立っている2本の木が南海ユーカリでして、その足元にあるのが南海苔です。南海苔はその場所の保水力を高め微生物の環境を良好にしますし、南海ユーカリに水分と養分を供給し畑作用の肥沃な土壌に変えます。この南海ユーカリは超早生樹木でして2年で高さ5mほどに成長します。それにバイオマス発電の燃料になりますから収入源にもなりますけど」
「それじゃ、我々の土地全部をそれにすれば良かったわけですか」
「はい。ただ苗木の値が張るのが難点でして、だから奥様はこのようにしなかったのだと思います」
与田が言い終えると納屋からギプスをした山田の妻が子供ともに出てきた。
「補助金か何か助成制度はないのですか」
「そうですね、今の所ないのですが、大臣に言っておきます。あぁそれと水はどうしていますか」
「そこの用水池で雨水を貯めていたのですが…」
山田は濁った水が僅かに溜まっている窪みを見ていた。
「用水パイプを引きましょう。いずれ近隣にも開拓移住者がやって来ます。その方が安定供給できます」
「海水淡水化施設は北令和郡にもあるのですか」
「必要だと思うので、ここから一番近い海岸部に作りましょう。こちらは道庁の方に言っておきます」
「あのぉ、それと電気なんですが、ソーラーパネルが全滅してしまい。電化製品が使えず充電もできないのですが…」
山田は申し訳なさそうであった。
「そういえば、見当たりませんね。だから連絡もつかなかったわけですか。わかりました。ソーラーパネルを2~3枚手配しておきます」
「何から何まで、ありがとうございます。これで開拓に再び奮起できそうです」
「この新しく手に入れた日本の大地ですから、大切に育んで行きましょう」
与田は、山田の肩を叩きながら堅く握手をしていた。
「与田、何しに行ったかと思えば、そんな安請け合いしてきたの。海水淡水化施設は、お金がかかるのよ。そう簡単に作れないし、今回の台風被害でソーラーパネルだって不足してるんだから」
再建開発庁豊南庁舎の大臣室では島谷がヒステリックになっていた。
「しかし、必要だろう」
「あんたが大臣じゃないんだから、勝手なことは言わないでちょうだい」
「それじゃ、どうする。台風被災者救済金でも募るか」
「そうね、クラウドファンディングでも…、良いかもしれないけど、何か世間にアピールする目玉が必要じゃない」
「わかった。アイデアをひねり出してみる」
与田はあてもないのだが、またしても安請け合いしてしまった。
「…というわけで大臣に言われてさ、なんか目玉となるネットでパズるようなものはないかな」
与田は再建開発庁の車を飛ばしていた。
「この北令和郡でですか。厳しいっすね」
助手席の香取は、所々僅かに緑地がある溶岩大地を漠然と見下ろしていた。
「この辺はレアメタルも金鉱もないしな」
与田は車を大きく旋回させていた。
「何もここの開拓民のためだからと言ってここで目玉を探さなくても、南海道島全体で探せば、いいんじゃないっすか」
「…でもな、あそこにちょっと生えているグンバイヒルガオ、ハマゴウは自然のものだよな」
与田は車の高度を下げていた。
「鳥の糞などで種子が運ばれたんてしょうが、それがどうかしましたか」
「珍しくもないか」
「なんか、今日の与田さんは、元気ないっすね」
「大臣に大臣らしいことを言われたからな。俺の手を離れてそれなりに政治家として成長したような、しないような」
「何言ってんっすか、大臣は与田さんあっての大臣っすよ。支えてやんないと、またバカアイドル崩れになっちゃいますよ」
「そうだな。ん、そんなこと大臣の前で言ったら大変だぞ。でもまぁ、なんか香取に元気づけられたよ」
「それは良かったっすね」
「ところで、あの丘陵の崖の部分に割れ目があるな。鳥の巣でもあるかな」
与田は、車を加速させていた。
車は崖下に着陸した。
「与田さん、この辺りナビの方位計が変っすよ。今までと違う感じっす」
「どれどれ、あぁほんとだな…。ん待てよ。もしかするとここはゼロ磁場スポットかもしれない」
与田の目が輝きだした。
「え、ゼロ磁場スポット。あぁ確か、長野県の伊那にある分杭峠と同じってことっすか」
「香取、意外に詳しいな」
「俺、都市伝説とかパワスポが好きなもんで」
「そうか。本州の中央構造線上でなくても、あり得るんだな。神秘的だし研究の余地もあるんじゃないか。これはイケるぞ」
「それに割れ目から、台風の雨で貯まった水が染み出てますよ」
「うん。良い運気を含む水として売れるな」
「社とか祠を作ったら、それっぽくなるし、水を飲んだりここに来て、病気が治っただの、元気になったとか、出会いなんかあったら、超バズりますよ」
「俺がこうして元気になれたのも、このパワースポットのおかげかもしれない」
「与田さん、そういうことにしましょう。ポジティブ思考が、よりポジティブになってハッピーじゃないっすか」
「とりあえず、あの割れ目の中を覗いてみるか」
与田は車のハッチを開けていた。
割れ目の上の方の岩棚にそんなに広くない窪みがあり、そこに溜まった雨水が垂れていた。
「なんだ、この水はすぐに枯れるから、水を売るよりも、この周りに落ちている溶岩の欠片を縁起物として売った方が良いだろう」
与田は岩棚を見上げていた。
「そうっすね。あと社はどの辺に作りますか」
「ん、社や祠は作らず、宗教色の薄いパワースポットとした方が、今風じゃないかな。ストーンサークルみたいなものか、正方形の岩に縦横にスリットを入れたオブジェとかで、冬至に太陽光が奥まで届くような感じかな」
「イスラム教徒もキリスト教徒もってわけっすか」
「さっそく、帰って大臣に言ってやるか。映像は撮影したような」
「バッチリです」
再建開発庁豊南庁舎の大臣室。
「島谷、いや大臣、うってつけの目玉を見つけたよ」
与田は意気揚々と大臣のデスクの前に立っていた。手には香取が撮影したデータのUSBメモリーが握られていた。
「与田、あたしも言い過ぎたわ。あなたに頼り過ぎていたしね。クラウドファンディングなんてしなくていいのよ。あたしが道庁や国に予算を増やすように働きかければ良いんだから」
島谷は、申し訳なそうな顔をした後、静かに微笑んでいた。
「おい、どうしたんだよ」
与田は拍子抜けしていた。
「考えたんだけど、日本初の女性首相を目指すなら、性格を変えないとね」
「マジか、やっぱり成長したな。でも弱腰はいかん。いつも通り行けよ」
与田が言い放つと島谷はしばらく黙っていた。与田の言葉を噛み締めているようだった。
「与田、それで目玉ってなんなの」
島谷は急に表情を明るめにしていた。
「パワースポットを見つけて来たんだ」
「パワースポット!そう、いかにもあんたらしいわ」
島谷は笑うと与田もつられて笑い出した。
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