闇刻み(3)
結局、近隣住民は陰り狼はレレノン国に迷い出た個体が街で保護されたと言う結論となった。
無理があるようだが、人に懐いている以上そういうはぐれもごく稀に出てくるのだろうと言う結論でカタがついた。
街の皆は、各々勝手な綽名であれらを呼んでいる。
陰り狼は順応も早く。わが物顔で街の通りや周辺の家に出現しては、飯を貰ったり散歩をするようになった。
彼の黒い鉄塔も気に入ったようで、屋上でもよく寝ている。
ただ、越境連盟の存在を朧げに見知った立場であることを加味すると、まさか自分たちに対する牽制か何かじゃないだろうなと二人は気が気でなかったのだが。
「とりあえず仮に国に大っぴらに存在がバレてもあいつが街になじめばなじむほど責任や大元の所在はうやむやにできるだろう……」
との綱渡りじみた言動に、カーレンは不安さを露わにする。
「そんな場当たり的な行動にもほどが……」
「俺たちが黙ってれば、レレノンの街の皆がこっそり人に懐いた保護動物を飼ってた~で終わるんだ。連盟からの追求も……たぶん、及ばん。たぶん。証拠も残してないから追及されてもまぜっかえせる。始末するより知らんぷりだ」
(せ、せこい……)
少し引いているような挙動をする相方の表情を、正次はあえてスルーした。
事実、正次の挙動は自然ではあった。陰り狼と街で出会っても、無視するでなく。特別な飼い主のようにふるまうでなく。ただその他大勢のように可愛がる、というスタンスを通していた。
度胸は大したものである。
「狼自体はそれでいいかもしれんがなァ」
ふらっと。ドアを平然と開けて我が物顔で入ってくる男が居た。いや、この男にとっては事実この部屋も宿屋も「我が物」である。それは――
「宿屋の店主……」
「あぁ、オレも物質改造者だ。面倒くさいことやってくれたから言いそびれたがな」
じとっと咎めるような目つきに思わずカーレンは所在なさげに目を逸らす。
「すいません……」
そして正次と言えば、どちらかと言えば店主までもが「こちら側」であったという事実のように驚いていた。
「とはいえ、巻き添えでこっちの失点になるよりかは、うやむやにしてくれた方がマシだ。俺も見て見ぬフリには賛成だし、協力するよ」
話がわかる相手でよかったと、正次が喜んだのもつかの間。
「だが、あの『陰り狼』に関しちゃまた面倒なことがあってな」
「余計?」
「密猟者だよ。そこらじゅう荒らしまわって旅している密猟グループが居てな。どこからか陰り狼の存在を知って、かぎつけ狙っているとの情報が出た」
うぅ、とその言葉を聞いてカーレンがうめいた。面倒に面倒が見事に重なっている。嫌々と言った感じのその顔を黙殺して、店主は説明を続ける。
「なんでもやつらはほぼ隠密用の『板』に乗ってくるとある」
「板……? ああ、乗り物だっけか」
「ここはジャパン・シティコロニーに近い拠点だ。物質改造者がたっぷり潜伏している場所でそういう厄介ごとは困るんだよ。お前ら責任取って追っ払うなり消すなりしてこい」
その言葉に――二人は顔を見合わせ、溜息をついた。
❖
移動板。
それは術符として浮遊する板状のものに搭乗席が置いてある。正次の印象としては、車輪の無い馬車か電車のようなものだった。
夜の闇に紛れ、多少は術符による色などのカモフラージュもあるのか。隠れるのに適したようチューンナップされたその板は、レレノンへと侵入し、そして脱出するのに長じているはずだった。
草木が無いだけのどこにつながっているとも知れない道をこっそりと進む中――隠密移動板の天井の上に、何かが乗った。
わずかな違和感を怪しむ面子が数名。しかし、その直後窓を蹴り破って何者かが入ってくる。
布切れで顔を隠した男女。
「敵襲!敵襲ーっ!!」
仮眠をとっていた残りの人員がたたき起こされるが、瞬時に女の方の足踏みでバタバタと倒れ伏す。
続いて操縦者が狙われ、覆面の男の方に殴り飛ばされ窓を突き破って外に放り出された。操縦者の居た、搭乗席の前部にある術符の操作部位板までもが念入りに蹴飛ばされることで、操縦が強引に切られ急停止する。
「な、なんだおめぇら何しに来や――」
「ああもう、これ以上余計な方に話がこじれると面倒なんですよっ」
「待て、どういう意味だ!?」
不可解、かつ妙に理不尽にも思える覆面女の怒りに対し、困り顔になった密猟犯を覆面の男の拳が殴り飛ばす。
「悪いことをするなとは立場上言えた義理じゃないが、色々と困るんでなっ!!」
「お、おいなんだその曖昧な理由の襲撃は――」
「アイツを起こせっ、が、がぁっ!?」
こうして、密猟グループはほぼ壊滅した。
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